私選:名盤の手前、10枚 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 前回の記事「私選:成功作の次のアルバム10枚」(こちら)では、セールス面/批評面で大きな成功を収めたアルバムの「次作」を10枚選んでみました。調子に乗って、今回は「名盤の手前、10枚」。名盤として評価されるアルバムの「前作」をセレクトします。
 記事名を「成功作の~」から「名盤の~」に変えました。前回はブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を話に絡めるために、記事のタイトルを「成功作の~」としました。いいアルバムだし世代的な親近感も覚えるのですが、スプリングスティーンの「名盤」は他に譲るかなと思うからです。
 さて、今回の「名盤の手前」のポイントをセリフにしますと、「頂上まであと少しだ!!」です。かなりの高さまで登ってきて、ツアーやら取材やらパーティーやらで疲れていても、このまま進める。次に鳴らすべき音が待っている状態。名盤の王座と比べると足りない点がなくもない。けれどそれは大した瑕疵ではないし、むしろクリエイティヴな冒険心が眩しくもあります。
 まあ、いわゆるひとつの『リヴォルヴァー』ってことですね。ビートルズのあのアルバムが放つ尋常ではないカッコよさは、まさにそんな冒険心の賜物です。あれほどわかりやすく「手前」を実感させるケースはありません。
 しかしながら、今回の記事ではビートルズはセレクトの対象から外しました。『リヴォルヴァー』も『ラバー・ソウル』も名盤枠に入るからです。あらゆる面で凄すぎるビートルズは「名盤の手前」ポイントの設定も難しいんだ。
 あと、アーケイド・ファイアはずっと優れたアルバムを作っていますが、ファースト・アルバムが名盤認定されていると思うので、「名盤の手前」のトピックでは語り甲斐が見当たりません。というわけで、今回もすごく古典的な作品の話になります。これは私が現役のロック・ファンではなくなっているのと、もしかすると21世紀に入ってから「名盤」の役割や意味が変わってきたのかもしれませんね。
 では、前置きはこのくらいにして本題に入りましょう。

ボブ・ディラン『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(1965年)


 『追憶のハイウェイ61』(1965年)の前作です。というか、これも『リヴォルヴァー』的な意味で名盤に数えられるかもしれません。ディランも名盤の手前ポイントが複数あって、この『ブリンギング・~』の前の『アナザー・サイド・オヴ・ボブ・ディラン』だって、そう言えないこともないのです。
 でもその過程はビートルズほどスムーズではないと思います。プロとしてのデビューがフォーク・シーンに軸足を置いていたこともあり、賛否を背負っての変化だったようです。その荷物が、彼の変化のフットワークを慎重にさせていたことが、『ブリンギング・~』からも汲み取れます。もともと強固だった歌のビート感はさらにロック寄りになっていますが、バックの演奏との特別な化学反応は起こっていません。
 しかし、ここでの歌詞は毒のある底意が持ち前の押韻と比喩の妙を尖らせており、彼の歌のトーンには皮肉と攻撃性、そしてパーソナルな感情の色合いが増しています。すんなりと読み解ける部分が減って、聴き手のアーティスティックなセンスを試すような部分が増えました。それがブルースとロックのパワーをバッキングに得て、感覚的な鋭さと激しさをもって畳みかけるのは、次作の『追憶のハイウェイ61』からです。『ブリンギング・~』は鮮やかさでは次作に劣ります。
 けれども、ここには優れた曲が並んでいます。奥ゆかしさと先鋭性がラヴソングの形で結びついた珠玉の佳品、Love Minus Zero/No Limit。現代詩とアジテーションをチャック・ベリー流儀のロックンロールに乗せてユーモラスに融合させたSubterranean Homesick Blues。演奏の簡潔さが曲の魅力を充分に引き出したShe Belongs To Me。ディランがメロディ・メイカーとしての才を遺憾なく発揮したMr. Tambourine Man。イメージの展開がシュールレアリスティックなドタバタ劇の様相を呈するBob Dylan's 115th Dream。逆にイメージの奔流が人間の内面と社会を抉って通すIt's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)。そしてラストに置かれたIt's All Over Now, Baby Blue。
 名盤の手前にして、この充実ぶり。いや、これもやはり名盤と呼ぶべきか、少なく見積もっても傑作アルバムです。あとはエレクトリック仕様でなければならない必然性を高め、その必然性を音に反映させるために、強力にドライヴするリード・ギターとシンプルにして爽快なオルガンを加えれば・・・。頂上はすぐそこです。

