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「摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代」の「ユダヤ民族捕虜および帰還時代と法王捕虜および帰還時代」で、

「これと同じく、既に論じたように、神がキリスト王国時代を立てられたのは、法王と国王を中心として、「再臨のメシヤのための基台」を造成され、その基台の上で、メシヤとして再臨なさる王の王に、その国と王位を引き渡すことによって、メシヤ王国を建設するためであった(イザヤ九・6、ルカ一・33)。しかるに、国王と、「実体基台」の中心人物として立てるための霊的な基台を造成しなければならなかった法王たちが、あくまで悔い改めなかったので、彼らは「再臨のメシヤのための基台」をつくることができなかったのである。ここにおいて、神は、この基台を復帰するための新しい摂理をされるために、法王が捕虜となって苦役を受けるようにされたのであった。」

とあるが、下線部分の和訳文を話題にする。韓国語版講論では「国王と、彼を「実体基台」の中心人物として…」となっている。法王が国王を「実体基台」の中心人物として立てるべきであるということは日本語版講論でも理解できるが、原文直訳でいいのではないか。たぶん、ここは訳し忘れたのかもしれない。


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