大正十四年「線畫つぼ」
文部省製作

本日は新宿東口映画祭「扉のむこうへ〜クラシックアニメーション篇」にお越しいただきありがとうございます。活動写真弁士の山城秀之でございます。ワタクシが説明しますのは、大正14年文部省製作「線畫つぼ」であります。タイトルの「線畫」は、この場合「漫画」とほぼ同義であるといってよいかと思います。実際の製作は山本漫画製作所。元になった話は「アラビアンナイト」の「漁夫と魔王との物語」で、後半マキャベリ「君主論」から獅子と狐の喩えをまるでアラビアンナイトそのもののように入れ子にしています。アラビアンナイトという物語は、明治の初めに日本で初めて紹介されました。最初は子供向けのおとぎ話として、のちに大変きわどい性愛を描いたエロティックな物語としても知られるようになりました。大正に入って、作家の巌谷小波が「世界お伽文庫」シリーズで「妖怪壺」というタイトルでこの話を翻案し、その後「模範家庭文庫」というシリーズにもアラビアンナイトが取り上げられるなど、さまざまな形で広まりました。本作は、物語の構成だけでなく、登場人物のセリフを吹き出しで出したり、歌うシーンでは文字を踊らせながら出したりと、さまざまな実験的手法が使われています。演奏はカラードモノトーンデュオのお二人です。どうぞ最後までお楽しみください。

(タイトル)(大きな壺と小さな壺)
山本早苗ゑがく
「幸多く心正しくおわします国王さま、このように聞き及びましてございます」そう、シャハラザードは語り始めるのでありました。
(海岸。手前に小さな藁葺きの小屋)
Tある海岸に貧しい漁師の親子が住んでゐました。母親はなく、父親はすでにずいぶん年老いておりました。若い頃は腕の良い漁師でしたが、今では日々の漁りはひとり息子が引き継いで、毎日四回だけ網を投げる習わしでした。
(タバコを燻らせている老人)(網を繕っている若者)

T若者「お父さんの好きな魚をたくさん獲って来ます」
父親「(魚の絵)そうかい。それでは頼んだよ」
若者「はい、では行ってまいります(出て行く)」

(村人ふたり、歩いている)(やって来る若)

村人「やあーーこんにちは!どうだい、Tそう毎日仕事ばかりしないで今日は遊びに行かないかね」
T若者「せっかくだが、今日はよそう」
村人「真面目に働くのもいいが、たまには発散した方がいいと思うがね」
若者「ありがとう。また今度(去る)」

(あきれる村人)(暗転)
T親孝行な息子は毎日こうして父親を喜ばすために魚を獲りに行くのでした。
(海岸。舟が泊まっている)

若者「さて、今日も魚をうんと獲るぞ(漕ぎ出す)よし」

海はベタ凪、心地よい風が頬をなぶり、櫓の軋む音、船縁を叩く波の音に、若者は思わず歌い出すのでした。

T天気はよいよい 風もない おいしい魚を たくさんとって
急いでうちへ 持って行き 早く父さん 喜ばそう

(櫓を漕ぎながら進む)

若者「(岩の手前に投網)えいっ!(引き上げる)さて、どうかな。うむ、ダメか、まあ次の場所に行くか(また漕いで、投網)えいっ!(引き揚げながら)うむむ……これは……大漁の手応え……」

網にかかっていたのはーー

T若者「おやなんだろう。早くオカへ上がって開けてみよう」

急いでオカに戻りましてーー

若者「よいしょ(壺を下ろす)どれどれーーおや、丁寧にお札が貼ってあるぞ(開けてみる)ああっ!」

壺の中から白い煙とともに出て来ましたのはーー

T魔王「(笑う)しめた、さあ俺の天下だぞ……まず貴様から殺すんだ」

しかし頭がよく度胸もある若者はーー

T若者「いったいお前はどこから来たんだ?」
T魔王「この壺の中から来たんだ」
T若者「(笑う)お前のような者が入れるもんか。本当にゐたものなら、入ってみせろ!」
T魔王「ようし!見ていろよ」

魔王が煙となってツボに入ると、若者はすかさず蓋を閉めてしまいました。

T若者「さあ海へ投げ込むぞ」
魔王「しまった!ちくしょう!騙したな!ええい、出られん!(壺がジタバタする)T許してくれ!もう悪い心はおこさないから」
T若者「まて、お前が改心するよう、ひとつ話をしてやろう」

(暗転)こうして、若者は語り出しました。
T昔々、ある深い森の中に、獅子と狐とが住んでいた。(獅子と狐のシルエット)
T獅子はその鋭い眼と爪とで獲物をとらえ、狐はそのお余りをもらって生きていた。
(獅子のすみか。骸骨、板で屋根のようなものが作ってある)(獅子、帰って来る)

狐「それにしてもTお腹が空いた。またお余りを頂戴して来よう」

(獅子のすみかを訪れる狐)

T狐「獅子さん、何か残り物はありませんか?」
獅子「おう、狐か。Tこれから行って獲って来てやろう(出て来る)」
狐「いつもありがとうございます」
獅子「なんのなんの。まあ待っておれ」