 

ローリング・ストーンズ『サタニック・マジェスティーズ』(1967年)


 『ベガーズ・バンケット』(1968年)の前作です。
 サイケデリック・ロックのブームとビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の成功に便乗したアルバムとして語られる作品で、その評価は間違いではありません。少なくとも、これをストーンズの代表作に挙げるには無理があります(個人の好みや思い入れは別ですよ)。
 私が初めて聴いた1980年代の後半にも「失敗作」や「ビートルズの真似事」として語られていたアルバムです。で、ズルズルと後回しした末に聴いてみると、意外と面白かったんです。とくにA面最後の8分半もあるブッ飛んだ曲が、悪ノリと本気の入り混じったフリークアウト状態。たしかにストーンズらしい音楽ではなかったけれど、私はけっこう気に入りました。
 これの次作が『ベガーズ・バンケット』で、さらに次が『レット・イット・ブリード』です。反省したとしか思えない。そして、どんどん凄くなっていきます。たぶん、先にそれらを聴いていたので、私も余裕をもって「サタニック・マジェスティーズ』に接することができたのだと言えます。
 このアルバムでブライアン・ジョーンズは何種類の楽器を演奏したのでしょうか。10は超えているはず。彼の貢献度が高くて、でもそれが彼の本意から逸れるコンセプトを彩ることになった経緯が、『サタニック・マジェスティーズ』に賑やかな空虚とカオスをもたらしたのだと思います。また、ミック・ジャガーほど本作に執心しなかったキース・リチャーズにしても、時代の熱に浮かされて楽しんだ背景はあったのでしょう。She's A Rainbow、2000 Man、2000 Light Years From Homeといった曲の出来の佳さがそれを物語っているし、それぞれのサイケな意匠の裏地にはブルースやカントリーの要素を聞き取れます。
 さらに注目すべきはCitadelでのキースのギター・ワーク。耳キーンとなる音響や「魔王のお城」という邦題に惑わされずに聴けば、このギターは『ベガーズ・バンケット』以降のリフ・ロックの習作です。そんな面白さを、たぶん無意識のうちに散りばめたアルバムでもあります。
 なによりも、この徹底ぶりはストーンズらしい。ひとつの音楽に惚れたら、ファッションまで相手の好みに変えて追っかけるのです(勘違いや買い被りってことも・・・)。それはおもに、彼らがブルースやリズム&ブルースをベースにした音楽に惚れたときに起きるのですが、ここではサイケに胸がときめいてしまった。そう考えると、ビートルズはここまで音楽に対して恋に恋するバンドではなかったのですね。もっと遊び上手でした。だからストーンズは「馬鹿だねぇ」と笑われたりしたのでしょうし、破局を糧に彼らは次の目標を見定めました。


デヴィッド・ボウイ『ハンキー・ドリー』(1971年)


