昭和十年松竹蒲田撮影所作品
「子宝騒動」
脚色 池田忠雄
監督 斎藤寅次郎
撮影 武富善雄
キャスト
福田 小倉繁
お咲 出雲八重子
一郎 藤松正太郎
二郎 野村秋生
三郎 横山準
松子 小嶋照子
竹子 小嶋和子
薫風優しく頬を撫でる五月。抜けるような青空にスルスルと掲げられたのは、満艦飾のオシメ。
(風になびくオシメ)
(お咲さん、生みたての卵をとる)
(時折大きなお腹を抱える仕草)
ここは我らが主人公、福田さんの家。何しろ福田さん家は近所でも評判の子だくさん。上から一郎二郎三郎に、松子に竹子に梅子と来て、まもなく七人目が生まれる予定だといいますから大変なものです。
お咲「よいしょっと。ああ忙しい忙しい(米びつを逆さにしてお釜に)はあもう米も切れちゃったわね。(床にこぼれた米一粒を大事にお釜に)」
(おかみさん、米を研ごうと蛇口を捻る)
お咲「(水が止まる)あら、どうしたのかしら?」
(おかみさん、外を覗くと)(外で水道の元栓を閉めている男)
お咲「ちょっと水道屋さん、何してるのよ?」
水道屋「(請求書を出しながら)ずいぶん払いが溜まっておりますんで、止めさせてもらいましたよ。それじゃあ」
お咲「困ったわねえ(いったん引っ込んで)仕方ないわ、井戸水でやりましょう。よいしょ、よいしょ」
何とか米を研ぎ終えてーー(ガス台にお釜を置く。徳用マッチを出して)
お咲「ああ忙しい忙しい(野菜を切る)」
ガス屋「ごめんください。ガス、止めますね」
お咲「ええ、そんな!」
ガス屋「払いが溜まってますんで。はい、お世話様(請求書を渡す)」
水道、ガスが止められてしまった福田家。
仕方がないので、火を起こすところから始めるお咲さん。
お咲「ああ忙しい忙しい(居間の火鉢のところへ)」
この家の主人、福田さんはただいま絶賛失業中。やることがないので朝から子供たちと遊んでおります。しかしその様子は、大きな子供がもうひとりいるよう。ついに喧嘩が始まってしまいました。
T福田「少しは子供を見てやれよ!」
子供たち「あーん、お父ちゃんのバカぁ!」
(平気で列車のオモチャで遊ぶ福田さん)
お咲「あんた(火箸を持って)Tそんな暇に勤め口でも探して来なさいよ!」
福田「う、うむ、いや、そのーーさあ、仲良く遊びなさい」
お咲「ちょっとどこへ行くのよ!」
福田「いやその、暴力はいかん暴力は」
電気屋「ごめんください(電灯の線を切る)」
福田「何をするんだ!」
電気屋「払いが溜まっておりますんで(電請求書を渡す)」
福田「(受け取って)ええ?」
そこへ帰ってまいりましたのは長男の一郎くん。
一郎「父ちゃん、お金おくれよ。T今日は月謝日なんだよ」
福田「それはお母ちゃんにいいなさい」
一郎「お母ちゃん、月謝おくれよ」
お咲「ええ?月謝?(財布からお金を出すが)あら、もうこれしかないわ。T今日は都合が悪いから明日にしておくれ」
一郎「ええ?そんな……」
水道もガスも電気も止められてしまった家に学校の月謝など出せるはずもなかったのであります。
(風に泳ぐ鯉のぼり)
五月といえば端午の節句。
子供たち「あっ!鯉のぼりだ!すごいなあ。Tお父ちゃん、ウチでも鯉のぼりあげようよ」
T福田「いい子だからオシメで我慢しときなよ。数では負けてないぞ」
(風にはためくオシメ)
子供たち「あんなの全然すごくないや!」
お咲「あんた、T明日にも生まれるというのに、一文無しでどうするつもり?」
T福田「その時になればどうにかするさ!」
あくまでも福田さんはお気楽一直線でありました。
