1920年
「カリガリ博士」
The Cabinet of Dr. Caligari

カリガリ博士 ヴェルナー・クラウス
眠り男ツェザーレ コンラット・ファイト
ジェーン リル・ダゴファー
フランシス フリードリヒ・フェーヘル
彼の友人アラン ハンス・ハインツ・フォン・トワルドフスキー
オルセン博士 ルドルフ・レッティンゲル

脚本 カール・メイヤー、ハンス・ヤノヴィッツ
美術 アルフレート・クビーン
撮影 ウィリー・ハマイスター
製作 エリッヒ・ポマー
監督 ロベルト・ヴィーネ

【前説】これからご覧いただきますのはロベルト・ヴィーネ監督「カリガリ博士」です。1920年代にベルリンで最盛期を迎えたドイツ表現主義を代表する映画といえます。日本公開は1921年で、浅草のキネマ倶楽部で見た谷崎潤一郎は「この数年来見たもののなかでは傑出した写真であった」と書き、またその批評文を読んだ佐藤春夫も「今まで観た物のうちでも、文字通りに芸術映画といえるのは、まああれくらいのものだろう」といっています。ドイツの架空の都市を舞台に、見世物小屋の眠り男をめぐる恐ろしい事件と、その事件に巻き込まれた青年の告白で綴るホラー映画であります。脚本のひとりハンス・ヤノヴィッツは、この映画のアイディアをあるカーニバル会場にいた奇妙な男から思いついたといっています。また、主人公フランシスが恋をするジェーンには実在するモデルがおり、彼女は占い師に早逝の予言をされて亡くなっているそうです。当時の映画には割と直線的な物語が多かったのですが、本作では非常に複雑な構成になっています。個人的には初めて本作を見た時、日本の作家夢野久作「ドグラマグラ」を連想しました。

T A TALE of the modern re-appearance of an 11th Century Myth involving the strange and mysterious influence of a mountebank monk over a somnambulist.
Tこれはーー夢遊病患者を操る見世物師が巻き起こした、恐ろしくも不可思議な事件ーーそれはまた、11世紀イタリアに伝わるある伝説に取り憑かれた男の物語でもあった。
(病院の庭に並んで座る男たち)

T “Spirits surround us on every side — they have driven me from health and home, from wife and child.”
T教授「いいですかフランシス君。我々は常に霊魂に取り巻かれていますーー私はそのせいで、日常生活からも家族からも引き離されてしまったのです」

(奥から白い洋服の女性が歩いてくる)(嬉しそうなフランシス)

フランシス「あっーージェーン!」
ジェーン「(黙って通り過ぎる)」
フランシス「ジェーン」
T”My betrothed…”
Tフランシス「(見送って)彼女は、僕の許嫁のジェーンです。以前は明るくて社交的な若い女性でしたがーー今は残念ながら……それにはワケがあるのです。先生ーー
T”What she and I have experienced is yet more remarkable than the story you have told me. I will tell you…”
T僕と彼女が体験したことは、今先生が私に話してくださったことよりも驚くべき話です。それをこれからお話ししましょう」

(歩いているジェーン)

T” In Holstenwall, where I was born…”
Tフランシス「僕は、ホルステンウォールという街で生まれました」

(山の中腹)

T”…a travelling fair had arrived.”
Tフランシス「街で年に一度のお祭りの季節、旅芸人たちがたくさんやって来ていました」

(フランシスと教授)

T”With it, came a mountebank…”
Tフランシス「その中にーーひとりの山師がいました。その男はカリガリ博士と名乗っていました」

(カリガリ博士、出てくる)

T”My friend, Alan…”
Tフランシス「ところで、僕にはアランという友がいました」

(ここからの語りはフランシスである)(コンを詰めて読書しているアラン)彼は幼いころから勉学一筋という大変真面目な若者でしたが、その彼でさえふとした瞬間に祭りとそこに集まる人々の騒めきに、つい耳をそばだててしまうのでした。
(アラン、窓から外を覗く)

