サナは鳳樹の前までくると、にっこりと微笑んだ。

「一度里帰りなさって、お父さまと思い切り喧嘩してらっしゃいませ。」

「喧嘩、ですか?」

目を丸くした鳳樹に、サナはいたずらっぽく笑った。

「そうです。 おそらくお父さまは、『鳳凰一族の長にはならない』というあなたの意思を、本心だとは思いたくないのでしょう。 だからこそ、こうして熱心に手紙を書かれる…」

「この際、お前の決意をきっちりと見せつけてやれ。」

サナの後ろに控えている青龍までが、愉しげにけしかけてくる。

鳳樹はやれやれ、と肩をすくめた。

「陛下って、なにげに好戦的よね~」

鳳樹の言葉に、サナはちょっと困った顔をした。

「好戦的、ですか?」

「ふふっ。 これぐらいなら大丈夫よ~。 でも、そうね。 そろそろあのクソジジィにもきっちり思い知らせとかないと、凰我にもとばっちり行くわよねぇ~」

鳳樹はちょっと考えて、サナに向き直った。

「それじゃあ、陛下。」

「はい?」

「1週間くらい、お休みもらってもいいかな…?」

鳳樹の申し出に、サナはにっこり笑って首を縦に振った。

「もちろん。 しっかりとお話してきてくださいね?」

「了解。 じゃあ、明日からちょっと里帰りしてきます。」

鳳樹は苦笑しながら肩をすくめた。



火山の遥か上空に、その宮殿は存在している。

人間では決してたどり着けない場所にあるその宮殿は、鳳凰一族の住まう煌炎城だった。

門のところに3~4人の女官と、一人の老人が立っている。

やがて、どこからかバサッバサッ、と力強い翼の羽ばたく音が聞こえてきた。

「おおおっ…!?」

老人が感極まった声を上げる。
老人の前に、巨大な鳥が降りてきた。

朱色の翼、長くて流れるように朱金に煌めく尾、尾と同じように朱金に煌めく頭上の冠にも見えるトサカ…

中国では、伝説上の生き物とされる鳳凰である。

あまりの美しさにその場にいた全員が茫然としている。

鳳凰は、地面に着陸する寸前に、フッとその姿を変えた。

「姫さまっ!」

そこには、朱金の鎧に身を包んだ鳳樹が立っていた。

「久しぶりだな、爺や。」

「お待ちしておりました。」

天晶宮とは違い、煌炎城にいる鳳樹の口調はずいぶんと固かった。

「お帰りなさいませ、姫さま。 まずは湯浴みをなさないませ。」

女官がすすめると、鳳樹は目を細めた。