 『ジギー・スターダスト』(1972年)の前作で、これら2枚のアルバムに収録された曲は、同じ時期に作曲されたそうです。
 さらに前作の『世界を売った男』(1971年)で、やがてスパイダーズ・フロム・マーズを名乗るバンドがボウイをバッキングするようになりました。『ハンキー・ドリー』では、そのメンバーに加えて、ピアノにリック・ウェイクマンが参加しています。本作の看板曲のひとつであるLife On Mars?が、まさにピアノを演奏の主役とした曲。そしてアルバム全編にわたって、リリカルなメロディーが印象に残ります。
 トップに置かれたChangesは言うまでもなく、Oh,!You Pretty ThingsにEight Line PoemにLife On Mars?にKooksにQuicksand・・・と、佳曲・名曲が目白押しです。これをボウイのアルバムでフェイヴァリットに挙げる人も多い。私も大好きな作品で、今でもよく聴きます。
 『ジギー・スターダスト』と比べてみると、共通点を指摘できます。本作でのLife On Mars?と次作でのStarman。前者がフランク・シナトラのMy Way、後者が『オズの魔法使い』のOver The Rainbowを彷彿とさせます。本作でのQueen Bitchに聴けるパンキッシュなビート感も、次作のHang On To Yourselfに受け継がれているのは明白です。しかも、『ジギー・スターダスト』の当初のトラック・リストにはRock 'n' Roll Suicideが入っていませんでした。あの曲で終わらない『ジギー・スターダスト』は、いっそう『ハンキー・ドリー』との相似性を強くしたのではないかと想像できます。
 けれども、仮に『ジギー・スターダスト』の当初のコンセプト・アルバム感が現行より弱かったとしても、やはりどこか『ハンキー・ドリー』とは趣きが異なっていたでしょう。というか、『ハンキー・ドリー』の叙情味がスペシャルなのです。あの麗しいジャケットの効果もあります。それも含めて、ボウイは同じカードで勝負することを望まなかったのだろうし、彼が常に変化を意図するアーティストであったことが2作の違いにも表れています。
 『ハンキー・ドリー』はボウイのシンガー=ソングライターとしての美点が結晶化したアルバムでもあって、その意味では頂点だと私は思います。ボブ・ディランのコードと投げつけ唱法の奥に潜むメロディーを、巧みに抽出して別の装いを着せたかのようだし、歌詞もディランに触発された抽象性にヨーロピアンな陰翳をもって別のエッジが閃いています。そのうえでヴォードヴィル・スタイルでお道化たり、フォーキーなザラつきを前に出したり、パンキッシュなビートと転調で疾走させたりして、アルバムは豊かに形作られています。紛うことなき傑作です。
 新たなペルソナを身に着ける前に、このアルバムで「変わるんだ!」とのメッセージを仕込んでおいたのも賢明でした。『ジギー・スターダスト』が異星人のロック・スターをめぐる物語でありながら、最後の最後、聴き手のロック・リスナーが自分の像をそこに見つけだす、そんな仕掛けはまだ施されていません。しかし、だからこそ『ハンキー・ドリー』は珠玉の名品なのです。


エアロスミス『闇夜のヘヴィ・ロック』(1975年)


 『ロックス』(1976年)の前作です。
 今回の「名盤の手前」、前回の「成功作の次のアルバム」とは正反対にアメリカン・ロックよりもブリティッシュ・ロックを多く選んでいます。もうちょっとバランスを取ろうと、スプリングスティーンの『青春の叫び』やオールマン・ブラザーズ・バンドの『アイドルワイルド・サウス』なんかも考えたのですが、それだと1970年代の作品で埋まってしまいそうなので却下しました。
 そこでエアロ。ハード・ロックも「名盤の手前」には事欠かないジャンルなのだけど、私の乏しい知識でパッと思い当たったのは、彼らのサード・アルバム『闇夜のヘヴィ・ロック』(原題はToys In The Attic)です。これならアメリカン・ロックとしても選べます。
 まあとにかく、次作の『ロックス』は完璧なロック・アルバムのお手本みたいなもので、やたらとカッコいいし高性能です。あれをリリース時にティーンエイジャーとして体験できた人が羨ましい。痛快丸かじりのアメリカン・ハード・ロック。文句なしの名盤です。
 では『ロックス』にいたる手前のエアロはどんな音をアルバムに刻みつけていたのか。その答えはこの『闇夜のヘヴィ・ロック』にあります。曲や演奏、スティーヴン・タイラーのシャウトなど、両者に劇的な変化はありません。どちらもワクワクさせる、粗野で下品でカッコいいロックロールです。「カッコいい」を連発するのは芸がなくて自分でも感心できませんが、本当にカッコいいんだからしょうがない。この時期のエアロについて「カッコいい」との形容なしで語るのは、さびしからずや道を説く君。
 そのカッコよさがレコ―ディングやミキシングの手腕で堂々たる風格を手に入れたのは『ロックス』。ジャケットからもわかるように、粗野さにシュッとしたポップネスが加わりました。その「手前」のエアロは、まだそこまでシュッとした音は出していません。が、逞しさが次の扉に手をかけています。
 『闇夜のヘヴィ・ロック』は、その邦題が醸し出す1970年代の「洋楽」感がカッコよくないのだけど、中身を聴くとそのダサさでさえもがカッコよく思えて憧れてしまうから不思議です。要は、このアルバムもカッコいいんです。
 1曲目がToys In The Atticです。なんだ、このリフは!と体が反応して舞い上がります。それ以外にもファンキー&ハードな必殺のWalk This Wayがあって、ツイン・ギターのシンコペーションが必殺のSweet Emotionと、キラー・チューンが揃っており、ラストは必殺のバラードのYou See Me Cryingです。ほかにはリズム&ブルース~ロックンロール初期の猥雑さに接近したBig Ten Inch Recordのカヴァーとか。こういうハード・ロックではカッコいいことが何よりも重要。あとの理屈は渋谷陽一がなんとかしてくれます。
 まだ完成形に一筆を残しているアルバムです。そこがいい。こういうのが「名盤の手前」の醍醐味ってやつです。