アラン「祭りか……そうだ、たまには気分転換もいいかもしれない。フランシスを誘って出かけよう」

(アラン、外套を来て帽子を手に)外に出た彼は、早速一枚のチラシを手にしました。そこにはこんな文字が踊っていたのです。

Come to the
HOLSTENWALL FAIR!
WONDERS!
MARVELS!
MIRACLES!
SIDESHOWS — ALL NEW
年に一度のお祭りへ!
奇妙にして驚異!
奇蹟の数々!
ご当地初お目見えの見世物小屋!
(アラン、フランシスの部屋へ)

T”Come, Francis — let’s go to the fair.”
Tアラン「フランシス、どうだい、お祭りに行かないか?」

いつになく子供のような昂りをみせるアランの声に、僕は笑ってうなずいたのでした。(ふたりが奥から手前へ歩き去る)(カリガリ博士がやってくる)

カリガリ博士「(ひとりの紳士を呼び止めて)少々お尋ねいたしますが、町役場はこちらでよろしいですかな?」
T”The Town-Clerk is in a bad mood today.”
T役人「ええそうですよ。しかし今日はまた日が悪い。どうも今日の書記さんは特別ご機嫌ななめでしてね。ところであなたはーー?」
カリガリ博士「私はこういう者です」

Dr. Caligari

役人「カリガリ博士ねえ……さあどうぞ(案内して役場の中へ)こちらが書記さんです」
カリガリ博士「失礼いたします。あのーー」
T”Wait!”
T書記「そこで待っているように」
カリガリ博士「ああ……はい……では(座る)うむーーそろそろよろしいかなーーあのぅ、私は」
T”Sit Down fool!”
T書記「待っているようにいったはずですが?聞いていなかったのかね?」
カリガリ博士「ああ……これはどうも……(座る)」

(書記、椅子から降りる)(忙しそうに書類を抱えて歩き出す)

カリガリ博士「あの、もしーー」
書記「なんですか、私は忙しいんだ!」
T”I want a permit to operate my concession at the Fair.”
Tカリガリ博士「祭りでの見せ物小屋の営業許可が欲しいのですが」
T”What kind of a show is it?”
T書記「見せ物をやりたいって?どんな?」
T”A Somnambulist.”
Tカリガリ博士「眠り男の見せ物です」
T”FAKIR!”
T書記「は!ーーファキール!この人に書類を渡してくれたまえ」
役人「さ、どうぞーー」
カリガリ博士「馬鹿にしおって……っ!」

(暗転)何しろ田舎のことですからーー人々は娯楽に飢えていました。お祭りの会場では、大人も子供も物珍しそうにキョロキョロしています。(上手から出てくるカリガリ博士)(ゆっくり会場を見回しながら歩く)誰もが、お祭りの空気に浮かれ立っていました。あの謹厳実直なアランがはしゃぐのもわかります。僕自身も、心が逸るのを止められませんでした。(小屋から巻取り式の看板を手に出てくるカリガリ博士)

カリガリ博士「さあみなさんいらっしゃいいらっしゃい!
T”Step up! Step up! See the amazing CESARE, the SOMNAMBULIST!”
Tカリガリ博士「(鐘を鳴らしながら)このたびご当地ホルステンウォールにまかり越しますは世にも奇妙な眠り男、ツェザーレの不思議の技をご覧じろ!いらっしゃいいらっしゃい!」

T That night the first of a strange series of murders occurred.
Tその夜ーー恐ろしい連続殺人の最初の事件が起きたのです。
(死体を覗き込んでいる警官)
T …and the first victim was the Town-Clerk.
被害者は、役場の書記ということでした。(暗転)そんなことなどまったく知らないまま、僕とアランはお祭りの雰囲気にすっかり酔いしれていました。

アラン「やあ、フランシス、あれをご覧よ!」

(カリガリ博士の口上)

