THE BLUE HEARTS/リンダリンダ(1987年) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 「ドブネズミみたいに美しくなりたい」。

 ザ・ブルーハーツの「リンダリンダ」で有名なこの一節が、1987年に19歳だった私は苦手でした。泥水をすすった経験のある人の優しさや美しさは理解できたものの、しょっぱなからそれを言いきることに、図式的すぎないか、と眉をひそめたんです。
 いっぽうで、「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない」のフレーズが私は大好きでした。初めてその言葉を甲本ヒロトの歌声で聞いたとき、胸が熱くなったほどです。
 苦手でもあり、好きなところもたくさんある。私にとってのブルーハーツはそういうバンドでした。

 中学・高校・大学の10年間が1980年代にすっぽりと入っていたので、私は若い人から「ブルーハーツや
BOØWYの直撃世代じゃないですか」と羨ましがられることがあります。

 でも、それらのバンドがブレイクした頃に私は大学生で、わざわざ中学や高校の放課後が似合う音楽を聴きたいとは思いませんでした。
 いや、私だってどちらのバンドも凄いなと感じてはいたんです。パンクをまったく知らない中学生や、ニューウェイヴを気にかけたことすらない高校生に、真島昌利や布袋寅泰のようにギターを弾かせたり、甲本ヒロトや氷室京介のようなステージ・アクションで歌わせたのです。なにか特別なものがあるはずだと、常に気にはなっていました。

 以前、真島昌利のソロ・アルバム『夏のぬけがら』のことを記事にした際に、ブルーハーツについてこんなことを書いてます。
 「彼らがさまざまな泥や芥を飲み込んだうえで提示するイノセンスのありかたが、最終的にこちらに届く手前でストライク・ゾーンをわずかに外れていたから見送った」
 「あるいは、すごくシンプルなデザインの白地のTシャツがあって、ほしいなと思いながらも、それを自分が着て歩くと単にフツウの”いい人”に見えてしまいそうで、レジには持っていかなかった、とか。」
 要するに、浅知恵がこびりつきだした大学生の私とは、ほんの少し合わなかったわけです。

 ただ、ファースト・アルバムの『THE BLUE HEARTS』を耳にした時は新鮮な驚きをおぼえました。「リンダリンダ」を初めて聴いたのも、そのアルバムの一曲として。
 もっとも、そのアルバムで大きな衝撃を受けたのは、「僕パンク・ロックが好きだ」と歌う「パンク・ロック」という曲でした。パンクって、そんなふうに真っ正直に「好きだ」と告白するような対象ではなかったので、あまりの臆面のなさに意表をつかれました。
 その堂々たる告白が鮮烈だったから、「リンダリンダ」の歌いだしも確信をもって言いきっているのだろうと考えていました。
 それに、あの詞はドブネズミみたいに美しく「なりたい」と歌っているのです。世の中の大半の人は、見め麗しい美しさも、ドブネズミみたいな美しさも、手に入れることができずに生きています。あのフレーズは開き直りではなく、何に尊さを見出すかの表明であり、それを手に入れたいと願う悲痛な叫びでした。

 最初、この曲に耳を惹かれたのはコード進行です。「もしも僕が~」の「が~」(#ラ)をバックアップするF#7への流れ。
 無粋を承知で解説すると、これはセカンダリー・ドミナントと呼ばれるコードで、キーのDに対してちょっとだけヒネったF#7です。まあ、ポップスでは頻繁に用いられるコード進行だし、とくにヒネった意図もなかったのでしょう。しかし、ヒロトがあの独特の音程で歌うと、このコード進行のソフトな耳ざわりと相まって、荒ぶる心と根を同じくする柔軟な理性が閃きます。
 ぶっきらぼうな中に人懐っこくも鋭い利発さのあるヴォーカルが、全てがクリーンでもないし汚れきってもいない、そのどちらの側にも同じ風を通すスペシャルな響きをもたらしているのです。そして、それはブルーハーツのスペシャルな魅力でもありました。