パブリック・イメージ・リミテッド『パブリック・イメージ』(1978年)


 『メタル・ボックス』(1979年)の前作です。
 つい先日、ニュー・アルバム『エンド・オヴ・ワールド』をリリースしたPIL。結成当初から幾多の変遷を経たとはいえ、ここまで長続きすると予想できた人は少なかったでしょう。たとえば、このファースト・アルバム『パブリック・イメージ』のみで解散したとしても、あの時代のポスト・パンク・バンドなら普通のことだったはずです。その場合、『メタル・ボックス』や『フラワーズ・オヴ・ロマンス』は作られなかったことになります。

 ファーストを聴くと、いろんな伸びしろが後続作に繋がっていることを実感できるものの、まだこれはセックス・ピストルズのジョニー・ロットン像を引きずっている箇所もあります。もしここでPILが終わっていたら、「『ロックは死んだ』の名言を吐いた男が次に試みたバンドの、目先の変わったパンク・ロック」として、私みたいな遅く生まれてきたロック・ファンに珍重されたかもしれません。
 実際に1980年代の後半にこのファーストを聴いたとき、いちばん惹かれたのはシングルにもなったPublic Imageと、ジョン・ライドンの凄まじい咆哮に圧倒されるAnnalisaの2曲でした。私が鈍かったせいか、ロックのガイド本で読んだ「レゲエやダブからの影響」も本作からは感じませんでした。やりたい放題で鬼気迫るアルバムではあるけれど、もどかしくなる部分もなくはなかったのです。
 これに比べると『メタル・ボックス』は、ヴォイス・パフォーマンスとエキセントリックなギターの軋みとベースの大胆なうねりが有機的に連動しあって、レゲエをネガポジ反転させたような異形感が際立っています。そのベースがいなくなった『フラワーズ・オヴ・ロマンス』での音響実験も最高です。『パブリック・イメージ』ではそうした独創性が具現化してはおらず、その意味で「名盤の手前」らしいアルバムだと思います。
 しかし逆の感想も私は持っています。ジョン・ライドンのヴォイスは、『メタル・ボックス』でかなり匙加減とその効果を意識しており、そこが見事なのですが、単純にシャウトを浴びる快感ということであれば、『パブリック・イメージ』のダイレクトな破壊力を凌ぐものではないです。すなわち、ピストルズの凄みを(シド・ヴィシャスの存在を別とすれば)一身に背負っていた彼の声を、壊れた蛇口から制御不能な勢いで飛び出す水のように浴びせられるのは、このファーストです。
 であるからこそ、ライドンは『メタル・ボックス』でそのピストルズ的な蛇口を調整したのでしょう。クレヴァ―です。『メタル・ボックス』にファーストのAnnalisaと同じ系統のシャウトが入っていたら、それはそれで面白いでしょうが、それじゃニュー・グループを続ける意味がなかったのです。
 『メタル・ボックス』と『フラワーズ・オヴ・ロマンス』では音楽的というより音響的に発展してゆくPILも、このファーストの段階ではそれと完全に接続しきってはいません。そこが本作のジョン・ライドンにジョニー・ロットンを感じさせる由縁でもあるし、それは私には決して残念なことではなく、「手前」の魅力だと捉えています。