T”Step up! Step up! Cesare who has slept for 25 years is about to wake. Don’t miss this!”
Tカリガリ博士「さあ紳士淑女のみなさん、御用とお急ぎでない方はよおく耳を傾けてお聞きあれ。これなるツェザーレは、なんと四半世紀、25年ものあいだ目を覚さないという奇妙極まりない人物である!さあどうぞお入りください(入り口の幕を上げる)さあどうぞ、お題は見てのお帰り」
アラン「面白そうだ。入ってみよう!」

(暗転)それはーー
T The cabinet of Dr. Caligari.
カリガリ博士の箱と名付けられた見せ物でした。

カリガリ博士「長らくお待たせいたしました。さあみなさん、これよりご覧に入れまするは、神秘なる造化の妙か神の下したまいし不思議の御業(みわざ)か、眠り男ツェザーレ!(幕の一部が上がる)(箱を指し示す)これなる特製の箱の中で眠ることなんと25年!(箱の蓋を開ける)(中に眠るツェザーレ)それが吾輩が命じればたちどころに深き眠りより醒めるのであります。
T”Wake up, Cesare! I, Caligari, your master, command you!”
さあツェザーレ、目覚めよ!我が名はカリガリ、お前の主人である。今我はお前に命ずる。さあ目覚めるのじゃ!」

箱の中で眠っていた男ーー眠り男ツェザーレは目を開きました。そして、ゆっくりと箱の中から出て来ました。

アラン「……」
T”Ladies and gentlemen! Cesare knows all secrets. Ask him to look into your future.”
Tカリガリ博士「(帽子をとってお辞儀)さて紳士淑女のみなさん、このツェザーレの不思議の御業ーーそれは予言であります。どなたか、ご自身の運命を知りたいという方はいらっしゃいませんか?」
アラン「よし、僕は聞いてみるよ」

僕はアランをとめました。しかしーー

T”How long shall I live?”
Tアラン「(前に出て)僕はいつまで生きていられるだろう?」

それはーーほんの酔狂で口にした質問のはずでした。しかしーー

T”The time is short. You die at dawn!”
Tツェザーレ「残された時間はわずかーー夜明けまでにお前は死ぬ」
アラン「そんなーーばかな!」

それは、なんという恐ろしい予言だったでしょう。僕はアランの体を支えながらその場を去るのが精一杯でした。(街灯に火を入れる男)ふと見ると、
MURDER REWARD
殺人犯逮捕に貢献したる者に懸賞金を授与する旨のビラがーー
ちょうどそのとき出会ったのが、ジェーンでした。ジェーン……我らのマドンナ、高山に咲く可憐な花のように我らの心をとらえて離さない麗しの君。(3人連れ立って帰る)(暗転)さてーー夜も更けて、人の波もゆっくり引き始めた頃合いーー(暗転)
T On the way home…
T帰り道ーーようやく落ち着いたアランと僕は、ジェーンを家まで送り届けてーー

T”Alan, we both love her, but no matter how she chooses, let us remain friends.”
Tフランシス「アラン、僕たちはジェーンを愛している。だけど、彼女が誰を選ぼうが、僕たちの友情は変わらない」
アラン「もちろんだとも」

二人は、固い握手をして別れました。(暗転)
T Night…
そのよるーー
(ベッドに横になっていたアランが、何者かに気付く)

アラン「お、お前はーー来るな!やめろ、やめてくれーっ!」

(壁にふたりの影)もつれ合う影。一方の影の手には怪しく光るナイフがーー(アランの家の家政婦がフランシスの家に駆け込んで来る)

T”Mr. Francis! Mr. Francis! Master Alan is dead — murdered!”
T家政婦「フランシス様!大変です!ご主人様が!アラン様がーーお亡くなりにーーおおっ、誰かに殺されてしまいました!」
フランシス「なんだって?そんなーー」

そのときの驚きといったら、どれほど言葉を尽くしてもいいあらわせないものでした。アランが?僕の親友が?殺された?

