アメブロ使いづらいから移転しました。
http://katsuya1989.blogspot.com/
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2ちゃん系まとめサイトと若者への影響
今だったら「痛いニュース」とかで有名な2ちゃん系のまとめサイト、俺が高校くらいの頃から流行りはじめてきて今はネットとかあまりしていない普通の中高大学生(ここでは「若者」とひとまとめにする)にも普及している。
基本的にサイトに書いてることはネタ系のことか、ニュースをもととした2ちゃん内での議論という名の雑談をまとめたもの。ここで問題としたいのは後者。
ニュースに対する意見がまとめサイトを見ることで閲覧をできるのだが、「意見」というものは知識が積み重なって、その知識などをもととして出てくるもの。
閲覧できるのはそのような過程を飛ばした「意見」のみ。
で、まとめブログ閲覧者はその意見を容易に見れる。
別にそのことはいいんだけど、さも自分の意見かのように書いていることだけを知識として取り入れる。
そのため、過程を飛ばした中身のない意見だけで構成されたその人の価値観が構成される。
実際にはなにもわかってなくても意見だけは出せる。しかし「考えた意見」や「独自の意見」は出せない。
しかし、本人たちはそれに気付いてない、さらにいえば「大人のように政治問題などを語れる俺かっこいい」と思っている。
そのため、さも世の中のことをわかっているかのようなしたり顔をする。
そしてわかった気になっているので、その分野に関して「既に完了した知識」だと認識するためそれ以上知識を入れない。それだけにあきたらず、一般的な情報に対して「マスコミの湾曲情報だ」などと陰謀論かのような扱いにして馬鹿にして「ネットにこそ真の情報がある」という態度である。
さらに、草食系と揶揄されるように今の若者特有なのか、傷つくのが怖い。そのため、反論をされても「自分が間違っている」と受け入れなかったりするくせに「自分はそこらの愚民より頭が良い」と思っていて、プライドだけは高い。
つまり、自分を馬鹿だと自覚してないし、むしろ頭が良いと思っているからそれ以上知識を入れない。
そんなことで本当の意味で頭が良い大人になるわけがない。
これらはいわゆる「ネット住民」にありがちなことだが、ネット住民化してる若者が年々増えてきているな気がする。
あくまで体感ですが。。。
若年層になればなるほどその傾向が強く感じる。
年を取るほど「ネットの情報も結局は本当かわからない」「こいつら(まとめブログでの発言者)は考えが偏っている」などという認識ができるのだが、若いとそのバランス感覚が薄い。
そのためネット=真の情報と思いがちなんじゃないかなー、と。
さらにいえば中高生とか斜に構えがちだしね。
そういう意味でマスコミなどと対極なネットは鵜呑みにしやすいのかもしれない。
ただ、問題は若い時からネットに陶酔してる人は大きくなっても前述のバランス感覚が取れない人が多い気がする。
そうなると、どんどんとそんな馬鹿が増えていくということだ。
日本オワタ(←結論)
余談。
まとめブログ自体誰かが編集して任意のレスのみ抽出しているということは、その編集者の価値観に左右されるわけだ。
特に他意はないけど、よくネットで話題に出る韓国を例としよう。
韓国が何かしましたー
そのニュースに対する2ちゃんでの意見は韓国擁護800、韓国非難200でしたー
しかしまとめサイト編集者は嫌韓なので韓国非難の意見ばかり載せましたー
と、なるとまとめブログをみない人からしたらネットの総意は韓国が悪いということになる。で、特に知識がない大多数の人はそれがおかしいと思わないのでそのニュースは韓国が悪いと鵜呑みにする。
そもそも2ちゃんに書き込んでいるやつらもちゃんと知識があるのか疑問。
さらにいえば最近騒がれている『ステマ』ことステルスマーケティングとかも多いしね。
情報というものは「正しいかはさておきそういう意見もある」くらいの認識でいて、それらと自分の知識とを混ぜて意見を出すものだと、俺は思う。
基本的にサイトに書いてることはネタ系のことか、ニュースをもととした2ちゃん内での議論という名の雑談をまとめたもの。ここで問題としたいのは後者。
ニュースに対する意見がまとめサイトを見ることで閲覧をできるのだが、「意見」というものは知識が積み重なって、その知識などをもととして出てくるもの。
閲覧できるのはそのような過程を飛ばした「意見」のみ。
で、まとめブログ閲覧者はその意見を容易に見れる。
別にそのことはいいんだけど、さも自分の意見かのように書いていることだけを知識として取り入れる。
そのため、過程を飛ばした中身のない意見だけで構成されたその人の価値観が構成される。
実際にはなにもわかってなくても意見だけは出せる。しかし「考えた意見」や「独自の意見」は出せない。
