昭和九年「のらくろ伍長」

原作 田河水泡
脚色 青地忠二
漫画演出 村田安司

(連隊正門)ここは猛犬第一連隊。T今日は祝日。猛犬連隊もお休みである。兵士たちは三々五々、故郷に命の洗濯に戻って行く。(一匹、二匹と出て行く)

「ご苦労様」
「いやそれにしても、T休日の番兵はつらいね。お土産を持ってくるよ」
「お前こそ、Tあんまりおっかさんの乳を飲みすぎるな」
「あはははーーおっと、ブル連隊長だ」
「行ってらっしゃいませ(ブル連隊長、モール中隊長が出て行く)」

人っ子ひとり、いや、犬っ子一匹いなくなったと思ったら、いましたいました野良犬黒吉ことのらくろ。

T「僕もおかげで伍長になった、喜んでもらう親はなし。ふわー、(大きく伸びをする)T久しぶりで、焼き鳥でも食べに行こうか」

(暗転)鼻歌まじりになじみの焼き鳥屋へ。

「(暖簾をくぐる)ごめんよ」
T「のらくろさんの評判はたいしたもんですぜ。この間も山猿連隊の隊長を散々ぶちのめしたということじゃないですか」
T「たいしたことでもないが、あんまり山猿の連隊長のやつ無法なことをするので……」
T「ひとつその手柄話を聞かせてくださいよ」
「うーん、そうだなあ……T大体あの山猿め、銃剣術が天狗なんだ。そこで出し抜けにオイラの連隊へ試合を申し込んで来たわけさ。それでさ、Tこっちの選手は五人ともベタ負けだ。そこでうちの連隊長が出たんだ。(胴着を着ている連隊長)(いきなり突く山猿)ところが山猿めーー」
「えいえいえいえい!」
T「待った待った」
T「軍人の試合に待ったなどあるか!えいえいえい!」
「むむむ、なんてやつだ!」
「えいえいえいえい!」
「やーっ、とーっ!」
T「待った待った」
T「軍人の試合に待ったなどあるか!えいっ!」
「うわ、こりゃたまらん!(壁にぶつかる)」
「よくやったのらくろ!」
「てなわけさ。ありゃりゃ、T話に夢中で五人前たいらげた!」

腹一杯食べて、お土産の折詰さげて帰るのらくろ。

「うーん、T少し食べ過ぎて、眠くなった。ちょうどいいや、あそこのベンチでちょいと寝て行こう……あ、Tこっちの方が暖かそうだ(ゴミ箱に入る)」

暗転)一方こちらは猛犬連隊の裏門。(番兵が見回っている)

「(何かが頭に当たる)う、うーん」

現れたのは、宿敵山猿連隊のスパイ。

「おい、ここで休んで行こう」
T「うまくやったな」
T「この重要書類さえ手に入れば、猛犬連隊の秘密はすっかりわかるんだ」
T「いざ戦争となれば、あいつら皆殺しだぜ」
「そうともさ。T早く帰って体調を喜ばせよう(逃げる)」
「(ゴミ箱から顔を出して)Tはて、夢じゃあるまいな。こりゃこうしておられんわい!(追いかける)」

ゴミ箱に入ったままの追跡がはじまった。

「えーい、邪魔だ!T山猿、待てーい!」
「しまった!急げ!」

(豚の運転する車)

「よし!行くぞ!(車に飛び乗って)どけっ!」

(尻餅をつく豚二匹)

「はははは、どうだ!」

「(のらくろ豚を飛び越えて)ごめんよ!」

(自転車)

「邪魔だ邪魔だ!」
((飛んで来た自転車に乗って)おっと、ちょっと拝借!」

「ええい、しつこいのら公だ!(銃を撃つ)」

山猿の撃つピストルの弾など何するものぞ。猛然と追いかけるのらくろ伍長。一方山猿連隊は偵察用の気球を飛ばしていた。

「ややっ!(望遠鏡の中に車)」
「おーい、こっちだ!」
「(望遠鏡の中に自転車)むむ、あれは猛犬連隊ののら公だ!よし(縄梯子を下ろす)」
「待て待て待てーっ!」
「よし!助かった!」

(縄梯子を登って行く山猿)

「待て待て待てーっ!(縄梯子に飛びつくが失敗)しまった!ーーあっ!よいところに!」

のらくろ、打ち上げ花火で気球を狙う作戦。しかしーー

「おっ、たまやーっ!」
「ちくしょー!今度はどうだ!」
「きれいだなあ。ははははは」
「よーし、こうなったら!(巨大な筒を出して)」
「おお、まずい!」
「えいっ!」
「はははは、いいぞいいぞ、のら公」
「ええい!」

ついに自らを花火のように打ち上げた!

「やあっ!(ゴンドラに乗り込む)」

(気球のロープが切れる)(飛び出すのらくろ)見事重要書類を取り戻し、無事パラシュートで着水。

「うわああ、冷たい!おっと……書類書類……T書類は無事だ!ん?これはーー何だこの匂いは?Tこりゃ連隊長殿へのお土産の焼き鳥だ!(腕時計を見て)おっと、門限まであと五分。こりゃこうしてはいられんわい!」

山猿スパイとの追跡劇は、ゴミ箱の中で見た夢でありました。お土産の折詰さげて、連隊に急ぐわれらがのらくろ伍長であります。
映画一巻の終わり。