すべては1度目から始まる。何事も最初が肝心。「映画はファーストシーンが命」と故・淀川長治氏は名言を遺した。『スケアクロウ』では刑務所帰りの男と旅人の男が道路を挟んで向かいにいる。車は停まらない。焦れる刑務所帰りの男。おどける旅人。前者が煙草を出したがライターの火がつかない。後者が男に近づき、マッチの火を貸す。2人の友情がそこからスタートする。ファーストシーンだけで孤独な男2人の絆を物語っている。
友情、愛情、固い絆、信頼。人間関係は互いで創りあげる。どちらか一方の思いだけでは成立しない。相手をろくに知らなくても互いの直感で強い絆が生まれる場合もある。知り合い、語り合って初めてわかる。共通するものがあると。だがそんな出会いは稀だ。どんな出会いにも最初の1歩から始まり、友情、愛情を深める。逆に近づきすぎると互いが見えなくなる場合もある。家族はその典型だ。親は子供を子供は親をわかっているようでわからない。
友情であれ、恋愛であれ、家族関係であれ、自分ひとりの選択ではうまくいかない。両者には互いに近づく努力が必要だ。互いが互いを認め、受け入れる。友達も恋も家族もそこで成立しうる。
不成立。一方だけが近づく努力をし、一方は知らん顔。近づこうとすればするほど一方は離れていく。相手を知ろうとすらしない。そして関係ができる前に消滅だ。俺はこのパターンをいまも繰り返している。相手は完全に無視している。会うことを互いに承知したにかかわらず相手は知らんふりを決め込んでいる。わけがわからない。
俺は人間同士の絆の強さを信じている。だが出だしからつまづく。人間不信に陥る。共同創造には痛みが伴うものらしい。