昭和五年公開松竹作品
「石川五右ヱ門の法事」

原作 絹川秀治
監督 斎藤寅次郎
脚色 池田忠雄・伏見晃
撮影 武富善雄

配役
石川吾郎 渡辺篤
石川五右衛門の亡霊 横尾泥海男
その子供の亡霊 青木富夫(突貫小僧)
古谷源蔵 坂本武
娘 小夜子 香取千代子
その他 縣秀介

T石川吾郎と古物商古谷の娘小夜子とは恋仲であったが無一文の吾郎は古谷の御恵(おめがね?)に叶わなかった
(古物商の店。店内に「色即是空」の掛け軸)(店先に大きなお釜)

源蔵「小夜子、小夜子……ん、いないのか?おかしいな、声はするような……(路地をのぞいて)あっ!小夜子、そんなところで何をコソコソしとるんだ!こっちへ来なさい!」

(小夜子出てくる)(源蔵、路地に入ろうとする)

源蔵「んん?ーー(路地に入ろうと)」」
小夜子「お父様ーー」
源蔵「いいからお前はそこにいなさい!ーーおいっ!(襟首を摑んで)こら!貴様は誰だ?」
吾郎「いやーどうもどうも、名乗るほどの者ではありません!これを買い取っていただけないかと……(手を広げる)何しろ大きいもんですから運ぶのが大変で、休んでいたもので。(源蔵を軽く突く)まあ旦那さん、まあそんなに怒らないで」
源蔵「……?」
吾郎「ねえ、ちょっと落ちつきましょう(耳を引っ張る)怒ってばかりじゃ体に悪いですよ(源蔵の顎のあたりをくすぐる)ほーらほらほら」
源蔵「(その手を振り払って)何をする!」
吾郎「いやまったく世知辛い世の中ですなあ。では失礼いたします」
源蔵「ちょっと待て!(襟首を摑んで引き戻し)下手な変装などしおって!(つけ髭をむしり取る)やっぱり貴様か!」
吾郎「(跪きながら)お義父さん!どうか小夜子さんとの結婚を許してください!
T僕んちで金目のものといえば先祖伝来のこの釜だけなんです……これがなかなかの逸物でして、ごらんください(お釜の蓋を取って中を見せながら)いっぺんに百人前のご飯が炊けます」
源蔵「なんだこれは?Tこんなガラクタを持ち込んで娘をくれとは太え了簡だ!(吾郎を突き飛ばし)貴様なんぞに娘は絶対にやらん!帰れ帰れ!(小夜子を連れて家の中へ)」

T父親の無理解に、ふたりは今夜駆け落ちを相談一決ーーだが、壁に耳ありーー父の知るところとなった。(柳の下で待ち構える源蔵。手には棒切れ)そうとは知らない吾郎、旅支度をして待ち合わせ場所にやってきた。

源蔵「(後ろから忍び寄り)こいつ……っ!」
吾郎「小夜子さん、遅いなあ」
源蔵「このっ……(振りかぶる)」
吾郎「おかしいなあ(振り返る)ーーあっ!」
源蔵「えいっ!」
吾郎「う、うーん……や、やられた……(両手を源蔵の方へ伸ばす)」

月のない夜ーー深夜の惨劇を見ていたのは柳の木ばかり。源蔵は証拠隠滅とばかりに吾郎の体を川に投げ込んだ!ーー翌日遺体となって発見された吾郎の葬儀が、源蔵の肝煎りで厳かにそして盛大に営まれた。(葬送の列。源蔵と小夜子もいる)縁(えにし)こそ結ばれなかったものの、愛する人のお葬いをしてほしいという小夜子のたっての願いを聞き入れた父であった。
さてーーその夜も更けて
T草木も眠る丑満時ーー
お寺の鐘がーー陰にこもってものすごく響き渡るーー
精進落としの席でしこたま飲んだ御仁、お土産をさげてフラフラとーー

男性「ありゃりゃーー道に迷ったかな……(卒塔婆に気がつく)南妙法蓮華経何妙法蓮華経」
吾郎「ううん、どうも寝付けないな。枕が変わったからかしら。うーん、これでどうだ?ん?ん?違うか。じゃあ(逆さに成る)こうか?これがいいのか?うん、だいぶいい」

吾郎、枕が変わると眠れないタイプ。
(卒塔婆が揺れる)

男性「ん、ん、なんだ何だ?」

吾郎の墓所から夜目にも白い煙が立ち上りーー

男性「ひゃ、ひゃあ!南妙法蓮華経南無妙法蓮華経お、お助け〜っ!」

(卒塔婆、ぐわんぐわん揺れる)

男性「ひゃあ!おお、お助け〜っ!」

(墓穴から手が!)