フランシス「すぐに行く。アランに合わなければ!」

そこに横たわっていたのは、我が友アランの惨たらしい骸でした。このようなひどいことが出来る者がこの世にいるとはとても思えないーーいや、そこで僕ははたと思い当たったのです。

T”The prophecy of the Somnambulist!”
Tフランシス「あの眠り男の予言が当たってしまったのか……?」

(暗転)いや、そのようなことがあるはずはない。僕は早速警察署に向かいました。そして、眠り男ツェザーレがアランに死の予言をしたこと、その予言のとおりに彼が死んだーーいや、殺されたことを警官に伝えました。

T”There is something frightful in our midst!”
Tフランシス「この街でなにか恐ろしいことが起きています」

(上司を連れてきた警官)しかしーーショックのあまり興奮して捲し立てる僕の話を警官たちはまともに聞こうとはしませんでした。それも当然かもしれません。僕はただの学生なのですから。(階段を降りて行くフランシス)

ジェーン「フランシス!(駆け寄る)どうしたの?」
フランシス「ジェーン……何がなんだか、僕にはわからない。アランがーーアランが殺されてしまった……」
ジェーン「ええっ?アランが……?そんなーー殺された?」
フランシス「そうだ。あのカリガリ博士という男が知っているに違いない」

僕は、ジェーンの父で大学教授であるオルセン氏に打ち明けることにしました。オルセン教授は、僕の話を最後まで聞くとーー

T”Your suspicion of the somnambulist seems justified. I shall ask the police for permission to examine him.”
Tオルセン教授「なるほどーー眠り男に対する君の疑いは至極もっともだ。警察にいって、彼を調べる許可をもらうことにしよう」

T When the shadows lay darkest…
T 夜が一段と暗さを増す時刻ーー
(一人の男があたりをうかがいながら一軒の家に入って行く)

T”Help! Help! It is he! The Killer!”
T老婆「誰かーっ!助けて!人殺しよーっ!」
警官たち「待てーっ!大人しくしろ!人殺しめ!」
男「やめろ、俺は何もやっちゃいない!離せ!」

(小屋の中で、眠り男に食事を与えようとしている博士)

カリガリ博士「(眠り男の半身を起こして)さあツェザーレよ、食事の時間だ」

街で新たな事件が起きていたことなど知らない僕たちは、カリガリ博士の見世物小屋を訪れました。(小屋の前まで来て、ドアを叩くフランシス)

カリガリ博士「こんな時間に誰だ?(棺を閉め)なんの御用ですかな?」
オルセン教授「これは警察からもらった許可証です。眠り男ツェザーレを調べさせてもらいたい」
カリガリ博士「それはーーいいでしょう、どうぞ」
オルセン教授「では(中へ入る)」

(連行される男)田舎の小さな街は、身の毛もよだつ連続殺人事件に、眠ることもできず騒然となっていました。

警官「お前は、町役場の書記、アランという学生を殺したうえ、三人目に手をかける前に捕まったのだ。当然の報いを受けるがいい。さあ連れて行け」

(カリガリ博士の小屋)

オルセン教授が眠り男を調べましたがーー彼は深い眠りについている状態で、眠り続けているということ以外、なんら異常なところは見られなかったのでした。

T”Wake him!”
Tオルセン教授「彼を起こしてもらいたいのですが」
カリガリ博士「さてーーそれはなかなか難しいですな」

そのとき、僕を呼ぶ声がしました。渡された号外にはーー

T HOLSTENWALL MURDERED CAUGHT
Attempts Third Killing
T ホルステンウォール連続殺人事件解決さる!犯人ついに逮捕!