 「もしも僕がいつか君と出会い話し合うなら」、この詞もユニークです。「話し合う」という分別ある言葉が性急な曲調に使われて、スピードを落とすどころか、思慮を伴った速度を獲得している。
 「そんな時はどうか愛の意味を知ってください」も、ストレートに聞こえながら、どういう関係性で発されている言葉なのか微妙に曖昧です。
 でも、ここから浮かび上がることがあります。
 どこかにまだ見ぬ「君」がいて、理解者と出会えないでいる。「僕」が「君」と「出会い話し合う」ことができれば、「愛の意味」を知る日が来る。他人に裏切られてボロボロになることがあっても、「僕」は諦めない。「君」もどうか諦めないでくれ。必ず出会おう。

 実際にこの曲の背景にあるエピソードは、こんな解釈とかけ離れたものです。バンドの今後についてミーティングしようという時に、ヒロトがテレビで「バッテンロボ丸」を見たいからと後回しにして、マーシーを激怒させた。それで反省したヒロトが作った曲が「リンダリンダ」と「ブルーハーツのテーマ」だったそうです。
 私はこのエピソードが大好きなのですが、出来上がった曲が与える感銘は別です。とりわけ「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない」「けっして負けない強い力を僕は一つだけ持つ」の言葉の連打は素晴らしく、ここにも先述したF#7が響いています。

 この曲がシングルでリリースされた1987年は、のちに「バブル」と称される好景気を庶民が肌で感じはじめていた頃です。若者のあいだではカジュアルな恋愛が盛んでした。雑誌にもその種のマニュアルが頻繁に掲載されて、恋愛へと煽る強迫的な空気が世に蔓延していました。私もその空気に流されて頑張った一人です(なんでも世情のせいにしちゃイカンのですが)。
 「愛じゃなくても恋じゃなくても」は、そういう風潮に対するカウンター的な意味合いに受け取れる面がありました。「ドブネズミみたいに美しくなりたい」にも、デオドラント化する社会への抵抗が聞き取れます。
 しかし、彼らは単純な社会批判やシニカルな態度を超えていました。愛じゃなくても恋じゃなくても、「君を離しはしない」と約束させる「強い力」を信じる。「リンダリンダ」はロックへの熱い想いを原動力とするラヴソングでもありました。

 こんなふうに裸の眼で物事の芯をとらえ、そこで諧謔に足を掬われずに激しくエモーショナルに表現する姿勢は、並大抵のバンドに実現できるものではありません。
 そのぶん、前述したような臆面のなさへの苦手意識も私はブルーハーツに持っていました。今こうして彼らの凄さを書きながらも、「この範囲を超えたら自分には向き合いにくいな」と感じたことが思い出されます。
 けれども、彼らはロックを知らない人たちにも、疎外された心の痛みとそれを乗り越えさせる「強い力」の存在を、気負いなくシンプルに伝えたバンドでした。

 「リンダリンダ!」というリフレインは、おまじないです。リトル・リチャードのJenny Jennyに匹敵します。あの曲では「ジェニジェニ!」と連呼される名前が、人種もセクシュアリティも飛び越えるロックンロールの狂騒の呪文として機能していました。「リンダリンダ!」のリフレインも、失望や孤独を突破して「君」と出会うためのおまじないです。

 それがおまじないであると気づいたのは、2005年に山下敦弘が監督した映画『リンダリンダリンダ』を観たときでした。
 高校生の女の子バンドに、ペ・ドゥナ演じる韓国人の留学生がヴォーカルで加入する話です。彼女は日本の学校で親しい友人もおらず、そのバンドにも成り行きで入ります。文化祭で披露するために「リンダリンダ」と「終わらない歌」を練習する過程で、彼女は日本で初めての仲間を得ます。そして文化祭の当日、一心不乱にブルーハーツを歌い、観客から確かな盛り上がりを引き起こすのです。
 コミカルさと寂しさを同時に体現するペ・ドゥナは、留学生の設定を外しても根源的にコミカルで根源的に寂しい。彼女が「愛じゃなぐても~」と韓国語訛りで歌う「リンダリンダ」からは、ブルーハーツが触媒となった「強い力」が溢れていました。そこで繰り返される「リンダリンダ!」のリフレインが、どれほど切実なおまじないに聞こえたことか。
 そのとき、私は「ブルーハーツがいてくれてよかった」と心から思いました。


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