起きた。

起きて続きを書いてたら、うっかり途中で消してしまった。



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(T T)(T T)(T T)(T T)(T T)




思い出しながらもういっぺん書いてる。








少ないフォロワー相手にツイートしただけじゃ騒ぎは広まらない。
ただ書き込んだだけで広まるのなら、このブログの読者数はもっと多いはずだ。
ところが読者の少ないブログで何を書こうがPVは簡単に上がりゃしない。
「大勢の人が見ることが出来る」と「大勢の人に見られる」は必ずしもイコールじゃないんだ。


男性諸君、想像して欲しい。
アナタは、人通りの少ない路地で立ちションをしている。トイレに着くまで我慢できなかったからだ。
そこへ人が通りかかる。道路だからね。
「こんな所で立ち小便をするなどもっての外!成敗してくれる」
アナタは真っ最中に路地から駅前のスクランブル交差点に引っ張りだされてしまう。
そして、ナニをやったドコのダレか晒されてしまう。
叫びたくなりませんか?
「オレがそんなに悪いことしたかぁぁぁぁ!!!!」
  私だったら叫んで暴れる。
  立ちションはたしかに悪いことだが、そこまでされるものでもないと思うからだ。
まだ最中だったので、通行人の誰かにかかったかもしれない。てか、現実にこんなことがあったら絶対かかるだろう。
小便引っ掛けられた人は誰に対して怒るだろう。
路地で立ちションしてた人か?
それを人混みに引っ張りだした人か?



便宜上、騒動の元になった人達を「バカッター」
それをリツイートやスレ立てで広めた人達を「リバカッター」と呼ぶことにする。
名前があったほうが文章で扱いやすいからね。



閉鎖された店舗は、
バカッターによって傷を付けられ、リバカッターによって傷口を広げられて
閉鎖に追い込まれた。私はそう考える。

バカッターとリバカッター、御二方の共同作業なのだ。




リバカッターの人達の中には、己の正義を信じて疑わない人がいる。

その事自体は別にかまわない。信念を持つのは悪いことじゃない。

ところが彼等は、
「悪いものはワルイ。イケナイコトであり、すなわち悪だ。悪は滅びて当然」
というロジックで動いてるように見える。
こりゃ間違ってると思う。

彼等は、善悪の判断は出来るかもしれないが、
善悪の度合いが判断出来てない。

「イイコト」と「ワルイコト」の区別はつくが、
「ワルイコト」と「ワルイコト」の区別はつかない。

なので、「ワルイコト」に対する対処法を間違えてしまう。
すべてを罰するというなら、
交通違反は全部一発免停でいい。点数制度なんかいらない。
犯罪者は全員死刑で構わない。懲役なんかいらない。
ところが現実はそうじゃない。罪には大小がある。

彼等に欠けてるのは「赦す」という視点。


そして「ユルセナイ悪」を見つけた時にとった行動がマズかった。


現実に買い物に行ったコンビニで、冷蔵庫に人がいたらどうするだろう?

「何やってんだ!」と直接叱るか、
その場は見て見ぬふりをしてその店の店長に知らせるか、
そんなところじゃないだろうか?

私だったら後者だ、多分。「下手に関わって殴られでもしたら割に合わない」と思うだろうから。
そして、自分の力で解決できないと判断し力を持ってる人に頼る。
この場合は店長か他の店員に便る。とゆーか、丸投げ。

そしてそいつは店長に怒られて、店の人が掃除して商品入れ替えて、この件はオシマイ。

リアルの中で完結していれば、あるいはネットが出てくる以前ならこれで済んだかもしれない。
ところがコトはネット上で起こった。

「自分の力ではコイツを窘められない」そう判断して自分より大きな力を使おうと考えた。
そしてより大きな力を使おうと考えた。そこで撮った手法が

公の場に引きずり出すということ。大衆を味方につけるということ。

個人で叩くより大衆が叩くほうが力が強いからね。

ネット以前ならこれは難しかった。一個人が大衆を動かすには、マスコミを先ず動かさなきゃならなかったから。
ところが今は、ネットのおかげで比較的簡単に出来てしまう。

技術的に可能だし、正しい行いだ。そして、本人や店長に直接云うよりカンタンだ。
だからやってしまった。


でもね、

技術的に可能なら、人の役に立つのなら、なんでもやりゃあ良いってもんじゃない事を

「原発」

は僕らに教えてくれた。


出来るから、望む人がいるからって
事故ったら大惨事になるモノ動かしちゃイカンだろう。



悪事を糾弾して正義に浸りたい気持ちも解らなくない。
晒し者を指さして「コイツ悪いやつだよな」と共有したいのも解らなくない。
思うのは、

「どうして我慢できなかった?」

そう。
私は「バカッター」の人達にも、
「リバカッター」の人達にも、
全く同じ感想を抱いたのである。







そして今、私も
ガマン出来ずにこれを書いてる。

皆さん、ゴメン!
<(_ _)>













以上、善悪、正義感、と言った切り口で読み解いてみた。
ところが、昨今のネット事情はそれだけでは語れないと思ってる。
でもそれはまた別のお話。

あんまり長文書きたくないんだよなぁ~。
グノシーさんが

「佐々木俊尚さんのコンビニ冷蔵庫議論まとめ」がトゥギャられてるよ。

と教えてくれたので、観に行ってみた。


で、まぁ読みながら改めて考えてみたんですよ、一連の騒動を。

そしたらふと気になったんです。



「この人達って、元々どれくらいフォロワーいたのかな?」





ネットやTwitterはだれでも自由に見ることのできる、いわばパブリックスペースであるとよく言われますね。



ホントだろうか?

