窓から差し込む午後の光は、白いカーテンを柔らかく揺らしながら、床に淡い影を落としている。
ゆっくりとした時間が流れている休日の午後。
私はラグの上に膝をつき、スマホを手に取った。指先にはまだ、ほんの少しだけ朝の眠気が残っている。

SNSのアイコンが光っている。
開けば、誰かの日常がそこにある。
友達の笑顔、カフェの写真、部活帰りの夕焼け。
スクロールするたびに、誰かの「今」がふわりと胸に触れてくる。

でも、今日はただ眺めるだけじゃなくて、わたしも何かを届けたくなった。
知らない誰かではなく、つながってくれている誰かに、
小さな「元気にしてるよ」をそっと手渡すみたいに。

画面を開いたまま、私は一度深呼吸をした。
投稿ボタンって、こんなにも遠く感じるんだな、と笑ってしまう。
文字を打つだけなのに、胸の奥が少しそわそわして、
「こんなの誰が読むんだろう」
「変に思われないかな」
そんな気持ちが頭の中をくるくる回る。

それでも、スマホのカメラロールを開くと、そこには確かに私がいた。
笑っている日、泣きそうな日、うまく言葉にならなかった日。
どれも、たしかに“わたしが生きていた証拠”だった。

今日はこの写真にしよう。
お気に入りのゆるいTシャツ、
少し前髪が言うことを聞いてくれなかった朝に撮った一枚。
見返すと、なんとも言えない表情をしていて、ちょっと照れる。
でも、飾らない自分でいたいと思った。
「こう見られたい私」じゃなく、
「こうして生きている私」を、ほんの少しだけ誰かに預けてみたい。

投稿画面に文字を打ち込み始める。

――今日はなんてことない日だけど、
すこし笑える瞬間がありました。
それを残しておきたくて、ここに置いていきます。

短くて、すぐ読み終わるような言葉。
それでもその下に、小さな気持ちが眠っている。
「今日をちゃんと過ごせた」
その実感を、自分に言い聞かせるための言葉。

投稿ボタンの手前で、一瞬指が止まる。
でも、次の瞬間、私はそっと押していた。

画面が更新され、
私の書いた言葉と写真がそこに並んだ。
それは不思議なほど静かな出来事だったけれど、
胸の中には小さくて温かい灯りがともっていた。

しばらくすると、スマホが震えた。
「かわいいね!」
「その気持ち、ちょっとわかるかも」
短いメッセージがいくつか届く。
画面越しの言葉なのに、
こんなにもやわらかく胸に触れるなんて。

言葉とは、不思議なものだ。
声ではなく、文字なのに、
すぐそばに寄り添ってくれる日がある。

SNSはときどき苦しい場所にもなる。
比べてしまったり、言葉に傷ついたり、
置いていかれるように感じる日もある。

でも、今日の私は、そこがひとつの居場所に思えた。
“ここにいていいよ”って、誰かがそっと言ってくれているような、
そんな優しい揺らぎがあった。

画面を閉じると、部屋にはまた穏やかな静けさが戻ってきた。
風がカーテンの裾を揺らし、光が床の木目を撫でていく。
私は軽く伸びをして、思った。

――自分の声を、ちゃんと自分で聞いてあげること。
そのために、たまに投稿するのも悪くないなって。

SNSは「誰かのため」でもあるけれど、
やっぱりいちばんは「私のため」でいいのだと思う。

今日も私の小さな言葉が、どこかへ届きますように。
そして明日の私は、今日よりすこしだけ笑っていますように。