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12月1日、東郷神社に参拝し「強運御守」を授かってきた。志高く、心新たに頑張ろうと思う。

【東郷神社】
日露戦争、日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を殲滅し世界にその名を馳せた東郷平八郎元帥海軍大将を御祭神にお祀りする。
聯合艦隊司令長官として戦艦「三笠」艦上に「皇国ノ荒廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」とZ旗を掲げ勝利した。

その東郷神社の聖域に「海軍特年兵の碑」と「潜水艦殉国碑」がある。今日は「海軍特年兵の碑」について書きたい。

【「海軍特年兵の碑」碑文】

香淳皇后御歌
やすらかに
    ねむれとぞ思ふ
君のため
いのちささげ志
    ますらをのとも


海軍特年兵
    あゝ十四才 大日本帝国海軍史上 最年少の勇士である少年兵より更に二才も若く しかも 特例に基づいたものであったため 特別年少兵 特例年令兵の名があり 特年兵と略称された
    昭和十六年帝国海軍は その基幹となるべき中堅幹部の養成を目的にこれを創設した  太平洋戦争の時局下に 純真無垢の児童らが 一途な愛国心に燃えて祖国の急に馳せ参じた
その数は十六年の一期生三千二百名をはじめ二期生四千名    三、四期各五千名  終戦の二十年まで約一万七千二百名におよんだ
横須賀 呉 佐世保 舞鶴の四鎮守府に配属されて活躍した  戦場での健気な勇戦奮闘ぶりは 昭和の白虎隊と評価された だが反面 幼いだけに犠牲者も多く五千余名が南冥に 或いは北辺の海に短い命を散らした  しかし特年兵の存在は戦後 歴史から忘れられてため 長い間幻の白虎隊という数奇な運命をたどっていた
このままでは幼くして散った還らぬ友が余りにも可哀想であり  その救国の赤誠と犠牲的精神は日本国民の心に永遠に留め 讃えねばならない  英霊の声に呼び覚まされたかの如く  二十五回目の終戦記念日を迎えた昭和四十五年俄に特年兵戦没者慰霊碑建立運動が高まった  戦火は消えて二十六年の長い歳月の後に  多くの人たちのご協力によって碑が  ここ東郷神社の聖域に建立されるに至った  そして 幻の特年兵はようやく蘇った  そのうえ 特年兵たちが国の母と崇めた皇后陛下の御歌を碑に賜わり 母と子の対面の象徴として表しここに刻む
   除幕式には特年兵にもゆかりの深い高松宮両殿下の御台臨を仰ぐ栄誉に浴した  また  全国の生存者が亡き友の冥福を祈るため  それぞれ 各県の石  四十七個を持ち寄り 碑の礎に散りばめた
吾々は 今は還らぬ幼い親友の霊を慰め 永遠に安らぎ鎮まらむことを願うと共に  特年兵を顕彰し  その真心と功績を後世に伝え 祖国繁栄 世界平和を祈願しながら尽力することをここに誓う
昭和四十六年五月十六日
海軍特年兵生存者一同
建立委員長 小塙清春 撰文謹書

碑の裏側には、協賛が刻まれ
読売新聞社社会部 原野弥見
週刊読売 有山恭弘  大矢仁美
フジテレビ小川宏ショー
なども刻まれている


この碑文にあるとおり、後世に伝えることは決して忘れてはならないと思う。