本日は7月12日金曜日。曇。気温22℃。


明日から知人夫婦と2泊3日の旅行に出る。今日はその準備や車の洗車や整備をしないといけないので近場の探索で旭川の歴史を調べてみる事に。


歴史を調べるにはまず神社巡りだ。

そこで「北海道護國神社」へ

<北海道護国神社>


国道40号線沿いにあるこの神社は約2万坪の敷地に明治元年(1868年)の戊辰(ぼしん)の役から昭和16年(1941年)の大東亜戦争へ至る全北海道の戦死者を祀る神社で比較的新しい神社だ。

※1902年(明治35年)建立。

 境内の原始の巨木は天を仰ぐようだ。

 <巨木>   ただ歴史が浅いのか伊勢神宮程ではない


北海道・樺太の2つの池もある。

<北海道の池>    水草で池がわからない

 この写真では良くわからないが案内版によると

 上が稚内、右下が根室、左下が函館

参道が正面なので正面は稚内だ。

<樺太と北海道の池の案内版>


<殉役軍馬の碑> 当時の第七師団(現在の第二師団)


第七師団などかつて軍都と呼ばれた旭川の資料が置いてある「北鎮(ほくちん)記念館」も敷地内にある。

昨日の富良野や前回の美瑛に行った時自衛隊の車に沢山出会ったが今も重要な役割を持つ拠点があるのだろう。

第7師団は1885年(明治18年)に北海道の開拓と防衛を兼ねて設置された屯田兵を母体とし1896年(明治29年)に4つの師管区に分かれた。(札幌、旭川、函館、釧路)。

有名になったのは司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」に登場する日露戦争だ。旧陸軍第七師団は203高地攻撃に参戦。その記録を書いた「第七師団歴史」は旭川市の文化財。当時旭川は軍都だったことが伝わってくる。


釧路ではジュラ紀、人の歴史では縄文時代や擦文時代、神社は江戸時代中期からの歴史が語り継がれていたが旭川は明治以降と比較的新しい気がする。


またここは大雪山系の原生植物が140種あまり自生し日本の最北端として学界で注目されているそうだ。お参りをして御朱印をいただく。

<御朱印>   印刷済の紙渡しだった


心身の健康を願うお守りがあった。思わず購入。

ボケないように・笑

<心願じょうじゅのお守り> 1000円


お参りの後本殿、庭園、池、花や樹木を散策した。


次に「上川神社」へ

<上川神社入口> 上り階段が長く急勾配だ


登り着くと右に駐車場があった!神楽岡公園の駐車場から来るしかないと思い10分かけて来たのに。後の祭りだ。上り着いた場所に風鈴と風車があった。昨日の富良野の風のガーデンや帯広の庭園にもあった

<風鈴とかざぐるま>


<能の舞台> 7/20(土)から3日間舞奉納をするようだ


<旭川天満宮> この敷地内なあった


御祭神は天照皇大御神など3神、また旭川を開拓した偉人達も祀られている。

 天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)

 大己貴大神(おおむなちおおかみ)

 少彦名大神(すくなひこなおおかみ)。

ここもお参りして御朱印をいただいた。

<御朱印> 御朱印帳に書いてくれた


この神社は先日行った富良野に行く道沿いに有り「神楽岡公園(かぐらおかこうえん)」内にある。自然豊かな旭川のシンボル的な公園だ。

<神楽岡公園> 


キツネにエサを与えないよう掲示されていた。旭川の街中でもキタキツネが出るんだ。


<キャンプ場> 幾つかのテントが張られていた


7/1から8/31迄利用できるようだ。でも年間1/6の期間しか使えないんだ。

<公園内に滝があった>


<ここにも高原植物があった>


今日はこの2神社をお参りで終わりにして車の洗車や整備をしようと思う。