獅子は獲物を探して川の近くまでやって来た。

獅子「ーーおや?猿がいる」

(猿が川辺に来て水を飲んでいる)

獅子「しめた!(飛びかかる)」

勢いよく飛びかかった獅子であったが、そこは猿ものひっかくもの、身軽に飛んで避けて、木の上へ。

T猿「きゃっきゃっ、馬鹿やーい、きゃっきゃっ」
獅子「うーむ、小癪な猿め」

獅子は悔しそうに去りかけたがーー

獅子「(木を倒す)えいっ!」
猿「うわあっ!」

ついに獅子は猿を捕まえた。

獅子「どうだ、まいったか(笑う)」

(暗転)こうしてーー
T狐は食べ物にありつくことが出来た。しかし、欲望には限りというものがない。

T狐「食うことには困らなくなったが、この度は立派な家を造らなくてはならない。(腕を組み)さて、どうするかーー(獅子の家)Tそうだ、あれを取って来よう」

早速狐は獅子の家へ。

T狐「獅子さん、ただいまはごちそうさまでした」
獅子「なに、お安い御用だ」
T狐「あなたはなかなか強い。だが、走ることはあれには敵わないでしょう」
T獅子「何っ!」
T狐「あれをご覧なさい」

指さす先にいたのはーーダチョウであった。

T獅子「あんな奴に負けてたまるものか」

勢い込んで獅子はダチョウに襲いかかった。しかし、ダチョウは悠々と走って逃げる。

獅子「ええい、待て待て!」

その隙にずる賢い狐は、獅子のすみかに使われている板をどんどん外して行く。(逃げるダチョウ。追う獅子)(板を抱えて去る狐)

獅子「(追うのをやめて)まったく逃げ足の早いやつだ」

(諦めて戻る獅子)(暗転)(新築になった家の前で笑う狐)
Tこの時森へ猟人が来ました。

カンガルー「おや、あれは?」

(槍を抱えて歩く猟人)

カンガルー「こりゃ大変だ!」
狐「うーむ、家が新しくなったのはいいが、T獅子が帰ったら怒って殺しに来るだろう」
Tカンガルー「大変だ!猟人がやって来た!」
狐「猟人だって?それはちょうどいい」

(狐、猟人に)

狐「猟人さん、どうかT私を助けてください。その代わり、獅子のいるところを教えてあげます」
T猟人「それじゃあ案内しろ」

そのころ帰って来た獅子はーー

獅子「あっこれはーーT狐のやつ、オレをだましたんだな」
猟人「うむ、いたな(槍を投げる)えいっ!」
獅子「ああっ、う、うーん」
猟人「やったぞ」

まんまと猟人に獅子を殺させた狐。

T狐「これで恐ろしいものはなくなった……しかし、これからは自分でT食い物を探さなけりゃならない」

外に出た狐の目に飛び込んで来たのはーー獰猛な虎と恐ろしげなワニだった。

狐「ぶるぶる……Tこれはうかうかと外へ出られないぞ」

Tこうして幾日か過ぎた。狐は恐ろしさのあまり、家から一歩も出られなかった。

T狐「このままでは死ぬばかりだ。何とかして、獲物を捕まえなければ」

(カモがいる)

狐「カモだーーうーむ、あれくらいなら……この俺でも……」
ワニ「(水の中から出て来る)おい、狐め!」

(ワニに襲われる狐)そうしてあっという間に狐はワニに喰われてしまった。(暗転)

T若者「どうだ、わかったか。これでもわからなけりゃあ、海へ投げ込むばかりだ」
T魔王「よくわかりました。あなたのご恩は決して忘れません」
若者「では出してやろう」

(壺の蓋をとると、魔王が出て来る)

魔王「お優しいお若いお方、Tこのご恩返しに、良い物を差し上げます。網を持って、私についていらっしゃい」
若者「よし、わかった(網を取って来る)」

やがて魔王はーー

T魔王「ここで網を打ってごらんなさい」
若者「うむーーえいっ!(引き上げる)ずいぶん大きな壺がかかったぞ」
T魔王「家に帰ってから、蓋をお開けなさい。これは命を助けていただいたほんのお礼です。では、Tごきげんよう(消える)」
若者「さてーーうん、これは重いなあ。どうしたものか」
T大きな壺「私がお供しましょう(足が生える)」
若者「やあ、これは便利だ」

若者は大きな壺を連れて家に帰ります。

村人「やあーーそれはいったい何だい?」
若者「こんにちは。見ての通りの壺です」
父親「お帰りーーその壺は何だい?」
T若者「お父さん、今日は魚は獲れませんでした。その代わり魔王からこの壺を貰って来ましたーー開けてみましょう」

すると中から、金貨がザクザク!

村人「こりゃたまげた!」
父親「たいしたものを貰ったものだ」
若者「はい、父さん」

(暗転)
T施せし情けは人のためならず おのが心の慰めと知れ
我人にかけし恵みは忘れても 人の恩をば長く忘るな
「線畫つぼ」一巻の終わりであります。