ロキシー・ミュージック『フレッシュ・アンド・ブラッド』(1980年)


 おや、こんなところにロキシーの『フレッシュ・アンド・ブラッド』が。そうか、名盤『アヴァロン』の手前か。仕方ない、これもセレクトに入れておくか。
 ・・・なんて白々しい小芝居が通用しないくらい、私は当ブログでロキシー・ミュージックが最愛のバンドであると公言してきました。よって、これと近い年にリリースされたトーキング・ヘッズの『フィア・オヴ・ミュージック』(1979年)を落とすという狼藉を働くことにします。いや、あれも「名盤の手前」なんだけど、バーン&イーノの『ブッシュ・オヴ・ゴースツ』と「手前」を二分するじゃないですか。それはちょっと面倒かも。なのでロキシーを選びます。イーノがフェリーではなくバーンと仲良くしてくれて助かった。
 さて、『フレッシュ・アンド・ブラッド』。私にとって、昔あまり好きではなかったけど、今はとても好きなアルバムです。もっとも、私は単なるロキシー・ミュージックのファンなので、昔(1986年)廉価盤LPで聴いたときも80点を進呈できるほどに満足はしていました。ただ、私にはロキシーのアルバムって満点が120点なんですね。
 常にヘナヘナしてグネグネしているロキシーの音楽ですが、この『フレッシュ・アンド・ブラッド』はそこにフニャッとした感覚が加わっています。それ以前のアルバムにもフニャフニャはあったけれど、これはフニャッでコーティングされています。そのフニャッな手触りが昔は気に入りませんでした。
 ニューウェイヴとA.O.R.の洗練された融合。これがフニャッを呼びます。今なら、そこを大いに楽しめますが、ロキシーに狂い始めた頃の私はA.O.R.に背を向けていました。だいたいが、ロキシーの初期作品に夢中になったのもA.O.R.的な音楽にはないビザールなロマンティシズムが横溢していたからです。つまり、変な人を好きになってしまったから、普通の人じゃ満足できなくなったの!で、『フレッシュ・アンド・ブラッド』って普通の人っぽい顔をした曲がズラリと並んでいるので、Same Old SceneとかOver Youとか曲単位では気に入ったにもかかわらず、アルバムとしては個人的なロキシー・アルバム・ランキングの最下位に置いていたのです。とくにOh Yeahという曲の「なんとなく、クリスタル」な雰囲気が受けつけなくて。
 しかしみなさん、これはすごくいいアルバムです。フニャッとしていても、ボブ・ラドウィグのマスタリングとボブ・クリアマウンテンのミキシングによる1980年のニューヨーク・サウンドで質実にくるまれてあるし、ダブ的な遊びが要所で鳴っているのも隠し味。技が冴えます。『アヴァロン』には及ばずとも、俗っぽさとも相性のよいフニャッなコーティングの手触りにハマったら、この心地よさはクセになります。来世(『アヴァロン』)に出発する前に現世のハイ・ライフをスケッチしてのフニャッです。バハマでレコ―ディングされた『アヴァロン』と近いようで異なる微妙な違いも味わい深い。
 これをもっとレコーディング・アートの域にまで高めたのが『アヴァロン』で、あれはもう大変な名盤ですが、『フレッシュ・アンド・ブラッド』も独特にフニャッとした傑作です。


プライマル・スクリーム『プライマル・スクリーム』(1989年)