男性「わ、私が悪うございました!これからは心を入れ替えて……」
吾郎「(顔を出して)ここは……?」
男性「で、ででで出た〜っ!(腰を抜かす)」
吾郎「(男性に近づきながら)あの〜、ちょっと、すみません〜」
男性「くく、来るなーっ、いや、来ないで!(逃げようとする)」

(吾郎の手に羽織を残して逃げる)

吾郎「ここは、どこなんだろう?(お土産の折りに気付く)あっ!」

三途の川で迷っている間じゅうずっと何も口にしていなかった吾郎。(すごい勢いで箱の中の食べ物をむさぼる)

吾郎「(食べながらあたりをキョロキョロ)それにしてもずいぶん寂しいところだなあ。お化けでも出てきそうだ(お茶をグビグビ)んんっ!しゃっくりが(しゃっくり止まらない)やあ生き返る心地がするなあ(立ち上がり)」

(蝙蝠傘で身を隠しながら歩き出す)何が何だかわからないながら、ひとまず歩き出した吾郎。(寺の門を出る)(バス停でバスを待つ人々)

吾郎「あ、乗合だ!」
バス運転手「ささ、乗って乗って!出発しますよ!」

五郎、とりあえず乗合バスの後ろに張り付いた

乗客「わわっ、なんだー!」
バスガール「運転手さん、後ろにーー」
乗客「助けてくれーっ!(窓から逃げようとする人々)」

車内大混乱のまま柱に激突!

吾郎「ずいぶん乱暴な運転だなあ(バスの天井から降りて)でも助かった(ちょっと驚いて、去る)」

(暗転)吾郎が向かったのは、愛する小夜子の家ーーといっても、吾郎はそれに気づいてはいない。何か本能のようなものが彼をしてこの家に向かわせたのであったーー(行燈の蝋燭が消える)(蚊帳の中、眠っている小夜子)

吾郎「(寝顔を見ている。でもわかっていない)ああ、喉が渇いた……(蚊帳をめくって)ちょっと拝借(水差しを手に取る)(白湯を飲む)ーーあっ」
小夜子「(寝返りを打つ)うーん」
吾郎「あっ!小夜子さん!(水差しを落とす。割れる)」
小夜子「(目を覚ます)あっ、何?」
吾郎「小夜子さん」
小夜子「ーー誰っ?(立ち上がって蚊帳にしがみついて)誰かーっ(気を失う)」
源蔵「(目を覚ます)ん、小夜子の悲鳴!(枕元の刀を取って)」
吾郎「あらら、小夜子さん、小夜子さんーーどうしようどうしよう(去る)」
源蔵「(やってきて)小夜子?(蚊帳を取る)どうした小夜子!大丈夫か?」
小夜子「お父様……」
吾郎「(骨格模型のかげからのぞく)どうも」
源蔵「おおっ、お前は!」
吾郎「どうも、帰って来ちゃいました。あははは」
源蔵「(後ずさる)ーーT野郎っ!迷うたな!」
T吾郎「これが迷わずにいられるか!」
源蔵「ーー(手を合わせて)す、すまん、勘弁してくれ。どうか成仏してくれ」
T吾郎「成仏するから、娘を寄越せ!」
源蔵「なに?」
吾郎「(模型の手を持って)ほれほれ、寄越さないと末代まで祟ってやるぞ」
源蔵「ふ、ふざけるな!(小夜子を抱き抱え、刀を手に)小夜子はやらん!」
吾郎「ちょ、ちょっと、そんな物騒なもの!」
源蔵「だからな、成仏してくれ、な、頼むから」
吾郎「そんな……」
源蔵「ええい、ワシが引導を渡してやる(追いかける)」

