終わりが近い。アメーバブログをなかば無力に更新してきた。実際は書くことなどない。昨日の極めて個人的なブログ。書いた時点で限界を感じていた。そして批判を受けた。朝からムカつく気分。



終わりにしよう。



無力感。空虚感。疎外感。孤独。激しい怒りが腹の底で煮えたぎる。したいことのできない人生。言葉の使い方1つで意識は変わり、したくないことのできる人生の選択を考える。嫌なものは嫌だと言える自分で在ろう。


今後しばらくは書かない。そのまま放置してもいい。


S.K



アクセス数50。数字に反応した。下がり続けている。誰も読まなくなったとして、さて、次なる策は如何なものか。昨夜、Kさんが夢に現れた。一緒に仕事をしている。なにやら哀しげな表情に見えた。彼とはあらゆる仕事をした。植木、草むしり、塗装、ハウスクリーニングから身障者の旅行の付き添いまで。筋ジストロフィーの知人の送迎では仙台や四国に行った。Kさんの知人、同時に顧客には脳性麻痺の人も手足のない人もいた。彼ら彼女たちは実にエネルギッシュ。明るく、ユーモア精神に溢れていた。



とある若者。彼は筋ジストロフィー。この病気は筋肉を動かせない。頭を固定しないとダラリと後ろへ垂れ、悪くすれば骨折する。常に付き添う。S君、彼の母親、Kさん、俺で仙台へ行った。初めての場所。付き添いは無料。S君とはあまり話をしなかった。筋ジスは顔の筋肉を調整できない。つまり、喜怒哀楽を表せない。俺自身、人との接し方がわからなかった。コミュニケーションなど取りようがなかった。旅行とはいえ、しんどかった。四国巡りも同様。重い機械を持ち、車椅子を押し、持ち上げる。介助をめぐって、Kさんと言い争いもした。



Kさんの元を離れた何年か後にS君が亡くなったと訊いた。彼は俺に感謝していたそうだ。コミュニケーションは言葉ばかりではないのだろう。Kさんを通じ、多くの身障者と出会った。親しかった。その大半の方はすでにこの世にいなくなった。葬儀にすら出られなかった。Kさんと離れて約20年。「彼は頑張っている」と人づてに知った。俺を評価しているとのこと。果たしてKさんを思い出の彼方に追いやられるだろうか。


白井勝美



何も浮かんでこない。考える気力がどこかへ失せたか。昨日は急いていた。生活費が早くも底をついてきている。仕方なしにDVDを売りに出した。『LOST』全6ボックスと『ライ・トゥ・ミー』全3ボックス。中途半端に完了した後者はともかく、海外テレビドラマの名作、何度でも繰り返し観られる前者は惜しかった。大した額にならず、余計に落胆した。今日は通院日。4時起床。この頃は早朝も寒くなくなった。芯から冷えてこない。もう春だ。



午前中に帰宅。洗濯を済ませた。花粉の飛散量はかなりのものらしい。くしゃみ、鼻水、目の痒み。顕著に現れる。あれこれ考える余裕がないように思う。生活に困窮してはいる。奇数月は必ず苦しい。1日2回の食事でも追いつかない。それでも気持ちは緩やか。不安を感じない。ふと、Kさんを思い浮かべた。ひきこもり時代の俺に仕事を世話してくれた恩人。定期清掃から身障者の付き添いまであらゆる仕事を体験した。彼なくして俺はない。



疎遠になった友人、知人は結構いる。Kさんに連絡を取るか。ここ何年か音信不通の友人、知人はどうしているやら。連絡先のわからなくなった相手が大半だ。自然消滅。何もしようがない。いまの俺は(たぶん)以前より尖ってない。柔らかくなった。病院の待ち時間でそんなことをつらつら考えていた。帰宅し、落ち着くと同時にどうでもよくなった。ひきこもりの心理か。いまも俺は内側にこもっているらしい。


白井勝美