卑弥呼主義~赤い唇Ⅱ~(再) | 卑弥呼主義

卑弥呼主義~赤い唇Ⅱ~(再)

閉じられた空間。吐息の旋律が奏でられる濃密な空気。


淡い闇に浮かび上がる、チェリーピンクの唇の端が意地悪く上がる。
怯えた小動物の目をした男は羞恥に堪えながらも、震える指でベルトを外しにかかった。
捕えられたかの様に、真っ直ぐアタシの目を見据えながら。

一枚、また一枚。羞恥心という衣を自ら脱ぎ去っていく痴態を、壁にもたれてじっと見つめていた。

今まで、これほど愉快な事があっただろうか。
淫猥かつ臆病。
崩れていく人としての理に、戦慄さえ感じる。壊れかけの様ほどアタシの快楽中枢を揺さ振る物は無い。

その道程は確実に狡猾に、そして迅速にアタシの背筋を粟立て、震わせる。

脱ぎ去られた羞恥はタイルの上に散らばり、汚濁した水を吸い上げた。
じんわり広がる汚水の染みと同時進行で汚れる正常な思考回路。

脱ぎかけの下着が絡まったままの腰に手をあて、強引に抱き寄せる。
目線はじっと離さない。髪をわしづかみ、きつく閉じられた唇に噛み付く様にチェリーピンクのグロスを重ねる。

絡めた舌に歯を立て噛み付けば、甘く痺れる命の味。
男の涙が数滴、アタシの頬を濡らした。

「…どうしてこんなことするんですか?」

震える小鹿。

涙に濡れた脅え顔に思い切り唾を吐いた。

『フフ…明確な理由が欲しい?そんなものあげないよ。貴方は理由も分からないまま堕とされていくんだ。』

途端に男はしゃがみ込み、しゃっくりをあげて泣き出した。
まるで迷子になった幼子。

アタシは頭を優しく撫でながら続ける。

『もっと泣いてよ。もっと大きな声を出してよ?アタシの前でズタボロに壊れてちょうだいよ』


見上げる涙目。
見下ろす優しい目。

不意に手首のスナップを効かせたフルスイングのビンタ。

いきなりの仕打ちに更に声をあげて泣きじゃくる男のしぐさが、アタシの何処かにあったスイッチを押した。


止まらない。頭部を庇うように覆われた腕を無理矢理引きはがし、今一度唾を吐きかけ頬を張った。
ぴしゃりと湿った音がする。

呂律の回らない舌での意味の無い謝罪。
「ごめん…ぅ…なさいぃもぅ悪いコトしないからぁ~許してくださいぃぃ」

『あはは、貴方は悪くないよ?理由も分からないのに謝るの?プライド無いんだね…情けないコ』

今や半分柔らかくなった肉茎をブーツの爪先で嫐る。途端に硬度を増すそれに、笑いが止まらない。

『あははははは!!こんな事されてても、此処を弄ると大きくなっちゃうのね』

再度屹立を始めた肉茎をブーツの先で執拗に捏ねくり回す。靴の底越しでも分かる位に固くなったそれを、髪をわしづかみ、男にしっかりと見せ付ける。

『分かる?靴で踏まれて勃起してんのよ、アンタのココ!!』

泣きじゃくったままの男の息が甘く震え出した。
脚の動きを速める。

『足で踏まれて気持ちよくなるんだ?』

…返答は無し。聞こえてくるのは荒く、甘く震える吐息だけ。
脚の動きをぴたりと止め、声を荒げる。

『聞いてんだよ!!あぁ?アタシの言ってる事解る?日本語解る?』


暫くの沈黙。それを破ったのは嗚咽の混じる小さな呟きだった。

「……ぃです」
『聞こえない』
「き…ぃいです」
『何度言わせるつもり?アタシの耳にも聞こえるように言いいなよ!』
「気持ちいいです…足で踏まれて、ブーツで擦られて気持ちいいですぅう!!」

アタシの口元に戻る満面の笑み。脚の動きを再開した。

『良いコ。良いコは大好きよ♪』

速まる吐息、同調する脚の動き。ブーツの底に擦り付けられた粘液と、鼻を啜る湿った音。
全てが室内にこだまする。頭の芯が熱く痺れて、反響する音達が遠くで聞こえる。

知らず知らず脚に力が入る。男の吐息があがる。

「……っあ…!!」

不意にブーツの下の屹立が痙攣を繰り返し、白濁した汚液を吐き散らし弾力を失っていった。

昇るのも一瞬、落ちるのも一瞬。高ぶった気持ちが急に醒めた。

背を向け、汚れたブーツの底を脱ぎ散らされたスーツで拭うと、服を整えドアのロックを外した。
くるりとターン。踵を鳴らして近寄り、呆然とする男の火照った頬に軽いキス。

『楽しかったよ。二度と会わないだろうけど元気でね♪』

へたり込み、呆けた顔の男をそのままに、個室を出ると踊る様に駅のコンコースを走った。
改札を出てタクシーを止める。

「お客さん、どちらまで行かれますか?」
『×××まで。あ、煙草吸ってもいいですか?』
「はい、どうぞ」

煙草をくわえ火を点けると、唇から鉄錆に似た微かな塩味がした。

途端に笑いが込み上げてくる。
【あのコの血かな?】

今一度唇を舐めた。

「お客さん、なんかいいことあったんですか?」
『…え?』
「いや、お客さんニコニコしてらっしゃるから」


『フフフ…えぇ、少し』



肺に思い切り吸い込んだ煙を、半分程開いた窓へとゆっくりと吐き出した。
一瞬にして流れ、消える煙は、アタシそのものだ。一つの場所に留まってなんか居られない。

スピードを増す車体に流れ込む冷えた宵風が、付けたばかりのエクステンションと燻る紫煙を一気にさらって行く。

寒さに首を竦めるが、口元には微かな笑みが浮かんでいた。
不意に携帯がパッフェルベルのカノンを奏でる。
慌てて着信ボタンを押した。

「もしもし~、やっぱ暇なんだけどウチで飲まな~い?」


……やれやれだ。しかし、溜息と共に出た言葉は、

『酒足りてんの?途中でなんか買ってくけど』

どうやら今夜も布団には縁が無いみたいだ。

意地悪な時の女神はこんな時でも、刻々と正確に残酷に時の車輪を回す。
残忍で狡猾で、秋の空より気まぐれなアタシでも、女神様には何時もお手上げだ。

煙と苦笑いの混じる深い溜息が、チェリーピンクのグロスの取れた赤い唇から、流れ込む冷えた宵風にゆっくりと吐き出された。


『運転手さ~ん、行き先変更!@@@まで急がず焦らず超特急でお願いします!』


時刻はam2:15。
永い夜はまだ明けない。



the end・・・?






【Epilogue】

あれから暫くたったある日の終電間際、×××線の三番目の車両の角で見覚えのあるカワイコちゃんを発見。
鮨詰めの車内を泳ぐように移動、彼の後ろへぴたりと寄った。
臀部をいやらしく撫で回す。ビクリと震える背中。
耳元に血に濡れた様に真っ赤なグロスの唇を寄せて、こう言った。

『…次の駅で降りる?』

一瞬の間を置いて振り向いた男の顔が、期待と恍惚に染まっていたかどうかはこれを読んでいる貴方の想像に任せるわ。


今度こそ本当にthe end。






この記事は以前書いたモノの再録です。覚えている人は何人いるかな??

あ・・・サボっているワケじゃないよ?(笑)