彼等は本当に、誰でも見えるようにツイートしたんだろうか?



フォロワーの多さに定評のあるつださんとかそんさんだったら、TLに流れた瞬間何百人、何千人の目に触れるかもしれない。たとえるなら交通量の多い通り、渋谷のスクランブル交差点みたいなもので、「公共の場」といえるかも知れない。

さて一方、
あの手のツイートをした人達はどうだったんだろうか?いちいちアカウント調べてフォロワー数見たわけじゃないけど、多くの人達にフォローされてたわけじゃないと思う。数十人~百数十人くらいじゃないかな?と思うんだ。少なくとも、元々そんなに影響力を持ってたわけじゃない。
たとえるなら、地元の人しか通らない人通りの少ない路地みたいなもんだ。
いわゆる、「うちらの世界」ですね。
普段地元の人しか通らない場所だから、彼等は安心して武勇伝を披露してしまった。





一応断っておきたい。私は、一連のツイートの人達を養護したいワケじゃ無い。
彼等がやったことは、「悪いこと」だ。それは間違いない。
間違いないんだけど佐々木さんも指摘してるように、
そんなにたいへんな悪行だとは思いません。

「食べ物を粗末にする」というイタズラ自体は、ごくありふれたものだと思うからだ。

プロの芸人が食べ物をネタに笑いを取るというのも昔からあることで、それ故に
「後でスタッフがおいしくいただきました」
というフレーズが生まれることになった。

もし、ダチョウ倶楽部あたりの芸人さんがアイスの上に横たわるロケをTVでやってたらどうだったろう。もちろん、「スタッフがおいしくいただきました」のテロップ付きで。
芸人が仕事としてやることで「笑い」というバイアスがかかる。ひょっとしたらそんなに目くじら立てなかったんじゃないだろうか?

こういったイタズラを、思いつく、やってみたくなる、ネットで自慢したくなる、その気持自体は解らなくもない。とゆーか理解できる。
だから最初にこのニュースを見た時は、
「なんでそんなことやった?」ではなく
「なんで我慢できなかった?」だった。

とは言え、悪いことには違いない。




一連の騒動の中には閉鎖された店舗もある。何故閉店したのだろう?
不衛生だから?
違うと思う。店側にとって見ればこれは「冷蔵庫に異物が紛れ込んだ」という事故だ。洗浄して謝罪の張り紙の1つも貼っとけば済むと思う。このぐらいの事故でいちいち店を畳むようでは客商売なんか、イヤ、仕事なんかやってられない。

店を閉める理由は、
「騒ぎが大きくなったから」
これだと思う。
ここで話は、人通りの少ない路地に戻る。


んだけど眠くなってきたので、この続きはまた今度。






つまり、

「弱者は淘汰されるべきだ」

という考え方が好きじゃないんですよ。

理由はいたって簡単。



例えば、
人間が世界に100人しかいないとする。
そして、私は上から50番目だとしよう。
強者ランキング50位。

私の上には49人の強者、下には50人の弱者がいるワケだね。


さて、
私はネガう。
「足手まといのクズ共なんか居なくなりゃイイのに」
願いがかなって弱者が脱落していく。
1人減り2人減り、5人10人と脱落していく。
これすなわち、
私の弱者ランキングが上がっていくということだ。
私より弱者が10人居なくなったら、
弱者ランキングが51位から41位にランクアップ!
ちなみに、強者ランキングは50位のまま変わらず。

「オレよりクズな奴等みんないなくなれ!!」
ネガいがかなった暁には、
オレ
は世界で一番のクズだ。
繰り上げ当選おめでとう。






そんなのはイヤだ!!!



だから、
弱者には出来る限り救いの手を差し伸べてやりたいな、と
思うわけですよ。

部下や後輩にはやさしくありたい。







岡田斗司夫さんが以前、週刊アスキーの連載でこんなことを書いてた。


「口数が少ない奴は、とりあえずいっぱいしゃべれ」


戦闘思考力の一環として、表現力について話してる文章だ。
も少し引用してみよう。

” 口数が少ない人は、「正確にしゃべろう」としすぎる。正しい言葉を選び、誤解されないように文法にも気を使って話せば、伝わると思い込んでる。
 違う。正確な言葉は誰も望んでない。単語の定義や用法は人によって違って当たり前。

 でも口数が少ない人は誤解を怖れる。だから余計に注意して口数が少なくなる。すると結論部分だけ吐き出すように単語で言ってしまう。誰も中間の理屈を想像できないから、もちろん理解されない。”


思い当たるフシしか無い。

(^o^;)

更に困った事に私は、
「知りたい」という欲求は強いけど、「伝えたい」という欲求は希薄だ。
自分が納得いったら興味を失ってしまうのだ。



このブログのタイトルが、~それでいぃじゃん~なんだけど、
このタイトルの理由をまだ書いてない。
それが書きたくて始めたブログだったのだけど、このことばかり考えてたら興味を失ってしまったんだ。
他に似たような意見が少なくて、一から全部説明するのが面倒だったし
順序立てて説明するのが難しいと思った。

Aの話をするにはBの話をしなきゃいけないんだけど、そのためにはCの話が必要でCの話しのためにはまずBの話が不可欠。

みたいな状況に陥ったんだ。



とりあえず、

キレイに書くのは辞めた。

何も書けなくなるから。