原理講論和訳研究96
「堕落論」の「第二節 堕落の動機と経路 (一)天使の創造とその使命および人間との関係」のところに、

 すべての存在は神によって創造された。従って当然天使もまた、神が創造し給うた被造物であることはいうまでもない。神は天使世界を他のどの被造物よりも先に創造された。創世記一章26節に書かれている天地創造の記録を見ると、神は「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り」と、自らを複数をもって語っておられるのであるが、これは今日まで多くの神学者たちが解釈してきたような三位神の立場から、そのように言われたのではなく、人間よりも先に創造されていた天使たちを考慮において、それらを含めた立場から言われたみ言であったことを知らなければならない。
 神は被造世界の創造と、その経綸のために、先に天使を使いとして創造された(ヘブル一・14)。天使はアブラハムに神の重大な祝福のみ言を伝えたのであり(創一八・10)、キリストの受胎に関する消息を伝えたり(マタイ一・20、ルカ一・31)、獄中で鎖につながれていたペテロを解いて、城外に導いたのである(使徒一二・7~10)。このほかにも、神のみ旨のために天使が活動している例は、聖書の中に、無数に探しだすことができる。それゆえに、黙示録二二章9節では、天使が自分自身を「僕」と言い、またヘブル書一章14節においては、天使を「仕える霊」と記録しているのである。そしてまた、天使は神に頌栄をささげる存在として創造されていたという証拠も、聖書の中に数多く見いだすことができる(黙五・11、黙七・11)。
 つぎに、我々は天使と人間との創造原理的関係を探ってみることにしよう。神は、人間を子女として創造され、被造世界に対する主管権を賦与された(創一・28)。ゆえに、人間は天使さえも主管するようにつくられているのである。コリント・六章3節を見れば、人間は天使さえも審判できる権限があると書かれている。そして、霊的に通ずるあらゆる人たちは、数多くの天使たちが、楽園にいる聖徒たちを擁護しているのを見るのであるが、これもまた、天使の人間に対する主従関係を説明する一つの良い例であるといえよう。」

とあるが、上掲の訳文の最後の
「天使の人間に対する主従関係を説明する一つの良い例であるといえよう」
という文章について考える。
ハングル原文にもっと忠実に訳すると、次のようになると思う。

「天使の人間に対する侍従的な関係を示してくれる一つの良い例だといえよう」

そして、「侍従」の意味は、広辞苑によれば、「君主の側〔そば〕近くに仕えること。また、その人」である。
単なる「主従関係」ではなく、主人の「側近くに仕える」位置にあるべき存在として天使が創造されていたという意味であろう。
洗礼ヨハネは、イエスの「側近くに仕える」ことができたし、そして、そのことを願われていたのである。
しかし、彼はそのようにしなかった。
このことより、洗礼ヨハネの不信を主張するのである。
側近くに仕える」ことができ、そして、そのことを願われた存在が、そのようにせず、別行動をとっていたならば、彼は彼の主体者に対して不信に陥っているのだと判断できる。