オルセン教授「うむーー警察に行って詳しい話を聞くとしよう」
カリガリ博士「(帽子を取って)ご苦労様でした」

結果的に、カリガリ博士と眠り男の疑いは晴れたのでした。
(小屋の中に入って行く)
T Anxious about the long absence of her father…
T さてーーオルセン教授は、ジェーンには何も告げず家を空けていました。そのため彼女はとても心細い気持ちを抱えていたのです。(ジェーン立ち上がる)一方、僕は警察署で犯人とされる男と面会をしていました。

フランシス「全部君がやったんだね?」
T”It’s true that I tried to kill the old woman…”
T男「あの婆さんを殺そうとしたのは間違いない。
T”…and I thought they would blame the mysterious murderer again…”
例の殺人犯のせいにしようと思ってたが、殺す前に捕まっちまった。
T”…but I swear I had nothing to do with the two other murders, so help me God.”
誓っていうが、ほかの二人はーーいや、俺は誰一人殺しちゃいねえ」
フランシス「……やはり、カリガリ博士があやしい」

(暗転)(歩いているジェーン)その頃、ジェーンは不安のあまりあるところに向かっていたのです。(階段を降りる)それはーーあのカリガリ博士の見世物小屋でした。

カリガリ博士「(出て来て)何か御用ですかな、お嬢さん?」
T”I thought I might find my father, Dr. Olsen, here…”
Tジェーン「(一瞬はっとするが)私の父、オルセン教授がこちらに伺っていないかと思いまして……」
T”Oh, yes — the doctor. Won’t you come in and wait for him?”
Tカリガリ博士「なるほど。教授はまもなくお見えになるかもしれませんな。では中でお待ちになりますか?」
ジェーン「そうですか……では(中へ入る)」
カリガリ博士「いやそれにしても、お嬢さん、よいところにおいでになりましたぞ。この眠り男、これを見逃せば一生見ることは出来ますまい。(棺の蓋を開ける)さあ、よっくご覧じろ」
ジェーン「……!」
カリガリ博士「いかがかな?25年ものあいだこんこんと眠り続けるツェザーレですぞ。この男には不思議な予言の力がございます。あなたも何か、お知りになりたいことがありますかな?」
ジェーン「……いえ……結構です!(逃げる)」
カリガリ博士「ははははははは」

(暗転)
T After the funeral…
T アランの葬儀がしめやかに執り行われました。僕とジェーン、そしてオルセン教授は、アランのことを話しながら歩いていました。(暗転)
T Night again…
そして再び、夜が訪れました。
(階段を降りる)僕にはやはりあのカリガリ博士と彼の眠り男のことが気になってしようがありませんでした。そこで、あの見世物小屋に忍び込んで、彼らが持つに違いない恐ろしい秘密を暴いてやろうと思ったのです。(見世物小屋の窓からのぞく)博士もツェザーレも確かに眠っているようでした。(壁伝いに歩いているツェザーレ)しかしそのころーー(ジェーンの寝室。眠っている)(窓から覗き込むツェザーレ)(中に入ってくる)(近づいて、ナイフをかざす)

ツェザーレ「なんと……美しい……」
ジェーン「(目覚める)あっ!誰なの!あなたはーー」
ツェザーレ「静かにしてくれ、どうか!」
ジェーン「助けて!助けて!人殺し!」
ツェザーレ「黙れっ!(ジェーンを抱え上げて)」
ジェーン「お父様っ!」
オルセン教授「む、ジェーンの声だ!」
ジェーン「助けてーっ!」

(ジェーンを抱えて逃げるツェザーレ)(寝室に駆け込んでくるオルセン教授)

使用人「お嬢様が!」
オルセン教授「ああ、ジェーン!(ベッドに倒れ込む)」

(窓から外を指差す)

使用人「あそこです!あそこに抱えられているのは、お嬢様に違いない」

(屋根の上を歩いて渡るツェザーレ)それはーーツェザーレでした。カリガリ博士の見世物小屋の箱の箱の中で眠っているはずの、眠り男ツェザーレでした。(眠っているカリガリ博士)(逃げるツェザーレ)(追うオルセン教授たち)しかし、さしもの眠り男も、大人の女性を抱えて逃げ続けることは出来なかったのです。(ジェーンを捨てて逃げる)

オルセン教授「ジェーン!」
警官たち「待てーっ!」

(逃げるツェザーレ)(力尽きて倒れる)

