龍王は目の前で起きた瑞希の変化が信じられずに、しばし呆然とした。

(か、火事場だとっ…!? 我でさえ、そうそうは使わぬぞ!?)

「火事場」とは、「火事場の馬鹿力」ということわざがあるように、ハンターの体力ゲージが残り少なくなった時に、攻撃力と防御力が大幅に上昇するスキルである。

まさに己の生命力を糧とするスキルなので、仙界屈指の剣士と言われる龍王でさえ、よほどの場合を除いて、めったに発動させることはなかった。

それほど加減が難しい火事場スキルを、まさか自分の娘が使っているとは…!

そこで、龍王はふと我に帰った。

(娘が自分の生命力を削って攻撃しているのに、己は何をしている!)

我に帰った龍王は、瑞希と反対側の足に立ち、同じように乱舞を始めた。

両側から攻撃され、たまらずにリオレウス希少種は倒れ込む。

すかさず、瑞希と龍王は翼に乱舞を叩き込んだ。

やがて、最後の力を振り絞ってリオレウス希少種は咆哮すると、力尽きて動かなくなった。



はあはあはあはあはあはあ…

瑞希は肩で息をしている。

おそらく、体力の残りも本当にごく僅かしかなかったのだろう…

顔色もとても悪かった。

それでも自分の足でしっかりと立ち、倒れたリオレウス希少種を睨みつけている。

龍王は瑞希に近寄ると、そっと肩を叩いた。

「よく頑張ったな。 そなたの立ち回りはとても参考になったぞ。」

「父上…」

「それにしても… 我でさえそうそう使わぬ火事場スキルを使っているとは… さすが四神というべきか?」

「そんな…」

立て続けに龍王に誉められ、瑞希は居心地の悪そうな顔をした。

そんな瑞希を見つめ、龍王は言葉を続けた。

「瑞希… そなたは蒼き水の流れのごとく、陛下を包み、守れ… 水は小さな流れでは何もできぬが、大きな流れになれば、予想以上の力を発揮する。 他の四神と力を合わせ、陛下とこの世界のバランスを守るのだぞ?」

「はい!」

「我は、そなたが我が娘で鼻が高いぞ。」

龍王の言葉を聞いた瑞希は、嬉しそうににっこり笑った。





それから龍宮に戻った瑞希は、若い兵士たちに戦いの基礎を教えた。

同時に不穏な動きがないかさりげなくチェックをしてみたが、幸いなことに龍王一族はみな、新黄龍のサナに好意的だった。

安心した瑞希は後の指導を緑庵に託し、天晶宮へと戻って行った…