原理講論和訳研究68
「第二節 堕落の動機と経路」の「(二)霊的堕落と肉的堕落、(1)霊的堕落」からであるが、

「被造世界は、そもそも、神の愛の主管を受けるように創造されている。従って、愛は被造物の命の根本であり、幸福と理想の要素となるのである。それゆえに、この愛をより多く受ける存在であればあるほど、より一層美しく見えるのである。ゆえに神の僕として創造された天使が、神の子女として創造されたエバに対したとき、彼女が美しく見えたというのも当然のことであった。ましてやエバがルーシェルの誘惑に引かれてくる気配が見えたとき、ルーシェルはエバから一層強い愛の刺激を受けるようになったのである。こうなるともう矢も盾もたまらず、ルーシェルは死を覚悟してまで、より深くエバを誘惑するようになった。このようにして、愛に対する過分の欲望によって自己の位置を離れたルーシェルと、神のように目が開けることを望み、時ならぬ時に、時のものを願ったエバとが(創三・5、6)、互いに相対基準をつくり、授受作用をするようになったため、それによって非原理的な愛の力は、彼らをして不倫なる霊的性関係を結ぶに至らしめてしまったのである。」

という和訳文がある。その中に「霊的性関係」とあるが、その原文を直訳すれば、「霊的な貞操関係」である。


「(2)肉的堕落」のところも同様である。

「だからこそエバは自分を誘惑した天使長と同じ立場で、アダムを誘惑したのである。アダムがルーシェルと同じ立場に立っていたエバと相対基準を造成し、授受作用をすることによって生じた非原理的な愛の力は、アダムをして、創造本然の位置より離脱せしめ、ついに彼らは肉的に不倫なる性関係を結ぶに至ったのである。」

肉的に不倫なる性関係を結ぶに至った」というところの原文を直訳すれば
肉的な不倫の貞操関係を結ぶようになった」となる。

しかし、「貞操関係」という日本語はないと思うので、これを「性関係」と訳すのは納得できる。