フランシス「今夜は何も起こることはないだろう」

結局カリガリ博士も眠り男も、なんの怪しい動きも見せなかったので、僕は帰ることにしましたーーが、

フランシス「(入って来て)ジェーン!ジェーン!」
ジェーン「(ゆっくり気づくと起き上がり)私は……?」
フランシス「いったい何があったんだい?」
T”CESARE!”
Tジェーン「ツェザーレ!そうだわ、あの眠り男がーー」
T”It can’t have been Cesare. I’ve been watching him for hours, asleep in his box.”
Tフランシス「ツェザーレだって?そんなーーそんなはずはない。僕は1時間以上、彼らを見張っていたんだ。あいつは箱の中で眠っていた」
ジェーン「いいえ、あれはツェザーレでした」
フランシス「そんな……ちょっとーー確かめたいことがある!」

(暗転)僕は警察に行くと、警官に尋ねました。

フランシス「あの男はーーあの連続殺人犯と目されている男は、どこです?」
警官「どこってーー牢屋で大人しくしていますよ」
フランシス「それはーー本当ですか?」
警官「何をいいだすんです?正気ですか?」
T”Is the prisoner safe in his cell?”
Tフランシス「念の為に、牢屋を見せてください」
警官「牢屋を抜け出すことなんて、できゃしませんよ」
T”I hope so. Let me see him.”
Tフランシス「僕もそうあってほしい。とにかく会わせてください」
警官「そこまでいうならーーどうぞ」

(警官に案内されるフランシス)

警官「ここですよ」

(牢屋の中で座っている男)

T警官「やつがここを抜け出すなんてことはありえませんね」
フランシス「……」

そこで僕は、警察に訴えてもう一度カリガリ博士の見世物小屋に向かいました。(カリガリ博士、あわてて出てくる)

警官「眠り男はどこかね?」
T”He must not be disturbed!”
Tカリガリ博士「すまないが、彼の眠りをこれ以上邪魔しないでもらいたい」
警官「そうは行かないな。これは殺人事件の捜査なのだから」

(警官たち、中へ入って行く)警官の手によって、ツェザーレの眠る棺が運び出されました。蓋を開けるとーー中には!

フランシス「これは!人形だ!」

(カリガリ博士、隙を見て逃げ出す)

フランシス「カリガリが!ーーあいつがこの人形を使って僕を騙したんだ!ああっ!カリガリが逃げた!」

(逃げて行くカリガリ博士)

フランシス「待てーっ!」

僕は必死にカリガリ博士を追いました。しかしーー予想以上の逃げ足の速さに、とうとう捕まえることは出来ませんでした。カリガリ博士はある建物の中に入って行きました。それはーー山の麓に立つ精神病院でした。(敷地内に立ちキョロキョロするフランシス)まさかーーやつはここを抜け出した患者なのではないだろうかーー僕がそう考えていると(医師がやってくる)

医師「なんの御用でしょう?」
T”Have you a patient named Caligari?”
Tフランシス「この病院にカリガリという名の患者はいませんか?」
医師「それはーーお答えできませんね」
フランシス「なぜですか?カリガリという男は大変恐ろしい悪党なのです」
医師「ふむ、しかしーーああ、彼に聞いてみましょうーー君、あやしい男が裏門から入って行ったらしいのだが不審な男を見かけなかったかね?」
医師「見ていないね」
T”Only the head of the Institute can divulge the identity of our patients. Would you care to see him?”
T医師「患者の身元を明らかにできるのは、院長だけなのです。お会いになりますか?」
フランシス「ぜひお願いします!」
医師「ではこちらへどうぞ」

(フランシス、医師の案内で病院の中へ)

医師「(院長室のドアを開ける)どうぞ」

(ゆっくり顔を上げるとーーそれは)

フランシス「お前はーーカリガリっ!」

あまりの衝撃に、僕は院長室を飛び出してしまいました。(中庭で倒れ込む)