しかし、本人たちはそれに気付いてない、さらにいえば「大人のように政治問題などを語れる俺かっこいい」と思っている。
そのため、さも世の中のことをわかっているかのようなしたり顔をする。
そしてわかった気になっているので、その分野に関して「既に完了した知識」だと認識するためそれ以上知識を入れない。それだけにあきたらず、一般的な情報に対して「マスコミの湾曲情報だ」などと陰謀論かのような扱いにして馬鹿にして「ネットにこそ真の情報がある」という態度である。
さらに、草食系と揶揄されるように今の若者特有なのか、傷つくのが怖い。そのため、反論をされても「自分が間違っている」と受け入れなかったりするくせに「自分はそこらの愚民より頭が良い」と思っていて、プライドだけは高い。
つまり、自分を馬鹿だと自覚してないし、むしろ頭が良いと思っているからそれ以上知識を入れない。
そんなことで本当の意味で頭が良い大人になるわけがない。
これらはいわゆる「ネット住民」にありがちなことだが、ネット住民化してる若者が年々増えてきているな気がする。
あくまで体感ですが。。。
若年層になればなるほどその傾向が強く感じる。
年を取るほど「ネットの情報も結局は本当かわからない」「こいつら(まとめブログでの発言者)は考えが偏っている」などという認識ができるのだが、若いとそのバランス感覚が薄い。
そのためネット=真の情報と思いがちなんじゃないかなー、と。
さらにいえば中高生とか斜に構えがちだしね。
そういう意味でマスコミなどと対極なネットは鵜呑みにしやすいのかもしれない。
ただ、問題は若い時からネットに陶酔してる人は大きくなっても前述のバランス感覚が取れない人が多い気がする。
そうなると、どんどんとそんな馬鹿が増えていくということだ。
日本オワタ(←結論)
余談。
まとめブログ自体誰かが編集して任意のレスのみ抽出しているということは、その編集者の価値観に左右されるわけだ。
特に他意はないけど、よくネットで話題に出る韓国を例としよう。
韓国が何かしましたー
そのニュースに対する2ちゃんでの意見は韓国擁護800、韓国非難200でしたー
しかしまとめサイト編集者は嫌韓なので韓国非難の意見ばかり載せましたー
と、なるとまとめブログをみない人からしたらネットの総意は韓国が悪いということになる。で、特に知識がない大多数の人はそれがおかしいと思わないのでそのニュースは韓国が悪いと鵜呑みにする。
そもそも2ちゃんに書き込んでいるやつらもちゃんと知識があるのか疑問。
さらにいえば最近騒がれている『ステマ』ことステルスマーケティングとかも多いしね。
情報というものは「正しいかはさておきそういう意見もある」くらいの認識でいて、それらと自分の知識とを混ぜて意見を出すものだと、俺は思う。
けいおん!は何故評価されたか
最近アニメの「けいおん!」がよく取り上げられる。
上映中の映画含めて全部見たし、俺も好き。
でも内容は「なんか女子高生がだらだらしててヤマもオチもない」のでどこがおもしろいの?と聞かれたら答えれない感じ。
じゃあなんであんなにも人気なのかなー、と考えてみた。
けいおん!のように「特にヤマもオチもないだらだらして、漫画らしい要素もなく読者も普通に体験してそうな日常を書いた漫画」を日常系という。
で、昨今オタク業界では日常系が量産されている。
何で量産されてるか、というのは書きやすいからとかまぁ色々理由があるけど本題とずれるから省略するとして、何故大量にある日常系の中でも特にけいおん!は売れたか。
理由は徹底した「リアルな日常」にあると思う。
日常系の性質として「特にヤマもオチもないだらだらして、漫画らしい要素もなく読者も普通に体験してそうな日常を書いた漫画」と書いた。
しかし、厳密には「読者も普通に体験してそうでしてない」日常の様子が描かれてる。
例えば、普通にご飯食べてだらだら喋ってー、ってしててもそれをこなしているキャラクターが漫画的なキャラだったり、普通に体育をしているけれども体操服がブルマだったり。
ありていにいうと「漫画的な日常」になっている。
一方、けいおん!はそのあたりも徹底している。
もちろん、冷静に考えたらけいおん!のようなキャラはいないのだけれども、もしかしたらギリギリいるかも?というライン。それと、漫画とかでは普通排除されるような細かい仕草(台詞外での仕草)が徹底しているため、キャラを造形する情報が多く厚みが増える。
学園生活においても、例えば「登校してきて教室に入って友人と喋る」というのも、普通の漫画だと「扉を開ける→メインで登場するキャラ(=一番仲の良いキャラ)と喋る」だけれど、けいおん!では「扉を開ける→扉の近くにいるメインでないキャラと軽く挨拶する→メインのキャラと喋る」となっている。
