白と黒の断片が、沈黙のアダージョを舞う

 

勅使河原三郎・佐東利穂子「Adagio」アダージョ

パフォーマンスを見て。

(KARAS APPARATUS)

 

旧東ドイツ出身のヘミング・シュミットのピアノとチェロを聴きながら、獲得形質のように獲得された言語によって記述されたもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

岡本勝人

 

(その1)

 

それは古代の鳥

中世の影を超現するような

アダージョの音素が想起するもの

羽ばたく黒い鳥と樹に宿る白い鳥が

星の流体となって交差した

 

みんな演劇を辞めてしまった時代があった

みんなパフォーマンスを捨ててしまった時代があった

転換期では「リトル・ダンサー」の映画を見ていた

 

重力が流動して物質が生命に融解する

黒い鳥影がうつろう白い鳥に重なる

バッハの韻律が舞台に浮遊した

G線上のアリアが空から落ちてくる

慰安のアダージョが等質に上昇すると

鍵盤から音素が楕円の純粋持続を描く

 

その時 舞台の階段を駆けあがっていったのは

双曲線の黒と白の身体が煌めき出した錯合体だった

放物線を描いた二重の焦点は旋回する

黒の身体の指先で融解する宇宙となっている部分は何者か

手先の流体空間ではすべてが空である空觀が哲学しているという

 

接続 切断 接続の時間を部分の対象が反復する

都市の虚無から鳥の生命が

新たな発端を舞台のパフォーマンスに巻き上げていた

マーラーの音が金属の放物線を引いた オーボエの韻律が

コンクリートにのめり込んでくる

精神はボロボロの時空間にいた

地球の裏側のように翳りの風景だった

どこにも 海も島もみえない

 

(その2)

 

ブラームスのピアノコンチェルト第二番は

渋柿の蔕をついばむ鳥たちの嘴の音楽だった

書き続けることは根源的無知である無明の舞台にちがいない

手に皺が深まりみぞには非在の沈黙が走った

不協和な旋律が無意識の部分の対象に流れ込んでくる

ぬるいアルコールが喉元を流れ落ちた

緊張の緩んだ眼に見えてきたのは皆既月食だ

外の通りを黒いタクシーが流れている

見上げて足を止める人がいた

人は足早に白いタクシーを追い抜いていく

ビルの屋上でネオンが収縮と弛緩を繰り返す

街角の工房に灯りがともると

赤褐色の断片が部分絵となって反射している

『現代ギリシャ詩選』と『ウンベルト・サバ詩集』が

根源の時間をひろげたまま置かれていた

 

(その3)

 

ベッドの床にまどろみ無意識に溶け込んでいった

行方の知れない身体は化石になる

無為な時間が過ぎていった

 

黄色い電車に乗って出かけたのは

悲しい郷愁をいくらかノスタルジックにするために

両親の墓守をするためだった

少しずつ言葉は戻ってきたが

モダニティの感情の回復から遠いものだった

 

感染した街

 

音の喧騒とエロスの男女が消えている

 サミュエル・バーバーの弦楽のためのアタージョに

  存在する広島が現象する

   長崎の船の音が聞こえてくる

    波の音は神戸の波止場で聞いたものか

   シロス修道院のグレゴリアンチャントを聞く

  姉に叱られたり慰められたりしている気持ちだった

 そこにあるのは戦後の零度の場所にちがいない

 

(その4)

 

舞台の生命を身体言語にする

冬の繊細な幾何学が 詩を踊る

カラヤンも アルビノーニも 舞台のアダージョになった

無意識という複合物は

不明な時代のメビウスの楕円となって

部分対象の古代の舞台から滑り落ちる

 

いつから こんな転換の時代が はじまったのか

楕円に舞う黒と白の影の流体

こんな 転換期の時代は いつ終わるのか

戦争ごっこじゃなかった

みんな墓になっている

白と黒が断片となる

2022年の暮れから2023年の春

 

舞台に身体の根源的時間を吹き込むと

黒も白も古代の鳥になった

生命は締め切りまで疲労を食う墓場へとつづいている

結末の詩的言語ははじまりの身体より共感の暖かさがあるのだろうか

コンポジションは身体の部分そのものだ

流体は網目の境界のなかに生きていた

複合物から指先の突端が形を成すと

白と黒の身体は ただ 鳥となって流れている

淀んだ身体と無意識の詩的言語が舞台に仕掛けられた時代のテクストだ

 

(その5)

 

舞台を見捨てなかった ロボロボの身体言語となって

踊っている 境界線を挟んで

書き続けるために手があった

踊る手は 現在という名の鳥である

黒い鳥の異空間を白い鳥の宇宙の偏在へと合一する

男と女のふたつの自己幻想は対幻想の身体となって絡まり合いながら

「非」共同幻想を生きる

 

風に揺れる春色のスプリングコート

 

多義にグラデーションする動体たち

沈黙のアダージョが生成しては消えていく

複合する黒と白の色彩は収縮すると青色の音に転換した

黒から白へ そして青のアダージョへと流れてゆく

流れていく対象を追っているのは 私という だ

 

 

(了)

 

 

(詩誌「妃」25 2023.12 最新号)

 

 

 

詩誌「妃」(田中庸介代表)。

来年1月に開催される朗読会のWEBページが、公開されました。

 https://www.imaginus-suginami.jp/events/2023/11/29/2462/