イブクロ“やっぱ千葉だっぺ☆” by山川勝義 live in ChibaCity -228ページ目

いじょう☆


あぁ・・汗を流してさっぱりした後の夜風はほんと気持ちいい。。☆

それにしても今日は蒸し暑い日でした。

冷房の無い所でジッとしているだけで、汗がタラーッ・・
たまに吹く生温かい風もちょっと息苦しくなるくらいな。
梅雨入りしたばかりでのこの快晴は気持ちの良い天気でもあるんですが、涼しい長雨か、今日のような蒸し暑い晴れか、どちらがいいかはさておき、暫くはそんな天気が続くんでしょうかね。

今日のような蒸し暑い晴れなら、まだ涼しい雨の方がいいようにも思います。
蒸し暑い雨、というのだけは勘弁でしょうか。

今年は世界の平均気温が数十年ぶりの高さだとか。エルニーニョの影響のようなんですが、今年もこれからまた異常気象が各地で騒がれそうな感じですね。
どうせなら
「湿度を下げる」
的な異常とかになってくれたら、過ごし易くなって皆にも歓迎されると思うんですけどね。
なぜ「異常」と呼ばれる気象は一様に悪い結果ばかりを与えるものなのか、そこも不思議ではあります。
それとも、悪い結果を及ぼす気象現象だけを「異常気象」とかのせいにしているんからなんでしょうかね。

通常と違うのが異常とするなら、たまには良い「異常気象」があってもおかしくないように思うんですが。

「今年の夏は異常気象で湿度が低くなり、気温も安定し、最高に過ごしやすい陽気となりそうです」
みたいなのとかね。

まあ夕方は少し風向きが変わったのか、やや冷たい気持ちの良い風が肌に当たって、気持ちの良い夕暮れ時でした。

で、今日のように夕暮れになって涼しい風が吹いてくる日って、何故か無性にビアガーデンに行きたくなるんですよね☆
気候が人間の心理に与える影響もはかり知れません。
これから日本も温暖化が進んだ時、人の消費行動的には「どっちの」影響があるんでしょうね。
今後少しづつ気温が上がるのは防げ無いにしても、湿度はどうなるのか、個人的にはそっちの方が気になります。
気温が少し位上がっても、湿度さえ低ければ身体への影響ってそんなに無いでしょうからね。
地球への影響とは別の話しですけどね。

まあ何十年後の話しになるかもよくわかりませんけどね。

で、言いたかった事は、

・良い異常気象は何で無いのか。
・地球温暖化で日本の湿度の方はどうなるのか。
・ビアガーデンはまだ始まらないのか。

※気味が悪いので文章に顔文字乱用するのはやめました☆

以上。
おっすす☆

オチない☆

ザザザザザザ・・・・



ああああああ・・・・イブクロ“やっぱ千葉だっぺ☆”-DVC00081.jpg


玄米の詰まった袋を出っ張りにぶつけたら穴が・・・

マスキングテープで応急処置。イブクロ“やっぱ千葉だっぺ☆”-DVC00082.jpg


1粒、2粒、3粒、4粒・・・と、一粒残さず拾いあげました。

食べ物は大事にしなくてはいけません。

食べ物を大事に、と言えば出された料理も残しません。
いつでもどこでも最後のヒトカケラまで必ずきっちりといただきます。

それは「食材」と「食材の生産者」へのささやかな敬意と感謝と礼儀のつもりです。

そして自分が料理を作る時は、ゴミも出さないように気をつけます。
出るのは包装材くらいな勢いで。

食材に「食べられない部分は無い」と思っているからなんですが、ただ昨日アボカドを使ったんですが、その皮は捨ててしまいました。。
あれは普段滅多に使う事も無いから万が一を考えて。。
でも多分食べられるんでしょうかね。


そして「食材」と「生産者」以外に、「料理人」にも敬意をはらって食べているつもりです。

例えば、「ラーメンにいきなり胡椒をかけない」とか、
(って、今どき胡椒をテーブルに置いてる店ってあまり無いか)
「テーブルに料理が並んで無いと寂しいから」という理由で、食べきれもしない量をバカバカ注文しないとか。
料理はテーブルの生け花ではありません。みたいな。

