日記とか付けない性分なのに
何かに書き留めておきたくて仕方がない
別に誰かに見てもらいたいとか思ってない
自分の頭の整理が基本やりたくて
後は自分の食事管理の事
以前も同じ様な事があったけど
身体が整ってくると思考まで変わってくる
少し話はそれるが
よく神の声が聞こえる的な話
神社に呼ばれてるとか何とか。。。
確かに気持ちは分かる
自分もバンバン聞こえてくる
でもそれは深層心理でここ行きたいとか
こうした方が良いとかあるからそうなってる要素があると自分は思う(別に批判されても全然良い。その考えを上回る説明が出来る人がいるならそれは聞くけど)
古代から人間の頭の中でそう言ったものが
人に伝えたり、記録しなければならないから
言葉や偶像になって具現化されてるのだとすると
凄く辻褄が合う気がする
自分もまだ説明するには勉強不足だけどね
とあるご縁で臨在禅宗のお寺に関わる事があり
(偶然にも家がそう)
ごく自然に受け入れていく
その和尚さんの話に
仏教の経典にはこの世の全ての事が書かれている
でもそれを読んで記憶したところで
分かったとは言わない
お寺での修行を通じてそれ(頭で記憶する事】と合致して
身体と頭で初めて分かった
というんだと教わった
それが最近よくわかる
料理の修行もそう
何事も同じ
まず頭で理解する
それが考えなくても出来るまで鍛錬する
更にそれを人に伝えてその人もできる様になる
これが真の「分かる」という事なのだろう
話を戻すと頭整理する本当の状態に近づけたから
この境地になる事が出来たのだと
呼ばれてるとかいう動画みると
それこそ「誰もお前なんて呼んでないわ」
と聞こえる。。。