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原理講論和訳研究19

AとBは時間的にどちらが先に起こったのかという問いである。

「メシヤ論」の「第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ (一)エリヤの再臨を中心とするユダヤ人たちの心的動向」のところに、

「しかしユダヤ人たちをして、洗礼ヨハネがエリヤであると言ったイエスの証言を一層信じられなくしたものは、ヨハネ福音書一章21節の記録に見るように、やはり、洗礼ヨハネ自身が既に、自分はエリヤでないとはっきり否認したことであった。」

とある。「否認したことであった」のところの原文直訳は「否認したあとのことであったためである」となっている。
違いは「あとの」と原文では表記されていることである。

例によって下に、
(一行目に)「韓国語版講論本文」
(二行目に)「直訳すればこうだろうという自分の試訳」
(三行目に)「日本語版原理講論の訳」
を掲載しておく。

①명백히 부인한 뒤의 일이었기 때문이다.
②はっきり否認したあとのことであったためである。
③はっきり否認したことであった

イエスが洗礼ヨハネから洗礼を受けて(「受洗」という)、
その後、洗礼ヨハネは「自分はエリヤではない」と発言したというのである。
これは天からの啓示である。
そのまま正確に訳すべきではないだろうか。
よって、タイトルを問題形式で表現したが、その問題の(答)は、
「Aが先」


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