お咲「まったく(立ち上がる)……いた、いたたたたたたた(倒れる)」
子供たち「お母ちゃん!お父ちゃん、お母ちゃんが痛いって!」
福田「どうしたお咲、どこが痛いんだ?」
(タライを持ってくる子供たち)
福田「(タライを見て)なんだこれは…あ!そうか!(タライを抱えて右往左往)ええと、どうすればいいんだ!」
Tお咲「早くお産婆さんを呼んでおくれ!」
福田「そうだ、産婆だ産婆。よし、梅子は俺が背負うことにしよう。(紐で二郎ごと背負う)じゃあ行ってくる!」
(家を飛び出す福田)(二郎がずり落ちる)
二郎「お父ちゃん!」
福田「ああ、いかんいかん(今度は赤ん坊を地面に置いたまま)」
二郎「お父ちゃん!」
福田「ああ、いかんいかん(赤ん坊だけ背負って)さ産婆だ産婆だ産婆だ!(駆け出す)」
一方残った子供たち。さすがに大家族、馴れたものであります。
(布団を出して、お母ちゃんを寝かせ、掛け布団をかける)
子供たち「よいしょよいしょ」
(布団の隣に茣蓙を敷き、タライを乗せる)
(産着を出して、「マクリ湯」の袋を取る)「マクリ湯」とは赤ん坊用の虫下し薬のこと。
福田「産婆さん産婆さん、こんにちは!頼みますよ、もうね、すぐにでも産まれそうな按配でしてね、こっちですこっち!あれ?」
(人力車に乗る産婆)
福田「いやいや、クルマに乗らなくたって、すぐそこですから」
T産婆「冗談じゃないわよ!六人の子供のとりあげ料もまだ払ってないくせに……!」
福田「そんなこといわないでくださいよ、今度必ず払いますから!」
産婆「車屋さん、出してちょうだい」
福田「ちょっと、産婆さん!」
人力車は、大きなお屋敷の中へ。
福田「ちょっとちょっと!」
執事「(門の外に押し出しながら)こらこら!入るんじゃない。Tお家の一大事に邪魔立ていたすな!」
福田「こっちだって一大事なんですよ!ちょっと」
あきらめきれない福田さんーー
庭に置かれたベッドに横たわっているのはーー
T男爵「極東随一の名豚ゆえ、充分気をつけてもらいたい」
産婆「承知いたしました」
二郎「あ、バッタ!よし、捕まえた!」
福田「イテッ……Tうちの女房も豚に生まれて来ればよかったのになあ!」
そのおかみさんはーー
(哺乳瓶からミルクをがぶ飲みする子供)
松子「なにあんたが飲んでるのよ!ばか!(突き飛ばす)」
お咲「いたたたたた」
三郎「やったな!(棒で殴るかかる)えい!」
お咲「いたたたたた」
福田「おい!何をしているんだ!大丈夫かい、お前」
お咲「生まれる!」
T福田「頼むから金が出来るまで我慢しておくれ」
Tお咲「(むくりと起き上がって)これが我慢できるかどうか、考えておくれよ!」
福田「いや、それはそうだけれど……(松子を見て)そうだ!ちょっとおいで!」
長女松子の手を引いてどこかに急ぐ福田さん。
そこは、花街、いわゆるはなまちであります。
福田「どうも……Tこの子で前借りさせてくれませんか?」
店の女将「ええ?この子かい?Tまだ子供じゃないか!ダメだよ!」
福田「(赤ん坊を松子に背負わせて)じゃあね、先に帰ってなさい、いいね?」
とにかく必要なのはお金。お金を何としても手に入れなければなりません。もうなりふりなど構っておれないのであります。(料亭を出て来た金持ちにまとわりつく福田さん)
福田「(道路に落ちたがま口)しめた!いてててて!(左手をグルグル回してみる)まあこれはこれで面白いが……そうだ、財布」
男「おお、財布だ!(去る)」
そのとき突如鳴り響く半鐘の音。
福田「ん?なんだ?」
人々「(下手から上手へ駆けて行きながら)火事だ火事だ!」