 『スクリーマデリカ』(1991年)の前作です。
 多数リリースされた『スクリーマデリカ』の先行シングルのひとつ、Loaded EPにはMC5のRamblin' Roseのライヴ・カヴァーがカップリングされていました。私は1990年の初頭に、そのカヴァーを聴きたくて同シングルを買い、A面のLoadedで繰り広げられる一大ハウス絵巻にキョトンとしました。それがジワジワと私の音楽的嗜好を侵食していくわけですが、とりあえずはMC5をカヴァーするプライマル・スクリームが聴きたかったのです。
 というのも、「名盤の手前」にあった『プライマル・スクリーム』はガレージ・ロック色の濃いアルバムだったからです。その前の『ソニック・フラワー・グルーヴ』はギター・ポップ系の大傑作で、それも良かったけれど、私の関心はもっとガレージなロックンロールにありました。
 『プライマル・スクリーム』はその関心を過不足なく満たしてくれるアルバムでした。ギター・ポップから転身したとはいえ、次の『スクリーマデリカ』へのジャンプと比べたら可愛い変化。また、彼らの優れたポップ・センスは『プライマル・スクリーム』収録のIvy Ivy Ivyでも証明されました。私はあの曲を沢田研二が歌うヴァージョンを妄想します。いや、ボビー・ギレスピーのことだから、ジュリーのレコードを持ってんじゃないの?
 『プライマル・スクリーム』における「ガレージ・ロックはじめました」な変化は、ロック・バンドのディスコグラフィーの整合感からは遠いもので、繰り返しになるけれど『スクリーマデリカ』もそうでした。けれども、その食い散らし方には彼らより下の世代にあたる私にも理解できるロック・オタクの性分が窺えたのです。
 『プライマル・スクリーム』は『スクリーマデリカ』の「名盤の手前」ではありますが、このバンドに特有の身の翻し方が影響するのか、「手前」の必然性は薄いと思います。しかしこのアルバムの曲をリミックスしたのが先述のLoadedであるのは事実で、『スクリーマデリカ』はそこから一直線に繋がっています。従来の「手前」の文脈では解釈しにくいのです。
 そもそも「手前」だの「次作」だのと云々するのはファンや批評家で、ミュージシャンはその時々の興味・関心を直線や曲線で描き繋いでいるのかもしれません。『プライマル・スクリーム』と『スクリーマデリカ』の2枚の間には、リミックスやハウスの爆発的な活性化があって、それがストレートに反映されたがゆえの変化だったとも考えられます。
 いずれにせよ、ファーストの頃から魅力的だったボビーの甘い放心ヴォーカルはここでも健在だし、磨きがかかっています。それが『スクリーマデリカ』のHigher Than The Sunでヨダレを垂らしてそうな忘我に結実するのです。


ブラー『レジャー』(1991年)


 『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』(1993年)の前作です。
 ブラーというと、さらに次作の『パークライフ』(1994年)が名盤なのではないかという気持ちもあるのですが、あれはいいアルバムだけど、ブリット・ポップの社会現象としての大きさが優っていました。だからダメだと言うのではないです。ポップ・ミュージックに「時代と寝る」感は大切。でも内容への評価は『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』のほうが高いのではないでしょうか。
 それに、名盤の「手前」をトピックとするからには、『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』の「手前」にあたるファースト・アルバムの『レジャー』のほうが語り甲斐があります。
 デビュー時のブラーは大した期待をされていませんでした。そこは後発のオアシスと違うところです。ストーン・ローゼズに端を発するイギリスの(当時の)新世代バンドが次々に日本でも紹介される中で、『レジャー』は及第点をクリアするアルバムという印象でした。シングルのThere's No Other Wayを聴いた私は、「はいはい、またこのタイプね」と高を括ってしまいました。一連の新世代バンドに食傷気味にもなっていたのです。
 悪くはないけどビックリするほど良くもない。これはロックのアルバムに対する印象としては悪いことです。私の反応もそんなヌルいものでした。まさかこのバンドがイギリスの国民的バンド(のひとつ)へと成長するなんて予想もできませんでした。今回の「名盤の手前」記事でブラーを扱うのも、そこが面白いからです。
 デビュー時のブラーが不幸だったのは、「インディ・ギター&ダンス」などと形容された当時のUKロックと路線を共有させられたことです。それでデビューできたのだから取っ掛かりは掴めたのでしょうが、バンド名が意味する「ぼんやり」の知的な屈折やシューゲイザー的感覚、シニカルなユーモアのセンスが充分に発揮できたとは言えません。サイケ風味も含めて、すべてがローゼズの雨後の筍でしかないように受け止められて、そうなるとあのキュートなジャケットも逆効果です。メンバーのルックス(とくにデーモン・アルバーン)を目にした私は、そこでも「はいはい、またこのタイプね」と呟きました。
 私がそのデーモンの可愛い顔立ちに、イギリスのロックの伝統とも言えるタフなひねくれを読み取れていたら、続く『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』での化けっぷりにも驚かなかったでしょう。そこを読めなかったから驚いたんです。1993年、グランジの洪水に襲われたUKロックの岸辺で、家族の思い出のフォト・アルバムを探すようにして英国気質みなぎるシニカルでポップな新作を発表したブラーは、デビュー時のブラーではありませんでした。
 しかしファーストの『レジャー』も捨てたもんじゃないのです。そこから鯉が滝を登って竜となる姿を想像するのは難しいけれど、やっぱり悪くはない。のちの作品でも彼らの音楽の底部に保つエッセンスは、ちゃんと光っています。それが上手く発揮されなかったのは、There's No Other Way(ほかに方法がない)ということだったのでしょう。


