日々の生の感情を伝えるブログにしている。自己洞察をテーマとしているからそのときその瞬間のいまのボビー・ミルクがここに存在する。年内一杯“毎日”更新はならなかったが順調に進めている。何しろ暇だ。今日も午後から気分が鬱屈し始めた。祭日は貧乏人には苦痛でしかない。鬱屈の大きな要因は孤独だ。空虚な現実を自ら選択しているならいたたまれないほどの孤独感はどこからくるのだろう。孤独も選択しているのか?
すべての人間は孤独だ。生まれるも独り、死ぬも独り。例外はない。どれだけの金持ちも札束は持っていけない。権力者も企業家も同じ。死ぬときは独りだ。貧乏な家庭に生まれ、貧乏なまま俺はいままで生きた。持たざる者としての人生にも慣れてきた。諦めだ。
何も持たない人生も悪くない。世捨て人になってみたい。諦めることは同時に物や人への期待を捨てることだ。俺は他者を簡単に信用する癖があった。長い年月で多くの他者の裏切りに遭い、人間不信を深めた。人と関わりたい願いと独りでいたい思いが内面に混在している。冷酷な他者を嫌悪しながらもどこかで望みを捨てていない。矛盾した観念が孤独を呼びよせたのかもしれない。とりあえず独りでいれば安心はする。望む人間関係は空想のなかで創造できる。
いまが幸福だとはまったく感じない。極端に不幸でもない。制限付きでも思いのままに生きている。こんな自分勝手な内省的なブログだが生身の俺を言葉に変換し続ける。年内一杯続けると約束した。必ず守る。自分と読者のための約束だ。