福田「ええ?火事だって?」
(燃えている家)洒落た洋風の家の二階から黒い煙がモクモク。
少女「熱いわ!熱いわ!助けて!」
父親「ああ。どうすればいいんだ、このままでは娘が!よし!待ってろよ!(中に入る)」
福田「(やって来て)これは大変だ」
(煙の中から、なにかを抱えた父親が出てくる)
母親「あなた!」
父親「助けてきたぞ!」
母親「(しかしそれは長靴)なにをやっているのあなた!」
少女「助けてー!」
T父親「誰か、あれを助ける者はないか?」
野次馬「いやいやいやいやいや(離れる)」
父親「よし、では、助けてくれた者には、これをやろう!」
福田「私が行きます!では、行ってまいります!」
父親「頼んだぞ!」
福田「お嬢ちゃん、待ってるんだぞ!」
決死の救出劇。(上着を頭からかぶって二階へ行く福田)
福田「お嬢ちゃん!お嬢ちゃん!もう大丈夫だよ(人形を抱えて)間違えた!さ、お嬢ちゃん、行くよ!」
(少女を抱えて出てくる福田。消防団が消火に当たる)
かくて見事人命救助という偉業をなしとげた福田さん。上着の左ポケットにご注目。
父親「どうもありがとう!」
福田「いえいえ、当然のことをしたまでです」
警察署長「お手柄ですな」
福田「いえ……んん、何か焦げ臭いにおい。(署長の服を見て)どこか燃えてませんか?(父親の服をチェック)違うなあ。(地面を見て)ああ、ここだ!(バケツで水をかける)火の用心火の用心」
新聞記者「新聞社の者です。お話を伺ってもよろしいですか?(身振り手振りで語る福田)なるほど、では写真を一枚」
福田「ではこのバケツでも持ってましょうか」
新聞記者「それはいりませねんえ」
カメラマン「ちょっと近いな、もう少し(池にハマる)」
福田「なにをやってるんですか?(ポケットに手を入れて)あちっ!ああ、燃えてる燃えてる!ちょっと、誰か水を!(バケツの水をかける)」
せっかくの百円札はすっかり燃えて灰になってしまいました。ちなみに現代のお金になおすと約二十万円くらいになるそうです。
(その場に倒れこむ福田)
一方そのころ福田家ではーー
大家「おい、見世物じゃないんだ、帰った帰った!ほらお前も!」
(大家さん、お札を貼る)
ご近所の人たちが心配して集まって来ております。
T大家「この非常時に主人がいないとは何事だ!(キョロキョロして)ちょっと、T早く探して来なさい!」
男「わかりました、では」
Tお咲「苦しい!」
近所のおかみさん「(大家に)大家さん、お産婆さんを呼んでこないとダメじゃないの?」
大家「う、うむーーT産婆を一人工面して来なさい」
そのころ福田さんは、お金を求めて神社の境内をウロウロ。そこにいたのはーー(人々がお金を恵んで行く)
福田「(箱の中を覗き込んで)ずいぶんもうかってるなあ。ホントに見えないのか?よし」
貧すれば貪する。人の道を踏み外すことにためらいのなくなった福田さんでありました。(何度かタイミングを計る)
福田「(上着をかぶせて)よし!」
物貰い「(立ち上がって)おい、何しやがる!ふてえ野郎だ!」
福田「くく、苦しい!やめてくれ!」
因果応報、お金どころか、逆に上着を取られてしまいました。
(走って逃げる福田)
福田「驚いたなあ、目も見えるし口もきけるじゃないか(水を飲んで、腰をおろす)どうすればいいんだろう……あれ?ずいぶん大きな金庫だなあ。よしーーTきりとり強盗は武士の習い」