スマッシング・パンプキンズ『ギッシュ』(1991年)


 『サイアミーズ・ドリーム』(1993年)の前作です。
 『ギッシュ』は1991年の5月、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』よりも4ヶ月早くリリースされたのですね。私が聴いたのは、たしか冬ごろ。ホールの『プリティ・オン・ジ・インサイド』と一緒に買いました。マッドチェスターの夢からさめて、アメリカの殺伐ロックに興味が移った直後です。
 この「殺伐ロック」は、1991年の『ロッキング・オン』誌でグランジ系のバンドを形容するのに使われていた言葉でした。まだ「グランジ」なるスタイル名が知られていなかったのです。ソニック・ユースとダイナソーJr.は紹介されていたけれど、ニルヴァーナでさえ正確に位置づけられていなかった当時。スマパンも話題の新人バンドではなく、どちらかというとバッファロー・トムの『バードブレイン』のほうが「殺伐としている」と喜ばれていました。喜んでいたのは私みたいなヤツだけかもしれませんが、とりあえず新しいアメリカのロックは「殺伐」がキーワードだと思われていたフシがあります。
 それだけに、ギターの轟音にとどまらずアシッド・フォーク的な語法も多用した『ギッシュ』からはインパクトを受けませんでした。辛気(しんき)臭いな、と思ったからです。それもグランジの重要な側面だったのに、「殺伐ロック」を求めると、そういう感想を持ちます。
 辛気臭さは、1980年前後にイギリスのニューウェイヴに含まれていた成分でもあります。スマパンのビリー・コーガンはそこからも影響を受けていました。そちらに尺度を変えてみると、『ギッシュ』はその志向をデビュー・アルバムとしては充分なまでに叶えた作品だと捉えられます。また、レッド・ツェッペリンやピンク・フロイドなどの音楽体験が、ひとりぼっちの子供部屋で孤独に育まれて隠花植物を群生させたような、いびつなダイナミズムも聞こえます。
 私が『ギッシュ』とあらためて向き合ったのは、次作の『サイアミーズ・ドリーム』が輪をかけて素晴らしかったからです。そうでなかったら、ほったらかしにしていたでしょう。
 『ネヴァーマインド』爆弾の投下をはさんだ『ギッシュ』と『サイアミーズ・ドリーム』。前者には、時代の空気が完全に変わってから出た後者の強靭さには欠けます。内省や繊細さも緩さを残しています。後者では潮流というものが音の締め具合に作用したのだろうし、『ネヴァーマインド』の成功がいかに大きかったかを痛感させられます(『ギッシュ』も『ネヴァーマインド』もプロデューサーはブッチ・ヴィグ)。
 でも『サイアミーズ・ドリーム』の後で引っ張り出して聴いた『ギッシュ』は、「名盤の手前」であると同時に、ロック・アルバムとして別個の作品であるようにも聞こえました。まだ未達の域は指摘できるけれど、その未完成の形が『ギッシュ』の理想的な在り方もしくは整い方なのではないか、と思えたのです。「名盤の手前」らしい予告編の役割とともに、その後のスマパンのブレイクから切り離された安息をも感じさせるアルバムです。


