せきひこ。教師目指してます(`□´)

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有名なことば。ちゃんとした場なのになんだかぼーっとしてしまっている人に対して使うことばかもしれないけど、今日ある授業で見ていたビデオでこの言葉がまず最初に頭に浮かんだ。



そのビデオはある大学病院の医者が、僻地の診療所に1年間だけ勤務することになるがそこの地域で必要とされていく自分の存在に気づいていき、大学で最先端の医療を学んで都心で開業するという夢をあきらめる。彼はその地域の医療に生涯を捧げることに決める。



彼がもし、その地域に気持ちをしっかりと据えることができなければ、地域の人々は助からなかったし目の前の患者を捨てて大学に戻るということになっていた。

結果的に彼はその地域で医療を担うことによって医師冥利に尽きる経験をすることができた。



まあこのビデオの内容は別としても、とても大切なことを教えてもらえた。


自分が進んでいる道よりもほかの人、たとえば友人の道の方が輝いて見える時がある。それに心奪われてなんとなく行動ができなくなったりする。


自分が見据えなければいけないものはなんなのか。

心ここにあらず、の状態では先に進むことはできないばかりかほかの道の輝きが増していくばかり。



つい最近自分の中でこういう経験をしたばかり。自分への戒めの意味もある。


自分らしく、ってのもすこし似てるし、自分だけにしか歩めない、って表現もあっていると思う。


迷った時にでも少しイメージする。いま、自分の心はどこに行ってしまっているのか、どこに目を向けているのか、ちょっとイメージすることで頭の中が整理される気がする。



この前、自分が教師を目指すきっかけになった先生にお会いして、話を聞いてもらったりした。


自分は中学の社会科の教師になりたい。それは、その恩師と出会ったのも中学で、いろいろな変化が起きたのも中学校時代であったので、中学に強いこだわりがあった。

しかも、高校は先生と生徒の距離が遠いような気がして、いい印象がなかったので。



いろんなことを話して、自分が中学にこだわる理由を話した。

自分は社会が好きだけど、受験のための授業をしたりすることは嫌で、塾の講師のような先生にはなりたくない。


そのとき恩師の先生が、小学校の教師が足りないから小学校もやってみないかと言った。


その瞬間、いままで中学校だけにこだわっていた自分の中で新しい道ができたような感覚があった。



小学校もアリかと思えるようになってから、高校もアリだなと思い始めた。

他に可能性があるのに、気づかないうちに自分からその可能性をつぶしにいってしまっていた。


場所はどうあれ、教育に携わることには変わりない。もちろん中学校で教えたい気持ちはまだあるけどチャンスがあればどんどん挑戦して、最終的に自分の理想を達成できればいいかなと。



大学三年目はとっても厳しい時間になりそう。

その分たくさん挑戦したい。



1年後には教育実習とその先の採用試験が目前に迫ってる。

正論をいう人、人に説く人、フェイスブックやツイッターなんかで広がる善い話。


それを見て思ったのは、そういった話の中で悪とされる行動や人について。



もちろん正論は正論であって、善い行いはするべき。

でも、その反対にいる人たちの事を単に悪とだけ決めつけるのはなんだか違うと思う。


何かが満たされていないひと達が犯罪を犯したり、善くないことをしてしまう。

その何かが満たされている人は、満たされていることに気づかずに単に悪だと決めつける。


自分が体験した話ではないのに、SNS上で広がる話をシェアして、共感共感、そういうのはいけない、と簡単に言ってしまうのはどうなんだろうと。



なぜ満たされていないのか、そこを考えることも大切かなと思う。

もちろん、悪は悪。それは法律が決めてくれているからそれに従う。