かくなる上は、どのような手段をもってしても、お金を工面しなければならないのであります。しかしーーその家はお留守ではありませんでした。初めてのお産なので、頭の中は赤ん坊のことでいっぱいの若奥様。必死になって金庫を開けようとしている福田さん。お互い相手のことにはまったく気がついておりません。人間という者は、夢中になっていると意外と気がつかないものであります。
福田「あっ、ああ、どうぞ(定規を渡す)」
(若奥様、アイロンをあてる)
福田「どうもやりにくいなあ(腹ばいになる)」
(そのお尻にアイロンを置く)
福田「あっつ!(そっとアイロン台に置く)」
(福田の足を針山と間違えて針を刺す)
福田「いてっ!(針山に針を戻す)んーーんん?金庫の鍵だ!」
若奥様「ええと、あれはどこだったかしら?」
福田「(鍵をゲット)よしーー助かった!」
若奥様「いて、いててててて」
福田「しまった(逃げようとするが)あれ?奥さんもしかして、おめでた?赤ちゃんですか?え、こりゃ大変だ!」
何しろまもなく七人の子持ちになろうかという福田さん、お産の準備などお手の物であります。若奥様に聞きながら、甲斐甲斐しく支度を整えております。
福田「ええと、あ、はいはいはいーーなるほどなるほどーーふむふむーーあっちですな」
そのころ福田さんを探し回っている男。
男「どこに行ってしまったものやら。まったく(手拭いで顔を拭きながら)あれ?」
(天井から回るオモチャを下げている福田)
男「ありゃあ福田さんじゃないか、一体何をやってるんだ?(部屋に上がり)ちょっと福田さん、福田さんったら!」
福田「うるさいな、忙しいんだから、ほら、手伝って(バケツを渡す)」
男「ええ、これに水を入れればいいのか?あ、うまそうなお饅頭」
すでに学校に上がる準備も万端。
男「よし、このくらいでいいかな」
使い終わったら蛇口はキチンと閉めましょう。
しかし、男二人ではなかなか細かいところまでは行き届きません。それどころかーー部屋中水浸しにする始末。そshkて台所はいつの間にかーー
男「助けてくれ!」
福田「どうした?(浮き輪を投げて)これに掴まれ!大丈夫か?あっ(落ちる)そうだ、マクリ湯マクリ湯(飛び込んで取ってくる)」
一方その頃福田家ではーー
(産婆を呼びに行った男が帰ってくる)
大家「どうだった?」
T男「この家の払いが悪いのを知っていて、どこの産婆も来てくれません」
大家「そうかーーやっぱりな。家賃だって溜まってるんだからなあ」
T近所のおかみさん「家主さん、なんとかしてやってください」
大家「何とかしろってなあ……T家賃を貸してある上に、お産の費用まで出せると思うか!」
二郎「お父ちゃん遅いね」
三郎「あーー財布だ」
二郎「ばか、何やってるんだよ!」
三郎「僕が見つけたんだぞ!」
お咲「痛い痛い痛い!」
近所のおばさん「これこれーー」
Tお咲「苦しい!」
近所のおばさん「どうもいよいよ産まれそうだよ」
T大家「この上は、亭主を産婆にするよりテはない」
ふたたび使者が遣わされました。
(自転車で走る)(ぶつかる)
自転車の男「どこ見て走ってるんだ!」
男「何を!やるか!」
自転車の男「こいつめ!あれ?なんだなんだ?」
人だかりの向こう側ではーー
(赤ん坊をあやしている福田)
福田「ああ、よしよし、いい子だねえ」
自転車の男「福田さん!Tおかみさんが難産で死にそうだというのに、何をしてるんだよ!」
T福田「もう大丈夫だ、玉のような男の子だよ」
自転車の男「福田さん!ここはあんたの家じゃないだろ!」
福田「え?あ、お咲じゃない!Tさてはひとの女房だったのか!いかんいかん、お咲ーっ!(駆け出そうとして、赤ん坊を返す)」
入れ違いに帰って来たのはこの家の主人。