(源蔵と吾郎の立ち回り)

吾郎「誰かーっ!助けてーっ!人殺しーっ!」
源蔵「うるさい、お前はもう死んでいる!もう一回死ねっ!」
吾郎「そんな無茶な!」

(吾郎の長い帯に巻き取られて倒れるふたり)

吾郎「(起き上がって源蔵の顎を)ほーれほれほれ」
源蔵「ワシは猫じゃないぞ!」

再び立ち上がり対峙する吾郎と源蔵。

吾郎「(長押の薙刀を取って)さあ来い!」

これぞ法蔵院流薙刀の極意ーーかどうか、見事源蔵の足を払った吾郎。

源蔵「うぬぬ……小癪な!」
吾郎「わわわ、すみません!」
源蔵「待てっ!(帯の端を摑んで引き寄せる)」
吾郎「えいっ!(帯を斬る)」
源蔵「待てーっ!」

我に返った吾郎、元々乱暴なこととは無縁の性格、お互い刃物を持ったこの状況が恐ろしくなった。(吊り灯籠にぶら下がる)

吾郎「目が回るっ!」
源蔵「こいつめ!(斬られた帯を首にまいて)こうしてやる!」
吾郎「く、く、苦しい!し、し、死ぬーっ!」
源蔵「死ねーっ!」
吾郎「く、くく(源蔵の顎を)こちょこちょこちょ」
源蔵「(猫のように)ゴロゴロゴロニャー」
吾郎「いまだ!(逃げる)」

石灯籠をはさんで逃げる吾郎と追う源蔵。(暗転)命からがら古谷邸から逃げ出した吾郎。(トボトボ歩いている)

吾郎「(スコップを担いでいる)ちくしょう……(自分の墓穴に入る)小夜子さんと一緒になれないのなら、もう一回死んでやる!(穴を掘る)(手を合わせ)さようなら……」

と、そのとき現れたのはーー(子供を抱えた石川五右衛門)

石川五右衛門「おいおい、吾郎(吾郎を墓穴から引きずり出して)待て待て待て、しばらく、あ、しばらく〜っ!Tはやまるな吾郎。短気は損気だぞ!」
吾郎「あ……あなたは……誰ですか?」
石川五右衛門「わはははは、いやお前は知らんだろうがT俺はお前の先祖石川五右衛門の亡霊だ」
吾郎「ええ?あの大泥棒の?石川五右衛門がーー僕のご先祖様?」
石川五右衛門「そうだ。吾郎ーーTお前の悩みは必ず救ってやるぞ」
吾郎「ほ、本当ですか?ご先祖様!」
石川五右衛門「うむ、本当じゃ。安心して待っておれ」
吾郎「ありがとうございますご先祖様、どうぞよろし……(五右衛門いなくなる)あれ?ご先祖様?ご先祖様?どこへ?」

(暗転)さてーー古谷邸では、死んだはずの恋人が現れてあまりに驚いたのか、小夜子はひどい熱を出して寝込んでしまった。(甲斐甲斐しく看病する源蔵)折りからの生暖かい風が木々を揺らしーー

源蔵「……(ふと外に目をやる)気のせいか」

(地面)(源蔵、キセルを燻らせて)

源蔵「まさか、あいつ……」

源蔵の脳裏に浮かんだのは、話に聞く丑の刻参りーー

源蔵「いやいや、まさか」

(琴の柱(じ)が落ちる)

源蔵「な、なんだ……?(キョロキョロ)」

とーー(仏壇の位牌が落ちる)

源蔵「あいつ、またノコノコと帰って来やがったのか?(刀を持って)」

油断なく歩を進める源蔵。(木魚が落ちてコロコロ奥に転がって行く)

源蔵「あっ!(後ずさる)だ、誰だ?」

 そこに現れたのはーー(釜の蓋が開いて、煙と共に子供を抱えた石川五右衛門)

源蔵「わわっ!だ、だ、だ誰だっ!(ふと横を見る)」

(ガマが歩いている)

源蔵「わあっ!た、助けて……!」

(長押に蛇)