フランシス「なんということだ!なんという……」
医師「どうされました?」
医師「しっかりなさい。大丈夫ですか?」
フランシス「なんということだ!信じられない……院長はーー院長こそカリガリです!
T”But…HE is Caligari!”
T僕にも信じられない……しかし、やつこそカリガリです!」
医師「(顔を見合わせる)そんなばかな……院長が……?」
フランシス「間違いありません。証人は僕だけじゃありません」
医師「しかしですね」
フランシス「わかりました。改めて警察を連れて来ます」

T While Caligari slept…
T僕の強い態度に、医師たちは折れました。そして、カリガリが眠っている間にやつの部屋を調べることにしたのです。

医師「ちょうど院長はお休みになっているようです」
医師「(院長室のドアを開け)どうぞ、お入りください」

(ひとりの医師が、棚から日記を取り出す)

医師「こんなものが……これは院長の日記のようですね」
フランシス「これでやつの秘密が解き明かされるかもしれない」

ページをめくっているとーー目にとまったのは
Somnambults
A Collection from Upsala University Published in the year 1156
ウプサラ大学による夢遊病患者の症例報告の記述でした。

T”This has always been his special study.”
Tフランシス「カリガリ博士は、昔からこの病気の研究をしていたのか!」

(その部分を詳細に読む)(眠っているカリガリ博士)

In the year 1093, a monk named Caligari, visited the small towns of Northern Italy traveling around with his Somnambulist named Cesare, whom he carried in a rough wooden case
その日記には、「11世紀カリガリという修道僧が、ツェザーレと名づけた夢遊病患者を連れて放浪しており、あるときイタリア北部の小さな街を訪れた。カリガリはまるで大きな棺のような箱を運んでいた」と書かれていました。
(日記を読む面々)
He ordered his somnambulist, whom he had completely forced into his power to carry out his adventurous plams. For months he caused in town after town great panic by repeated occurences of murder committed always under the same circumstances.
カリガリはその夢遊病患者を圧倒的な支配下に置き、おのれの計画を遂行するために使役したのでした。そしてーー彼らの行く先々で恐ろしい事件が起こったのです!それはまさにーーおお!なんということでしょうーーホルステンウォールで起こった事件そのままでした。(次の日記を見る)
(手書き)Case Histories and Notes
(日記)march 12th
A somnambulist was admitted to the asylum this morning. At last…!
日記の記述を辿って行くと「ついに今朝、私が熱望していた夢遊病患者が入院してきた!」とありました。
(過去の映像)
医師「院長、今日から入院する患者がやってまいりました」
カリガリ博士「そうか、通してくれたまえ!」

(運ばれてくるツェザーレ)(ゆっくり近づくカリガリ博士)

カリガリ博士「なるほど……よく寝ておる(顔を覗き込んだり)(医師たちを見て)ここはもういい!出て行きたまえ!……はははは、ついに、ついに私の眠り男が手に入ったぞ!(論文を手にツェザーレに話しかける)お前はこれから、この私のーーカリガリの命令に従うことになるのだ。いいか、わはははは!」

(暗転)それは本当に恐ろしい告白でした。それ以来、院長は時折調査研究旅行と称して不在になることがあったことを、医師たちは口にしました。日記には続けてこんなことが書いてありました。
Later —
Now nothing stands in the way of my long ambition. At last, if the patient was compelled to perform deeds, he would depart from the normal waking state.
ツェザーレが我が手に入った以上、もはや私の邪魔をする者はいない。とうとう私は、カリガリの理論を実践に移すことができるのだ。この患者を使って、私は思いのままに力をふるうことができる!自分のてをよごすことなく、人を殺すことさえ、今の私には容易いことなのだ!
(暗転)そうしてーー院長は計画を実行に移したのです!それは
T Temptation
おぞましい、けれど抗うことのできない誘惑でした。

T”I must know — I will become Caligari!”
Tカリガリ博士「そうだーー私はカリガリになるのだ!」

(部屋の外を歩くカリガリ博士)

T CALIGARI
Tカリガリ博士になるのだ!カリガリ博士になるのだ!カリガリ博士になるのだ!ーー院長は、確かにそう呼びかける声を聞いた、と書いていました。

(暗転)(見入っている面々)

