9月19日(月曜日)
因幡国分寺跡の次は鳥取藩池田家墓地へ
夜行った店のキャバ嬢がホラースポットって言ってた
連れは、気配を感じてたり、大きな音を聞いたりしてたけど、勝頼は何も感じず聞こえず、さっさと写真撮ってた(´0ノ`*)オホホホ
【鳥取藩池田家墓地】
1693年に初代藩主池田光仲が没し因幡国法美郡奥谷村、因幡国一宮宇倍神社の北隣に被葬されたことに始まる。光仲より11代慶栄までの墓がある。なお、最後の藩主である12代慶徳の墓は多摩霊園にある。また、支藩である鹿奴藩(東館)、若桜藩(西館)藩主の墓も一部ここにある。国の史跡。
初代、左近衛少将光仲1630-1693、忠雄の長子。母は蜂須賀至鎮の女。
二代左近衛少将綱清1648-1711、光仲の長子。母は徳川頼宣の女。
三代左近衛少将吉泰1687-1739、仲澄の長子。母は松平頼隆の女。
五代左近衛少将重寛1746-1783、宗泰の長子。母は徳川宗直の女。
六代左近衛少将治道1768-1798、重寛の2子。母は伊達重村の女。
八代左近衛中将斉稷1788-1830、治道の2子。母は佃氏。
九代左近衛権少将斉訓1820-1841、斉稷の2子。母は高沢氏。
一眼の方では撮ってるけど、携帯で撮り忘れた
十代左近衛少将慶行1832-1848、仲律の長子。母は若林氏。
十一代因幡守慶栄1834-1850、前田斉泰の4子。母は将軍徳川家斉の女。
※十二代左近衛中将慶徳1837-1877、徳川斉昭の5子で15代将軍徳川慶喜の異母兄。母は側室松波春子。