自転車の男「とにかく産婆さんにも軒並み断られちゃったもんで、もうあんたが産婆をやるしかないだろうということでしてね」
福田「うーん、そうか出来るかなあ。まあやるしかないか、うん、じゃあやるよ…あれ、ありゃ何だい?」
男たち「花子ちゃんやーい!」
自転車の男「一体なにごとです?」
T男「逃げた子豚を懸賞付きで探してるんだよ」
自転車の男「懸賞付き?」
男「ああ、五百円だってよ!」
自転車の男「ご、五百円!それじゃ俺たちも」
福田「ちょっと待って、赤ん坊が!」
自転車の男「悪いな(走り去る)」
福田「いや、でも五百円か……よし!」
五百円、つまり今だと約百万円の懸賞首。みな血眼になって行方を追うのは当然です。
(トンカツ屋)
老人「今日はここにするか(ご婦人と一緒に入る)」
そこへトコトコあらわれた花子ちゃん。(店に入って行く)
老人「(店から飛び出す)豚の活け造りは頼んでどらんぞ」
コックたち「待てーっ!」
福田「あそこにいたぞ!」
男たち「待てーっ、五百円ーっ!」
客「五百円だって?よし、俺も」
(子豚、塀の穴から家の中へ)
福田「ここから入ったぞ!(ひとり穴を覗かせて)よし、行くぞーっ!」
(福田さん、飛びかかるが)
男たち「チクショー!五百円ーっ!」
そんな騒ぎをよそに座敷ではーー
媒酌人「高砂やー」
人々「どこだどこだ」
新郎「……あの、けっこう毛深いんですね……あっ!」
列席者「豚だーっ!」
福田「いたぞ!」
男たち「五百円ーっ!」
花婿「ご、五百円?じゃあ俺も」
媒酌人「おい、どこへ行くんだ?」
花婿「うるさいな!五百円なんだよ!」
かくて花婿が、花子捜索隊に加わりました。(塀の穴から出る花子)
男「(穴から顔を出して)あっちだ!」
福田「捕まえろ!」
(塀を乗り越える人々)(走る花子)
次に花子ちゃんが逃げ込んだのはーー
男たち「待て待て!五百円ーっ!」
男たち「五百円を捕まえろ!」
男たち「あっちだーっ!」
卒塔婆を持つ男「えい!」
男「イテッ!(倒れる)うう、な、何だこれ?待てーっ」
坊主「なんまんだぶなんまんだぶ」
坊主「ああ、これはなんというーーええ?五百円?」
捜索隊に、お坊さんが加わりました。
そのころお咲さんはーー
大家「どうだい?」
T近所のおかみさん「大変だ、冷たくなってきた!」
大家「ええ?(触って)本当だ!(戻ってきて)それにしてもT使いの奴らはどうしたんだ!(腰を下ろして)よし!T俺が迎えに行ってくる」
さてそんな大家さんの前にーー
大家「んん、なんで豚がこんなところに?ーー野良豚なんて初めて見たよ!まったく」
(壁が倒れる)
男たち「いたぞ!」
男たち「あっちだ!」
自転車の男「あ、大家さん!」
男「大丈夫ですか?」
大家「おい、お前たちは何をしとるんだ?」
男「実はかくかくしかじかで」
大家「五百円!」
捜索隊に、大家さんが加わりました。(走る花子)
子供たち「お母ちゃん、大丈夫?」
二郎「これ飲ませてみようか?」
先ほども申し上げましたが、マクリ湯とは、赤ん坊用の胎毒下しのお薬。ひらたくいうと、下剤であります。
二郎「さあ母ちゃん、苦いけど我慢してね!」
お咲「ばか、お前たち、なんてものを飲ませるんだい!」
(泣き出す子供たち)
花子捜索隊は、いまだ奮闘中。
男たち「五百円待てーっ!」
(「はれやか」の看板)
男たち「あっちだーっ!」
(土管の中で気を失っている福田)
大家「おい、福田さん!」
(お咲さんの顔)脳裏に浮かぶお咲さんの顔。
福田「五百円!(起き上がって走り出す)」
花子ちゃんはラグビーがお好き。好きなあまりにスクラムの中へーー