高校のときとかを思い返してみると、教室に入った時だれとも会話せずに一直線に一番仲の良い友達と喋らなかったはずだ。
最終的に話すにしても、その間に目があったクラスメートと軽く喋ったりするはずだ。
そもそも普通の漫画では、登場する人物は主人公とその親友のみの5,6人程度だが普通に考えたら軽く喋る程度のクラスメイトも含めて学校生活で友人はもっといるはずだ。
その「親友ではない友人」もちゃんと描写をしていてより「リアル」なのがけいおん!だと思う。
他にもこのように漫画的日常ではなく、誰でも体験したことがあるようなリアルな日常の描写がけいおん!には多数ある。
そのため、『懐かしい』と思うのがけいおん!がヒットした理由ではないだろうか。
「特にドラマみたいな体験はしてない普通の生活をしていたけれど高校時代は楽しかった」、その「よく思い出せない感じだけど楽しかった」日常を出来る限りリアルに書いたのがけいおん!ではないだろうか。
だから「けいおん!ってどこが面白いの?」と聞かれても答えづらいのだ。「高校時代のどこがおもしろかった?」と聞かれても具体的に「ここ!」と答えれないのと同じだ。
しかも、けいおん!の日常はリアルに近いけれどもマイナスな日常(道端で絡まれる、性格が悪い人がいて不快な思いをするなど)がない。つまり楽しかった高校時代の中のマイナス要素を除外した「純化された日常」
つまり誰でも体験している日常の良い部分のみを抽出している。
そりゃ楽しくないわけがない。
上映中の映画含めて全部見たし、俺も好き。
でも内容は「なんか女子高生がだらだらしててヤマもオチもない」のでどこがおもしろいの?と聞かれたら答えれない感じ。
じゃあなんであんなにも人気なのかなー、と考えてみた。
けいおん!のように「特にヤマもオチもないだらだらして、漫画らしい要素もなく読者も普通に体験してそうな日常を書いた漫画」を日常系という。
で、昨今オタク業界では日常系が量産されている。
何で量産されてるか、というのは書きやすいからとかまぁ色々理由があるけど本題とずれるから省略するとして、何故大量にある日常系の中でも特にけいおん!は売れたか。
理由は徹底した「リアルな日常」にあると思う。
日常系の性質として「特にヤマもオチもないだらだらして、漫画らしい要素もなく読者も普通に体験してそうな日常を書いた漫画」と書いた。
しかし、厳密には「読者も普通に体験してそうでしてない」日常の様子が描かれてる。
例えば、普通にご飯食べてだらだら喋ってー、ってしててもそれをこなしているキャラクターが漫画的なキャラだったり、普通に体育をしているけれども体操服がブルマだったり。
ありていにいうと「漫画的な日常」になっている。
一方、けいおん!はそのあたりも徹底している。
もちろん、冷静に考えたらけいおん!のようなキャラはいないのだけれども、もしかしたらギリギリいるかも?というライン。それと、漫画とかでは普通排除されるような細かい仕草(台詞外での仕草)が徹底しているため、キャラを造形する情報が多く厚みが増える。
学園生活においても、例えば「登校してきて教室に入って友人と喋る」というのも、普通の漫画だと「扉を開ける→メインで登場するキャラ(=一番仲の良いキャラ)と喋る」だけれど、けいおん!では「扉を開ける→扉の近くにいるメインでないキャラと軽く挨拶する→メインのキャラと喋る」となっている。
高校のときとかを思い返してみると、教室に入った時だれとも会話せずに一直線に一番仲の良い友達と喋らなかったはずだ。
最終的に話すにしても、その間に目があったクラスメートと軽く喋ったりするはずだ。
そもそも普通の漫画では、登場する人物は主人公とその親友のみの5,6人程度だが普通に考えたら軽く喋る程度のクラスメイトも含めて学校生活で友人はもっといるはずだ。
その「親友ではない友人」もちゃんと描写をしていてより「リアル」なのがけいおん!だと思う。
他にもこのように漫画的日常ではなく、誰でも体験したことがあるようなリアルな日常の描写がけいおん!には多数ある。
そのため、『懐かしい』と思うのがけいおん!がヒットした理由ではないだろうか。
「特にドラマみたいな体験はしてない普通の生活をしていたけれど高校時代は楽しかった」、その「よく思い出せない感じだけど楽しかった」日常を出来る限りリアルに書いたのがけいおん!ではないだろうか。
だから「けいおん!ってどこが面白いの?」と聞かれても答えづらいのだ。「高校時代のどこがおもしろかった?」と聞かれても具体的に「ここ!」と答えれないのと同じだ。
しかも、けいおん!の日常はリアルに近いけれどもマイナスな日常(道端で絡まれる、性格が悪い人がいて不快な思いをするなど)がない。つまり楽しかった高校時代の中のマイナス要素を除外した「純化された日常」
つまり誰でも体験している日常の良い部分のみを抽出している。
そりゃ楽しくないわけがない。
