昭和三年阪東妻三郎プロダクション


喧嘩安兵衛

監督 湊岩夫、横溝雅弥
出演 阪東妻三郎、安田善一郎、中村吉松

T大江戸の華、喧嘩!

江戸は小石川・堀内道場の四天王といわれた中山安兵衛は大の酒好き。
(安兵衛、天井の飾りをもぎ取って投げつける)
しかし腕は立つものの、しがない浪々の身のため、たえず手元不如意でありました。
(安兵衛、酒樽を抱える)

安兵衛「むむむー」

(うろたえるヤクザたち)(抱えたまま外に出る安兵衛)

親分「な、ななな、何をしようってんだ」

(酒樽を持ち上げる)

安兵衛「んぬ!どうだ!」
親分「(逃げる)うわあ、勘弁してくれー!」
子分「わはははは、ビックリしてやがる!」
親分「なんだ?」
子分「中はからっぽだよ!驚いたかこの野郎!」
親分「からっぽだと?」

酒は飲みたし金はなし。そこで、酒場で喧嘩をふっかけて、タダ酒をくらおうという算段。

安兵衛「(親分の胸ぐらを掴んで)おい!どうだ、まいったか!」
酒屋の主人「ちょ、ちょっと、安っさん、困りますよう、店がめちゃくちゃだあ」
T安兵衛「やい亭主、勘定はこの瘤の親分からもらっておけ。いいな、親分?よし、それは次の店行くぞ」
子分「へえ」
安兵衛「じゃあな」

Tこうしてくる日も来る日も酒を飲むために喧嘩を探して歩いた。
秋に入ったある日。寝ている安兵衛のところに、長屋のお勘婆さんがやってきた。

お勘婆さん「安さんや、安さんや」
安兵衛「んん?なんだ婆さんか。起こすない」
Tお勘婆さん「お前さんの留守中に青山の伯父さんからだといって若党さんが手紙を持ってきて、ぜひ会いたいといってたよ。ちょっと待っとくれ、手紙持ってくるからね」
安兵衛「手紙か……」
お勘婆さん「ささ、これだよぅ」
T安兵衛「(手紙を持ってきた婆さんに)見なくとも知れてらあ。寝ながら読むから見えるところに貼っといてくれ」
お勘婆さん「ええ、まだ寝るつもりかい?仕方ないねえ、まったく」

一方こちらは戸塚村の高田馬場。大勢の相手に囲まれて刃を交えているのは、安兵衛の伯父菅野六郎左衛門。
(駆け込んでくる若党)

惣平「旦那様!旦那様!T旦那様、惣平がお助太刀つかまつりまする」
菅野六郎左衛門「おお惣平か」

(主従ふたりで多勢に立ち向かう)(背中合わせになるふたり)

T菅野六郎左衛門「惣平、安兵衛にしかと手渡しいたしたか」
惣平「旦那様、それが……T若旦那さまはご不在でございました」

そのころ安兵衛ようやく起き上がり、壁に貼られた書状に目をやります。(安兵衛、読む)

T手紙「昨日御前において、武道の試合これあり。そのみぎり図らずも村上兄弟と争いを生じ、先方より果たし状をつけられそうろう」
T安兵衛「何っ果たし状!」

(安兵衛起き上がり、手紙を手に取る)

T手紙「拙者も武道の手前、かく老年に及びそうらえども、このままにもやみがたくーーT元より死を賭して高田馬場へまかりこし、運を天に任せ今日正(しょう)九つを期し、真剣勝負をいたす覚悟にござそうろう」
安兵衛「伯父上!」
Tお勘婆さん「安っさん、喧嘩はどこだ!」
T安兵衛「高田馬場へ、安兵衛が屍の山を積みに行くのだ!」
お勘婆さん「そんな、安っさん!」
安兵衛「ええい、どけ!」

愛刀関の孫六ひっさげて、血相を変えて韋駄天走り。
途中立ち寄ったくだんの酒屋で。

T安兵衛「亭主、水だ!」
酒屋の主人「へ、へい、どうぞ」
安兵衛「(ひと息に飲み干して)すまん!」

(再び走り出す安兵衛)

T中間「無礼者!」
安兵衛「これは……」
T中間「武士たる者のお道具を乱し、無礼でござろう」
T安兵衛「それは……伯父にあたるもの、ついこの先にて果たし合いをいたし、相手の武士は多勢とのこと、時刻遅れて駆けつけしそれがし、心急くまま無礼の段、幾重にもご容赦くだされ」

それを聞いておりましたのが、浅野家家臣堀部弥兵衛。

T弥兵衛「お見受け申せば何のご用意もなきご様子。(中間に)それ」
中間「は、承知いたしました。これを」
安兵衛「かたじけない。頂戴いたします」

弥兵衛の娘が着物のしごきをタスキがわりに渡します。

女中「どうぞお使いください」
安兵衛「これはかたじけない」
娘「(気づいて)あの、私の簪をお守りがわりに」
安兵衛「ご恩は決して忘れませぬ。(土下座して)では、ごめん!」
弥兵衛「天晴れ天晴れ」

安兵衛、再び目指すは、高田馬場。

野次馬「おいおいおい、今走ってったなあ喧嘩安じゃねえか」
野次馬「本当だ、安っさんだ!」

同じ頃、高田馬場。多勢に無勢、次第に追い詰められて行く菅野六郎左衛門主従。(安兵衛韋駄天走り、追いかける野次馬たち)

野次馬「喧嘩だ喧嘩だ!」
野次馬「安っさんの喧嘩だぞ!」

ついに高田馬場に到着、しかし、哀れ菅野六郎左衛門、若党惣平、ともに村上兄弟の手にかかり、無残な最期をとげておりました。

安兵衛「伯父上!……T安兵衛一足早かりせば、かくむざむざとお最期をさせまじきものを……伯父上!惣平!」

(中津川友範)

T安兵衛「中津川友範!村上兄弟!伯父上の仇!惣平の仇!中山安兵衛武庸(たけつね)が相手をいあたす。馬庭念流きたえの切っ先、受けてみろ!」

ずい、と前に出てまいりましたのは村上兄弟。

T庄左衛門「その方が伯父を仕留めたるは、かくいう村上庄左衛門じゃ」
T庄九郎「同じく弟、庄九郎!参れ!返り討ちだ!」
野次馬「安っさん行けー!」
野次馬「喧嘩安負けるなー!」

(安兵衛刀を抜く)(取り囲む村上勢)(中津川、睨む)
時に元禄七年二月十一日、これが、のちに三大仇討ちのひとつにも数えられる高田馬場の仇討ちであります。
(中津川、前に出て行く)
関の孫六閃くところ、血煙立って次々倒れて行く村上勢。
たちまちのうちに屍の山を築く安兵衛。
(中津川友範と安兵衛の一騎打ち)

中津川夕範「うぬ、小癪な!」

かくして、後の世に忠臣義士として名を残す、中山安兵衛武庸、高田馬場にて仇討ちを果たし、見事武士の本懐を遂げたのであります。(中津川の構え)映画一巻の終わり。