雑談:マーク・ボランの「会った途端にひとめぼれ」 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 先ごろ亡くなったフィル・スペクターの名前を私が最初に意識したのは1981年でした。この年、ビリー・ジョエルのライヴ・アルバムからシングル・カットされたSay Goodbye To Hollywoodがヒットして、ラジオでよく耳にしたものです。私はタイトル・フレーズをそのまま♪さよな~らハリウ~♪と日本語で歌えることに驚いていた中学2年生でした。そんな若者がきっと日本中にいたのでしょう。
 本屋さんでFM雑誌を読むと、あの曲はフィル・スペクター・サウンドへのオマージュだと書かれていました。そこからフィル・スペクターの研究でも始めていたらポップス・マニアになれたかもしれませんが、あいにくとそんな人生ではなくて、『レット・イット・ビー』もこの人がプロデュースしたのか、などと時おり業績の跡を垣間見る程度でした。

 

 そんな私の胸を初めて騒がせたフィル・スペクターの曲が、To Know Him Is To Love Himでした。
 「会った途端にひとめぼれ」または「つのる想い」の邦題で知られるこのロッカ・バラードは、スペクターが在籍していたヴォーカル・グループ、テディ・ベアーズの1958年のヒット曲。数々のアーティストやグループにカヴァーされています。
 私がその時に聴いたのはマーク・ボランとグロリア・ジョーンズのデュエット・ヴァージョンでした。ナンシー・シナトラやモコ・ビーバー・オリーブではありません。タイトルもTo Know You Is To Love Youに変わっており、それに準じて歌詞もアレンジされていました。

 番組はNHK-FMの『サウンドストリート』金曜日。DJは渋谷陽一で、1986年の1月17日だったようです。
 同番組は「ヤング・パーソンズ・ガイド」という特集回を設けて、若いリスナーにデヴィッド・ボウイやジャニス・ジョプリンなどを50分の枠をフルに使って紹介していました。
 マーク・ボランを特集してほしいというリクエストが多く寄せられたようで、そこには前年にザ・パワー・ステーションがGet It Onをカヴァーしてチャートを賑わせたことも関わっていたのでしょう。あのパワ・ステのカヴァーは一部の若者にはT・レックスに関心を向けるきっかけにもなったからです。私がその典型的な一人で、あれを聴いて京都駅地下の十字屋に行き、T・レックスのLPを買いました。何度も何度も書く話ですが、パワ・ステにはなくてT・レックスにあったものが私にとってのロックの魅力でした。だからと言ってパワ・ステを貶めるつもりはないのも毎度断ることで、それはキンクスとヴァン・ヘイレンにも当てはまります。

 ともかく、その『サウンドストリート』のマーク・ボラン特集でMetal Guruや20th Century Boyに混じってかけられた曲がTo Know You Is To Love Youでした。私はすでに『ザ・スライダー』と『電気の武者』のLPを聴き狂っていたのですが、その曲は存在すら知りませんでした。フィル・スペクターの曲であることも、です。
 さらに、デュエットの相手がグロリア・ジョーンズというアメリカ人のソウル・シンガーで、彼女がマークの子供の母親で、マークが事故死した車を運転していたのが彼女であったことも、なにも知らなかったんです。
 てっきりマーク・ボランが書いたと思い込んでいたので、まだまだ自分の知らない素敵なオリジナル曲があるんだなと感心して、エアチェックしたテープをリピートしていました。

 このデュエット・ヴァージョンにはビデオがあって、1977年に『Supersonic』というイギリスのテレビ番組に出演した際の映像のようです。
 その映像をブートレグのビデオで入手したのは『サウンドストリート』のオンエアより数年後で、淡い紫のライトに照らされたマークとグロリアの幸せそうな姿を見て涙ぐんでしまいました。
 それは最初にあのカヴァーを聴いたときから、私が心に思い描いた光景に近い映像でもありました。Ride A White Swanで「おでこに星をひとつ貼り付けたら、トップ・ハットをかぶって、白鳥に乗って飛んでいこう」と歌ったマーク・ボランにふさわしい、おとぎばなしのようにファンタジックな光景。

 ロッカ・バラードには恋する弱みをノロケる歌詞が似合います。ほかにも、パリス・シスターズのI Love How You Love Me(これもモコ・ビーバー・オリーブや、ブライアン・フェリーがカヴァーしています)とか、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズのYou've Really Got A Hold On Meとか、相手が好きすぎて骨抜きになっている。その様子が広く万人の身におぼえのあることなので、自分の心のページをめくり返すような眩しい照れくささをおぼえるんです。
 To Know You Is To Love Youにもそれはあって、「出会ったとたんに好きになってしまう人、それがあなた」「その笑顔を見るだけで生きていてよかったと思う」と手離しです。
 ただ、これは片想いの歌で、「みんな言ってくれる。いつかあなたと並んで歩ける日が来るって」という願望が循環コードに乗せて歌われていきます。♪And I do and I do and I...♪の繰り返しも恋を成就させるための呪文のようです。

