深いまっくら暗闇の中で、右も左も前も後ろも暗闇、深い深い真っ暗な闇、自分の存在しか分からない。ものすごい恐怖がドーっと襲ってきた。
少し前に見た夢、実家のある故郷のお墓参り。お墓は人里離れたお寺の墓地、近道で行くには細い田んぼの中を縫って行く。真夜中、わたしは一人。タクシーに近道で行くようにお願いした。運転手は嫌そうだった。けどなんとか真っ暗な細道を注意しながら行ってくれた。
わたしはタクシーを降りてお墓に行った。真っ暗の中どうやってそこにたどり着いたか分からない。私は家族の墓の前で、なぜか祖父ひとりに話しかけた。両親ではく。。。途中でネガティブなことを言ってはいけないと思い直し、「天国でゆっくりくつろいで楽しんで下さい!」的なことを思いながら手を合わせていた。
さて帰ろうとすると、
タクシーは帰ってしまっていた。
わたしは真っ暗な中、右も左も前も後ろも暗闇、深い深い真っ暗な闇、自分の手も足も見えない、自分の存在しか分からない。ものすごい恐怖が全身を襲ってきた。
それでも動かねばと思ったようだ。そうだ携帯電話のあかりがあると思い出した。たぶんそれを使って少しずつ動けたのだと思う。車の道に出られたら安心というところの少し手前の細道がカーブしているところの土手まできた。
するとそこに怪我をしている?男が座っていて話かけてきた。この時にはいくぶん光があり、薄暗いくらいになっていて、その男の様子もよく分かった。その男は、連れの人が助けを求めに行っていると言った。私はこの男を信用してよいのかどうか思案していた。
ここで夢から醒めた。
恐怖がまだ残っていた。
オラクルカード72枚を使ってこの夢の暗闇の意味を問いてみた。
一枚目 恐怖心がテーマ そのものずばりのカード
何を恐怖しているのかを尋ねた
2枚目 行き詰り。どう進んでよいのか分からない状態 これもそのままのカード
解決策を尋ねてみた。
3枚目 異なる視点で出来事を観る
4枚目 Be yourself ありのままの自分でいること
その時、急にひらめいた。
「私の中に私を厳しくコントロールしたがる暗い存在がいる!」
その存在が外に現実として現れている、現実の問題としてわたしはそこから逃げたいと思っている。けれど、生活力の問題があり現実的には逃げられず、立ち往生している。お先真っ暗までは思っていないのだけど、自分の人生をこのままにしておきたくないという思いは常々ある。
ただ日常を穏やかにゆるやかに助け合いながら、心満ち足りてのびやかに暮らしたいと望むだけなのだけど、、、現実には厳しいコントロールが入る。
どう進んでよりか分からない状態とは、現実の問題ではあるが、異なる視点で見ると、
この私の中の暗い存在、わたしを厳しくコントロールしてくる暗いエネルギーとは、何だろうと思ってみた。
現実には、表象として現われている相手に対して、「わたしがこんなに頑張って、あなたのわがままも聞いてあげて忍耐しているのに、それを何とも思わず、自分のやりたいように、人のことは考えずにしたい放題」と常々愚痴って思っている。けど、我慢が大事、忍耐だ、、、と思ってしまう。
この厳しくコントロールしてくるエネルギーとは、「忍耐こそが美しい」という主張のようだ。自分ではずいぶん解消してきたと思っていたが、まだまだ根深く残っていたようだ。「忍耐」で現実の問題をなんとか乗り越えようとするけど、やはり息苦しい。でもどうしたらよいか分からず暗闇の中で恐怖している。
で、夢による示唆は、わたしの中にある、この暗い忍耐エネルギーから離れても良い。もっと自由にのびやかにしていてもよいといういうことだったようだ。それで両親ではなく、祖父に手を合わせたということだったと思う。
祖父は神社の宮司をしながら茶人でもあった。まったくの風流人だった。先代から受け継いだ財産を好きなように散財し、和歌を詠み、水彩画を得意とし、焼き物、塗り物なんでも茶の道具にできるほど器用な人だった。季節、季節には茶の弟子たちなどを招いて呑んで、遊んで暮らしていたようにみえた。私もお月見の会に呼ばれたことを思い出す。宮司の仕事もちゃんとこなしていたようだったが、私の両親にとってはあまりよい影響を与えていなかったようだ。
現実的に、私の兄は彫刻をしていたし、わたしは絵を描くのが好き、二人の甥は音楽の仕事と陶器づくりの仕事につき、確かに祖父の血を受け継いでいる。
一般的にはもっと忍耐している人もいるだろうし、忍耐が大切な徳目であることも分かる。それにそもそも私の忍耐など、大したことではないとも思える。けれど、カードが伝える「 Be yourself 」とは祖父からもらった血筋がある私には、他の人はどうあれ、自分らしく自由に生きていきなさいということだったかと思う。
わたしが幼いころ、大晦日の日は、母は大掃除やお正月のごちそう作りで忙しく、それに大晦日の夜は叔母たちがやってきて一年の無事を祝うことになっていた。てんてこ舞いしている母の様子はわかっているはずでも父は座敷でふすまを閉めて静かに碁をうっていた。母の忍耐のはけ口は私たち娘だった。今となっては同じ愚痴をこぼしているわたし。なんと、同じことを繰り返している。。
どうしようもなくて、祖父のお墓に参って、現状を訴えに行ったのかもしれない。
自由人で風流人であった祖父 きっとわがままだった側面もいっぱいあっただろうけど、束縛されない飄々としたエネルギーは受け継いでいるはず、それを意識してみようと思う。
あの土手で怪我をして男の人はどういう人だったかまだ謎。。。
