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原理講論和訳研究31

「イエス路程」の「第二次世界的カナン復帰路程」の「四十日断食と三大試練とをもってサタンを分立した結果」で、

「創造原理によれば、人間は正分合の三段階の過程を経て、四位基台をつくって初めて、神の創造目的を成就するようになっているのである。ところが、人間はその四位基台をつくっていく過程において、サタンの侵入を受け、創造目的を成就することができなかったために、神は、今までの復帰摂理路程を、これまた、三段階まで延長しながら、「四十日サタン分立基台」をつくることによって、失ったすべてのものを蕩減復帰しようとされたのである。ところで、イエスはメシヤであられると同時に、洗礼ヨハネの立場で三段階の試練に勝利され、…」

「イエスはメシヤであられると同時に」とあるが、原文を直訳すれば「イエスはメシヤであられながらも」である。
和訳の「メシヤであられると同時に」はこれでいいだろうかと疑問に思う。

メシヤは本来「洗礼ヨハネの立場」に立つべきではない。
そのことを意味するために、原文直訳の「メシヤであられながらも」がよいのではないだろうか。



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