レディオヘッド『ザ・ベンス』(1995年)

 『OK コンピューター』(1997年)の前作です。

 わが天敵レディオヘッド。ってこともないのですが、あまり好きではないバンドです。でも嫌ってるわけではないし、聴いたアルバムは全部感心しました。ただ、夢中にはなれない。そういうバンドなのです。

 ファースト・アルバムの『パブロ・ハニー』(1993年)も、この『ザ・ベンズ』(1995年)も良かった。『Kid A』(2000年)も『アムニージアック』(2001年)にも感服しました。けれど、1997年の『OK コンピューター』をどうしても好きになれず、結局、そのことが引っ掛かったまま、今日までレディオヘッドに距離を感じてきました。あのアルバムが出た時、『SNOOZER』読者の友人から「なにが問題なんだ?」と詰め寄られて、「助けて。助けて。助けて・・・」と泣きそうになった記憶もあります。

 どこに文句があったのか──わからない。きわめて質の高いロック・アルバムです。JAPANやジョイ・ディヴィジョンやスミスを好きな自分に向いている点はいっぱいあります。なのに、あの全編を覆う楽器の音のトリートメントが私にはアピール過剰で、音質の「ノイジー」とも音量の「ラウド」とも別の、自意識のヴォリュームの大きさに耳を塞ぎたくなりました。いい曲ばっかりだし、練りに練られた歌詞も文句なしの内容だし、あれほど創意工夫あふれる作品であるのに、私にはそのマジックが効きませんでした。自分の感性に自信をなくしたりもしました。そんなとき、前作の『ザ・ベンズ』を聴いてみると、スッと心に入ってきたんです。これも特に好きというわけではないけど、こっちのほうがいい、と。

 先ほど『ザ・ベンズ』と『OK コンピューター』を25年ぶりに聴いてみると、『OK コンピューター』は昔より印象が良くなっていました。『ザ・ベンズ』がブリット・ポップの匂いを漂わせているのに対して、『OK コンピューター』はもっと独創的で、そこに好感をおぼえます。なにがしかのブームと縁を切って自分たちの居場所を作り上げようとするクリエイティヴな意志が、あのアルバムの音を被虐的にも強固にもしているのだと思います。

 『OK コンピューター』は90年代のロックの名盤です(好きではないけど)。しかし私には、それでも依然として、その「手前」にあたる『ザ・ベンズ』から聞こえるロックの旧来的な型と、それに抗うかのように漏れてくる打破への衝動や焦燥のほうが、特に好きではないけど魅力的です。『OK コンピューター』の音は、私には綺麗に仕上がりすぎている。

 などということは、25年前に『SNOOZER』読者の友人にも言いました。すると「いや、あの綺麗さが深い絶望の光景なのだ」と返されて、まあそれもわかるけど、自分にはそう感じるマジックが効かないな、と言ったか言わなかったか。でもひとつ確かなことは、『OK コンピューター』でレディオヘッドとナイジェル・ゴドリッチが創出したサウンドに馴染めなかった私が、その後のコンテンポラリーなロックへの感度を時間をかけて鈍らせていったことです。

 以上、アメリカン・ロックが3割でブリティッシュが7割。前回から見事に逆転しました。文中で候補として挙げたオールマン・ブラザーズ・バンド、サンタナ、ブルース・スプリングスティーン、トーキング・ヘッズのほかに、クラッシュの『動乱』、ジャムの『モダン・ワールド』、スピリチュアライズドの『ピュア・ヘイズ』なども「名盤の手前」に相当します。
 ということで、なかなか面白いトピックだったので、今後も「名盤と私」コーナーに特別編として組み込むことにします。「手前」と「次作」を各々。エルトン・ジョンの『カリブ』みたいに、『黄昏のレンガ路』の次作であり『キャプテン・ファンタスティック』の前作でもあるというケースも、探せば他にも出てきそうですね。

 

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