医師「なんということだ……」
医師「あの院長が……」
T”The sleeper has been found dead in the ravine.”
T男「(やって来て)眠り男の死体が山で見つかったそうです」
フランシス「……行きましょう!」

(死体を囲む警官たち)(フランシスやって来る)

フランシス「ツェザーレ……これを突きつければーー認めざるをえないでしょう。運んでいただけますか?」

ついに院長室にてカリガリ博士と直接対決をする時がきたのです。

T”The circle is closing in — DOCTOR CALIGARI!”
Tフランシス「院長、いやカリガリ博士、あなたに逃げ場はありませんよ」
カリガリ博士「どういうことかね?」
フランシス「お願いします(ツェザーレ運ばれてくる)あなたがよくご存知の者です。ごらんなさい!(布を取る)」
カリガリ博士「ツェザーレっ!ーーそんなーーツェザーレーーなぜじゃ!(倒れ込む)」
フランシス「それはあなたの眠り男ですね?」
カリガリ博士「お前たちがやったのか?よくも……よくも私の僕をーーっ!このっ!(摑みかかる)」

取り乱したカリガリ博士は、たちまち抑えられて拘束衣を着せられてしまいました。(運ばれて行くカリガリ博士)(フランシス、追う)(もがいているカリガリ博士)それまで、病室に患者を訪れていたカリガリ博士、いや院長はーー収容され、診察される側になってしまったのでした。

フランシス「……」

(暗転)(座っているふたり)

フランシス「僕の話は、これでお終いです。
T”Today he is a raving madman chained to his cell.”
T今では、彼はこの精神病院に収容されている患者なのです」
教授「なるほど。確かにそれは恐ろしい話ですな。(立ち上がる)少し寒くなってきましたので、中に入りませんか?」

(病院の中庭)(患者たち)(ジェーン)(激しい演説口調の男)(ピアニストのような動きの女)(ふたり、中庭にやって来る)

T”See, there is Cesare. If you let him prophesy for you, you will die!”
Tフランシス「(教授の手を取って)ごらんなさい、あれがツェザーレです。あいつにあなたの寿命を聞いてはいけません、死んでしまいますから!」

(教授、ゆっくり去る)(フランシス、誰かに気づいて笑顔になる)

T”Jane, I love you — when will you marry me?”
Tフランシス「ジェーン、愛する人よ!ーーいつ結婚してくれるんだい?」
T”We who are of royal blood may not follow the wishes of our hearts.”
Tジェーン「私たちは王家の血を引く者ーーひとときの感情に流されることは出来ないのです。あなたと結婚することは叶いません」
フランシス「……」

(中庭に院長がやって来る)

フランシス「ああっ!ーーあいつはーーあいつはーーカリガリ博士!」

T”You fools, this man is plotting our doom! We die at dawn!”
Tフランシス「ばか!あいつは僕たちの破滅を目論んでいるんだぞ!夜明けまでに死んでしまう!
T”He is Caligari!”
T(両手を振り上げ、摑みかかる)こいつはカリガリ博士だ!」

(フランシス、取り押さえられる)

フランシス「やめろ!離せ!こいつはカリガリ博士なんだ!離してくれ!」

(連れて行かれる)(拘束衣を着せられて、個室に入れられるフランシス)

T”At last I recognise his mania. He believes me to be the mythical Caligari. Astonishing! But I think I know how to cure him now.”
カリガリ博士「(フランシスを診察しつつ)なるほど、少し興奮しすぎたようだね。しかしもう落ち着いたかな。。そうかそうか。うむーーカリガリ博士ね……そうか。Tこの患者の症状の本質がやっとはっきりしたようだ。彼は私のことをカリガリ博士と呼んだ。中世のイタリアに伝わる伝説の人物だよ。いや、実に驚くべきことだ!しかしーーおかげで治療法の目処がついたようだよ。彼はきっと治る。きっとね」

映画「カリガリ博士」一巻の終わり。