 グロリア・ジョーンズは1965年にTainted Loveがヒットして、イギリスでも”ノーザン・ソウルの女王”と呼ばれる人気を博しました。Tainted Loveは1980年代にはソフト・セルに、2001年にはマリリン・マンソンにカヴァーされており、グラマラスなセンスを持つアーティストにアピールするようです。
 その後、グロリアはモータウンでソングライターとしても活躍し、1973年に同レーベルを離れます。マーク・ボランとは旧知の仲で、T・レックスがサンフランシスコでライヴを行った際にもコーラスを務めたのですが、T・レックスのアルバムにクレジットされるのは1974年の『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』からです。
 その頃、かつては”T・レクスタシー”とまで称されたブームは退潮にあったらしく、ディスコグラフィー上でもこのアルバムから作風が変化しています。フロー&エディの男声が奇妙な浮遊感を漂わせていた『電気の武者』と比べると、バック・コーラスにゴスペルやソウルの味を採り入れるようになりました。そこにはグロリアの参加が働いていたのでしょう。
 この後期T・レックスはアレンジに過剰な面もあって評価は低いのですが、アルバムはどれも聴きごたえがあり、とくに『銀河系よりの使者』は傑作だと思います。また、Teenage DreamやTill Dawnのようにグロリアのコーラスを効果的に配した素晴らしい曲もあります。

 話をマークとグロリアのTo Know You Is To Love Youに戻すと、リスナーが♪And I do and I do and I...♪の繰り返しに心地よく慣れたところで、曲は一層の熱を帯びてサビに展開していきます。可憐な花壇を眺めていたら、いつの間にか花畑に立っている自分に気づいた、みたいなドリーミーな広がりが増して、歌詞では恋心の訴えが強まります。
 音楽的には、G(原曲はD)の循環コードからキーがB♭(原曲ではF)に転調します。これは短三度上への転調で、比較的スムーズに(あまり段差を感じさせずに)べつのキーに変わって、なおかつ前の段とは異なる味わいを付けることが出来ます。
 原曲では♪Why can't you see?♪と歌いだされるこのパートの歌詞をグロリアが♪I can't believe♪に変えて歌い、マークが♪How blind can she be?♪と返す。前者が原曲から変えられた理由はわかりませんが、単に元の歌詞を確認しなかったのかもしれません(そのくらいの適当さは洋楽のカヴァーでは珍しくありません)。
 もしくは、can't you seeとblindを繋げるのは言葉の意味合いがキツすぎると判断したのか。ほかのアーティストのカヴァーでもこの箇所は変えられている例があります。
 いずれにせよ、ここでのマークの♪How♪はため息まじりに上ずった彼ならではのスタイルで、クニャリとした歪みがあります。

 直後の♪Someday you'll see♪を歌うのはグロリアですが、そのフレーズの前後をマークの♪But!♪と♪オ、オウゥ!♪が挿んでいます。
 ♪But!♪も音符に表しにくい投げつけ型の歌唱ですし、♪オ、オウゥ!♪となると喉をしめたマーク・ボラン節です。おそらくこのカヴァー・ヴァージョンでのキー設定はグロリアがマークに合わせたのでしょう、彼女の声は終始して低めで落ち着いた印象があり、マークはいつものマークです。
 マーク・ボランは、世に言う”巧い”歌い手ではありません。でも、世界でたった一人だけしか使えない魔法を持ったシンガーでした。グロリアの唱法やバックグラウンドはマークと異なっていますが、歌で表現することに大切なのものを共に見ている幸福感がこのデュエットにはあります。
 ここでのマーク・ボランの歌は子供のような無邪気さと安心感を醸し出しています。ラヴソングの情趣よりも、ちっちゃな男の子がお母さんと手を繋いで街を歩いている姿を見ている微笑ましさがあるのです。だからなのか、私にはこのデュエットには何か懐かしさに似た感情をおぼえたりします。そして、それが麗しくもあり、わずかな痛みも同時に運んできます。

 原曲がヒットした1958年に、マークは11歳でグロリアは13歳だったことになります。その年頃に意識せずとも聞いていた曲にどれほど親しみを持つかは、彼らほどプロのミュージシャンでなくとも思い当たります。そうした歌の向こうには、子供の頃に通っていた学校や友達の顔や、住んでいた家へと繋がる道がのびています。
 私は『サウンドストリート』でこの曲を知った高校生の自分を今でもここに見つけます。老眼のせいもあって難しくはなっていますが、まだ見えるんです。個人の記憶をファンタジーと一緒に白鳥に乗せて時空を渡らせる、マーク・ボランの魔法のひとつなのだと言いたい。後期T・レックスのアルバムには迷路に入り込んだかなと受け取ってしまう面もあるけれど、ここではじつに堂々とフィル・スペクターの名曲から独自の歌を紡いでいます。
 これを聴いて、自分の持っていないT・レックスのアルバムが全部ほしくなりました。その溢れる気持ちがこのロッカ・バラードのドリーミーな美しさと共振していたような、それは美化しすぎのような、どちらとも取れるし、そっとしておきたいと思います。

(1980年に発売された『アンオブテイナブル・T・レックス』。今はどうなっているのか知りませんが、To Know You Is To Love Youを収録していたのはこの編集盤でした。)

(1986年にシンコー・ミュージックから出た本、『ボラン・ブギー』。”パワ・ステ”経由の世代には馴染み深い一冊。佐々玲子さんのマンガ「薄幸王子」とか、面白かった。表紙の装丁も良し。今でも私の本棚に並んでいます。この本についても、いずれ書きたいです。→こちら


に書きました!)

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