選手「パス!」
選手「よし!」
選手「おう!」
(パスを受けた選手が一人で走り出す)
男たち「いたぞーっ!」
男たち「追えーっ!」
男たち「待てーっ!」
ついに捕まえたか?と思いきや。
(捜索隊、めちゃくちゃ棒で叩く)
福田「よーしやったぞ!……あれ、いない。あ、あそこだ!」
(何かを抱えて走る選手)
福田「二手に分かれましょう!」
しかしーー
福田「(通せんぼをする)それを寄越せ!」
選手「な、なんだ?」
(後ろから殴られる)
福田「なんだこれは!ただのボールじゃないか。あ、いた!」
(お咲さんの顔)花子ちゃんは田んぼがお好き。
男たち「待て!」
男たちは走った。走りながら叫んだ。走りながら飛びかかった。泥だらけになることも厭わず、一匹の子豚を捕まえようと、くんずほぐれつ。何度でも、諦めずに。しかし、泥んこになった花子ちゃんは、捕まえようとしてもツルリとすべってしまっていけません。
(お咲さんの顔)
すでに、男たちの目に映るのは、花子ちゃんという一匹の子豚ではありませんでした。懸賞金五百円そのものでありました。
(お咲さんの顔)
(戸板を使う)
(お咲さんの顔)
男たち「よし、今だ!(戸板でおさえつける)やった!やったぞーっ!」
しかし戸板の下にいたのは福田さんでありました。
男たち「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
(お咲さんの顔)
福田「子豚!」
花子ちゃんにとっては悪夢のような追いかけっこなのかもしれません。しかし男たちにとってはもはや勝つか負けるか、生きるか死ぬかの大勝負でありました。
(お咲さんの顔)
老いも若きも、お坊さんも大家さんも、必死になって花子ちゃんを捕まえようとしておりました。
(やってくる高級車)
花子ちゃんの飼い主、男爵がやってまいりました。
男爵「やっているな……」
(物陰に入る人々、次々と弾き出される)
そしてついにーー栄冠を手にしたのは、福田さんでありました。
泥ひとつついていないきれいな花子ちゃんと福田さん。
福田「こ、これを(倒れる)」
男爵「あれを(執事に合図)」
執事「はい(カバンから封筒を出して)約束の懸賞金です」
福田「ありがとうございます!ありがとうございます!そうだ、産婆さん!」
福田家に、とうとう産婆がやってきました。
福田「さあさあ、頼みましたよ、頼みましたよ」
するとーーすぐに大きな産声が。
T産婆「見事なお坊ちゃんです」
続いてまた大きな産声が。
T産婆「見事なお坊ちゃんです」
福田「え、双子ですか?それはまあめでたい……」
そしてみたび大きな産声が。
T産婆「見事なお坊ちゃんです」
福田「三つ子?こりゃまた……Tお国のためだ!T万歳!」
(倒れる福田)
(空を泳ぐ鯉のぼり)
そしてついに福田家にも鯉のぼりの上がる日が来ました。
子供「うわー、すごいねえ!いっぱいいるねえ!」
福田「そうだろうそうだろう……おーい、お母ちゃん、みんな喜んでるぞ!」
お咲「そう、それはよかったわ。でもーーT子供たちのことも考えて、早く勤め口を探しなさいよ」
福田「いや、それなんだが(ポケットから辞令を出す)これ、みてくれ!」
辞令
福田繁
右の者、養豚係主任に命ずる。
月給八十円也
お咲「まあ、あんた!(抱き合う)」
その後ーー福田さんちでは、どんどん子供が増え続け、やがて日本一の子だくさんといわれるようになったのであります。(福田さんラッパを吹く)昭和十年、松竹蒲田撮影所作品「子宝騒動」全巻の終わりであります。