源蔵「ひゃあっ!」

石川五右衛門「(子供おろして)古谷源蔵、ずいぶんと勝手なことをしてくれたな」
子供「ちょん切っちゃいなよ」
石川五右衛門「ふふん、このようななまくら刀などいらぬよ(飴のように曲げて投げ捨てる)」
源蔵「な、なんとーー(薙刀を手に)ええいっ!(先が折れる)ああっ!」
石川五右衛門「なんじゃ、撫でられたほどにしか感じぬわ」
源蔵「お、畏れ入りましたーー!」
石川五右衛門「わははははは!」
源蔵「どうぞご勘弁くださいまし、どうか命だけは……」
石川五右衛門「わはははは。これ源蔵!T貴様は吾郎をこの石川五右衛門様の末裔と知ってひどい目にあわせたのか?」
源蔵「ええっ!い、石川五右衛門ーー様でございますか?」
石川五右衛門「うむ。そうじゃーーん?(寝込んでいる小夜子を見る)うむ、わが末裔が惚れたことだけはある。なかなかの別嬪ではないか」
子供「まただよこのオヤジはーー(刀でお尻を)こら!」
石川五右衛門「いたた!これ、何をする?わかっておるわ(源蔵に近づいて)さて源蔵ーー吾郎は小夜子と一緒になりたいというておるそうじゃがーーTそれとも俺の末裔では娘の婿に不足だとでもいうのか?」
源蔵「そ、そんな、滅相もございません」
石川五右衛門「そうかそうか……(立ち上がり)ではーー(小夜子を抱きかかえて)」
源蔵「あのーー五右衛門様、娘は具合がーー」
T石川五右衛門「娘はたしかにもらって行くぞ」
源蔵「そ、そんな、ちょっとお待ちください!」
石川五右衛門「(源蔵を蹴って)ええい、しつこい!T娘が欲しかったら、俺の法事をしろ。必ず立派な婿をつけて返してやる」
源蔵「へ、へへーっ(土下座)」
石川五右衛門「(小夜子を抱えてお釜の中へ)きっと立派な法事をするのじゃぞ。おい、子供!」
子供「え、もう行くのかい?(食べ物を持って立ち上がる)」
源蔵「あ、それはーー」
子供「うるさい、これはもらって行くぞ(蹴る)」
石川五右衛門「(子供を右手で抱え)では、頼んだぞ!わはははは(消える)」
源蔵「小夜子……」

(暗転)(木魚)さて、源蔵は早速坊主を呼んだり仏壇を新たに誂えたり、諸事万端整えてーー
T石川五右衛門三百三十九回忌供養

源蔵「小夜子……(涙を拭う)帰って来ておくれ」

するとありがたいお経の効験か、お釜の蓋がいきなり開いてーー
(吾郎と小夜子の晴れ姿)

坊主「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経……」
吾郎「どうもみなさん、ありがとうございます(投げキス)(源蔵を見て)……どうもお義父さん」
源蔵「何だと?お前にお義父さんなんて呼ばれる筋合いは……!」
T小夜子「いいのよお父さん、私たちはもう結婚したのよ」
源蔵「(のけぞる)ええっ!さ、小夜子ーーTお、お前、お化けと夫婦になったのか?」
小夜子「まあお父さんったら、お化けですって」
吾郎「いやだなあお義父さん、違いますよ」

(次の瞬間お釜から出ているふたり)

吾郎「(坊主に)どうも、ありがたいお経をありがとう」
坊主「はあ……どうも」
T石川五右衛門(声)「わしは満足じゃぞよ
坊主「どういたしまして(お辞儀)」
吾郎「小夜子さんーー(ひざまづいて)ご先祖様!」
T石川五右衛門(声)「達者で暮らせよ」
源蔵「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経……」
T吾郎「ご先祖様!」

(お釜に入ろうとする吾郎)浜の真砂は尽きるとも世に恋愛の種は尽くまじーー偉大なるご先祖さまの助力によって、晴れて愛する小夜子と夫婦になった吾郎。斎藤寅次郎監督作「石川五右ヱ門の法事」これにて全巻の終了であります。