ただそんな時は、残った料理を少しでも包んで持ち帰るようにしています。可能ならですが。


とにかく「ちゃんと料理を作ってる料理人」から見れば、せっかく精魂込めて作った料理を味見もせずに味を変えられたり、大量に残されるって、この上ない「切なさが止まらない」状態なんじゃないかと、そう思うんですよね。

出されてすぐ食べるのが一番美味しい状態になるように、常に色々タイミングも計算しながら作った料理なのに、いつまでたっても箸をつけてくれないとか。味見ででもいいから、一口でもすぐ料理に箸をつけてもらえる事、その時の反応を見るのがその料理を作った人のささやかな楽しみでもあるんですよね。

逆にそうゆう切ない事をされても何とも思わない料理人は、料理人というより商売人となったのかもしれません。

仕事で例えれば、細かい点まで一生懸命考え抜いて作った企画書や提案書を、まったく目も通さずに差し替えや修正されるのと同じような感覚ですよね。

一生懸命作ってる料理人の心意気を感じるような店では、その料理を出された側としても真剣にその料理と向きあって、その上で味が合わないのであれば、テーブルに置いてある調味料でいくらか味付けを変えたり位はするかもしれません。
そもそも味の好みは人それぞれですからそれ位は仕方の無い事だと料理人も思ってくれるでしょう。
逆に、毎回味見をされた上で味を変えられるケースが多いのであれば、それは自分の判断した味がその店に来るお客達の舌には合っていないという事。
また、味見もせずに毎回味を変えるお客ばかりの店というのは、お客かもしくは店が、望む味か考える味に何か決定的な問題があるのかも知れない、なんて想像位は出来ますよね。

まあそもそも、料理に対する見方とかって料理をするかしないかでも相当違うんでしょう。
一品一品に作り手にしかわからないこだわりや思い入れなんかもあったりしますから。
まああくまで主役は食べる側ではあるんですが。


家庭とかでも、奥さんが作った料理をそんな風にぞんざいに食べていたら、その内手料理がまったく登場しなくなってきたりするかもしれませんね。
奥さんが「まだ料理人」であったならの話しなんですが。。
どんな料理を作っても醤油だソースだマヨネーズだと味見もせずにたっぷりかけて、食べても無表情、美味いでもマズイでも無く、箸も付けずに毎回大量に残して、そんな事の繰り返しはいつしか料理人を商売人へと変えてしまうのでしょう。
やる気喪失ですね。気持ちを込めた料理から、食事代を稼いでくれる人への形だけのエサへと変わるかもしれません。
そうはなりたく無いですね。

その点旦那さんが料理好きならそんな作り手の気持ちもわかるだろうから、そんな事からのそんな事も少なくなるかも知れませんけどね(^^)。

料理人と商売人の料理、どっちが長く食べたいかと言われたら、なんとなく料理人の料理って感じですかね。

だから、料理人には最低限の「敬意」としても、そんな事はしないのです。

どんな料理でも食材達は悪くありませんしね。

自分が食事をする時とかはそんな事も考えていたりします。

ちなみに一番考えてる事が多いのは、「調味料は何使ってるんだろう」、ですが。。





と、そんな事を、米粒を拾い終わった後のトイレで考えていたんですが・・・



その時地震が来ました。



密室での地震に一瞬身と肛門が引き締まりまったんですが、
(水戸黄門ではありません)



ふと時計を見ると「12:34」、1・2・3・4。

なので、1粒、2粒・・と拾っていた米粒にひっかけての、「上手いオチ」でしめようと考えてみたのですが、何も浮かばず・・


という事で、ねずっちさんならこの展開、どう整えるんでしょうかね☆




って、この落ちもつまらない・・・
おっすす☆

6月12日に投稿したなう



ゆめ半島千葉国体2010第65回国民体育大会会期 9/25(土)-10/5(火)※水泳 9/8~17 ゴルフ 9/21~23ゆめ半島千葉大会2010第10回全国障害者スポーツ大会会期 10/23(土)-10/25(月)p(^^)q☆おっすす☆
6/12 1:04