昭和八年「のらくろ二等兵」
「教練の巻」

作者田河水泡は本名高見澤仲太郎(明治32年生まれ)。日本美術学校時代に、前衛的な芸術集団「マヴォ」に所属。落語作家などをしたあと、漫画デビュー。昭和六年少年倶楽部(講談社)にて「のらくろ」の連載が始まる。大変な評判となり、猛犬連隊に入隊した野良犬黒吉は、二等兵から大尉にまで出世するが、昭和十六年、内務省の指導が入り、連載は打ち切りとなった。戦後、絵物語として復活。作者の死後も弟子が引き継いで描き続けた。ペンネームの由来は、本名のローマ字表記TAKAMIZAWAを「TAKAMIZ(たかみず)+AWA(あわ)」にして漢字「田河水泡」を当てたが、皆が「たがわすいほう」と読むため結局その読み方にした。

猛犬連隊第五中隊。二等兵の野良犬黒吉、通称のらくろ。
「教練の巻」(暗転)
やってまいりましたのは、モール中隊長の部屋。

「失礼いたします。のらくろ二等兵であります。(鍵穴を覗く)お留守のようだな。よし、失礼いたします!お掃除はじめ」

下っ端二等兵の仕事のひとつ。上官の部屋の掃除。

「あれバケツがない。どこだどこだ?もしかして……?(窓から外を覗く)や、あった。ーーあれ?」

掃除そっちのけで、中隊長のサーベルを腰に下げ、すっかり偉くなったような心持ち。(鏡に写してご満悦)

「いつか僕もこんなサーベルを下げられるようになりたいもんだ」

やっと掃除に戻ると思いきや、中隊長のタバコを拝借して一服するのらくろーーと、集合のラッパ。

「行けない! 集合しなきゃ、あ、失礼」

ぶつかったのはモール中隊長。

「のらくろ二等兵、それはなんだ」
「あ、いけない、お返しするであります。では、失礼いたします!」

(歩く)(ラッパ)(走る)(暗転)
かくして何とか間に合ったのらくろでありました。(二等兵四匹が並ぶ)
モール中隊長じきじきの訓示。

「よいか、上官の命令は絶対である。わかったか、わかったら手を上げろ」
T「(手を上げて)わかりました!」
「よし、右向け右!(のらくろ、左を向く)違う!(向きを変える)前へ進め!」

こちらは、猛犬連隊を率いるブル隊長。

「モール中隊長」
「これはブル隊長」

(行進)

「新兵の教育は骨が折れるだろう」
「はあ、何から何まで世話が焼けます」

(行進)(ブルとモール)
のらくろたち新兵は前進あるのみ。しかしーー
(目の前に鉄棒)

「あれ、これは?どうしよう?」
「中隊長殿のご命令だ、前進あるのみ!」
「よし、えい!やっ、とっ(よろけて)おっと!わあ!(落ちる)」
「あははは、見てろ!」

(皆楽々と渡る)

「よーし、僕も!」

いろいろあったものの、行進は続く。(ブルとモール)(馬小屋)

「あれれ、どうしよう?」
「前進あるのみだ」
「よーし」

勇ましく馬小屋に突入するのらくろ。しかし、あえなく蹴り飛ばされてしまいました。(暗転)教練が終わってーー

「のらくろ、前へ」
「はい」
「うむ、次にあのような状況になったら冷静に考えて対処するように」
T「わかりました!」
「しかし、よく上官の命令を守って前進した。えらいぞ」

かくして初年兵のらくろの一日が終わるのであります。
続いて演習の巻。
日頃の鍛錬の結果を披露する演習の日。白組と黒組、ふた班に分かれて競技形式で行われます。

「疲れてしまってもういけない」
「おい、のらくろ、どうしたしっかりしろ」

(モール戻って来る)

「ぼくはもうダメだ、休憩にしようよ」
「おい、貴様ら何をやっておる、こんなところで休んでいる場合か」

モール中隊長の檄が飛び、白組はのらくろを残して進んで行きます。(暗転)(崖を登る黒組)

「いやあ(水筒の水を飲む)喉が渇いてしようがなかったんだよなあ」

崖の上から窺う黒組の兵士。

「のらくろのやつ、あんなところで休んでやがる」
「はは、呑気なやつだ」
「(空を見上げて)ああ、カラスが飛んでらあ」
「見るんじゃないよ。えい!(糞をする)」
「おっと危ない(糞を蹴る)」
「(頭にかかって)うぷ!やりやがったな!」」

黒組の斥候に挟み撃ち。(三匹吠える)しかし、いつのまにかひとりで岩の周りをぐるぐる。

「あ、どこへ行った?」
「えい!」
「手を上げろ!」
「やあ!(飛びかかる)」
「おっと!」

(逃げるのらくろ)(追う黒組)

「えい!」
「待て!」

車の荷台にあった箱に二匹を閉じ込めたのらくろ。

「ええい、ちくしょう!」

車で逃走するのらくろでありましたがーー(屋根が取れたりする)

「あ、危ない!」

間一髪、大きな鷲の背中にーー

「やあこれはらくちんらくちん……(下を見て)おやあれは?」

なんと敵方の戦車を発見!早速鷲に何やらご相談。(暗転)
地上に降りて、大きな穴を掘るのらくろ。(鷲、飛んでくる)

「おーい、こっちこっち!」
「ほら!」
「やあ、ありがとう!」
「のらくろ、来たぞ!」

戦車は見事落とし穴へ。しかし中から出てきたのはーー

「のらくろ、何をやっておるんだ!」

ブル連隊長でありました。
こうした数々の失敗を繰り返しながら、少しずつ立派な兵隊に育って行く野良犬黒吉ことのらくろ二等兵であります。
映画一巻の終わり。