日本活動写真株式会社 大正十年(一九二一年)
豪傑児雷也
監督        牧野省三
児雷也(尾形周馬) 尾上松之助
大蛇丸       市川寿美之丞
綱手姫       片岡長正
高砂勇美之助    片岡松燕
他         実川延一郎
          片岡市太郎
          牧野正唯(マキノ雅広)

(タイトル)(柝の音)(山の中)
天文六年(一五三七)、管領足利晴氏は宿敵多賀谷家重と合戦に及び、ついにこれを打ち破って関東を平定いたしました。しかし、その後も天下は麻のごとく乱れ、日々続く戦乱の明け暮れ、時は流れて永禄七年(一五六四)の春。(崖)

T尽きせぬ縁(えにし)

児雷也「なにゆえこのような険しき山道を、いとけなき子供連れで?」
勇美之助「それがしは、更科家家臣、高砂勇美之助と申す者。これなる童の父・宮原兵衛を捕えし五十嵐典善を探しております」
児雷也「なに、更科家とな?拙者は幼きころに家を出奔、その後越後妙高山にてセンソ道人の教えを受けし者、人呼んで児雷也。実は尾形左衛門尉弘澄が一子・周馬弘行である」
勇美之助「それではあなたは、尾形太郎さま!」

(肩を抱き合う二人)人跡まれな深山にて図らずも出会いし、かつての主家更科家に連なる者ーー

勇美之助「それがし尾形様にはひとかたならぬご恩がござりまする」

かくて勇美之助、
T幼時を語る

勇美之助「幼きころ、戦乱の巷で山中に取り残されたそれがしは、ご城主尾形左衛門尉弘澄さまに拾われたのでござります」

(山の中を行く尾形弘澄一行)

弘澄「(立ち止まって)待てーー何やら怪しの声ーーこれ、あの崖の上に童らしきものがおる!」
家臣「おお、確かにあそこに何かおる!」
家臣「うむ、童じゃ!童でござる!」

(家臣に抱きかかえられて弘澄の前へ)

弘澄「うむ、まだ息はあるようじゃの。それ」
家臣「ははっ!(喝を入れる)」
童「あっーー」
弘澄「気がついたようじゃのーーいかがいたした?」

(泣き崩れる童)

勇美之助「身寄りのないそれがしを、尾形様は我が子のごとくお育てくだされました」
弘澄「ひとまず、我が城へ連れて行く」
家臣「はっ!」
弘澄「安心するがよい」

(家臣に背負われて行く優美之助)(暗転)

勇美之助「されどーー鯨波照忠、諏訪満明の讒訴により尾形様を始め一族郎党城を枕に討ち死に」
児雷也「では父上も?」
勇美之助「はいーー落城のさいにわれら幼き者は密かに城を抜け出し、散り散りになってしまいました」
児雷也「うむ、憎き奴輩ーー手始めに、五十嵐典膳を懲らしめてやらん(消える)」
勇美之助「太郎さま?(立ち上がりキョロキョロ)いづこへ?」

これぞまさに、妙高山に数百年の星霜を経て、霧を起こし雨風を呼び、雲に乗って自在に飛行、平地を荒海となすセンソ道人の一番弟子、児雷也の不思議の術。(河原)(突如白煙とともにあらわれた児雷也)

五十嵐典善「何奴じゃ!」
児雷也「我こそは越後国は妙高山で修行を積みし、児雷也である。天下に悪なす五十嵐典善、この児雷也が懲らしてくれよう!」
五十嵐典善「ええい、ものどもかかれ!」

センソ道人直伝のガマの妖術に水流の術を加えて立ち回り。(突如消える)消えたと思えばあらわれる。多勢に無勢もなんのその。神出鬼没の児雷也であります。

家臣「やや、また消えた!(キョロキョロ探す)」

(ガマが登場)(再び児雷也に戻る)

家臣「この化け物めっ!」
児雷也「(印を結んで)えい!」

(水が武士たちに襲いかかる)

五十嵐典善「な、なんじゃこれは!く、曲者はいずこへ!」
家臣「こ、これはたまらぬ」

(男を抱えて空中を飛ぶ)慌ててふためく五十嵐典善らを尻目に、囚われの尾形家家臣・宮原兵衛を抱え、空の彼方へ飛び去って行く児雷也。(暗転)(水流の術に翻弄される家来たち)

五十嵐典善「おのれ小癪な児雷也め!待て、待てぃ!」

右往左往する五十嵐典善一党の頭上から、高らかな児雷也の笑い声が響き渡るのであります。かくて
T快笑、のうちにーー

児雷也「兵衛、勇美之助、時は至った。殿中に乗り込み、管領足利公に訴え出よう」
宮原兵衛「しかし太郎様そのようなことが簡単に出来ましょうや」
児雷也「兵衛、案ずるでない。この児雷也みずから乗り込んで、見事父上の汚名をそそぐのじゃ。そなたが大事に隠し置いたこの証の品ーーこれさえあればーー。(立ち上がる)では、皆のもの、行ってまいるぞ」
勇美之助「太郎様、ご無事でーー」
児雷也「うむーー(消える)」
宮原兵衛「おお、太郎様っ!……まこと不思議の術を使われるお方じゃ」

気遣わしげに遠い空に目をやる三人でありました。
T管領足利持氏公の憤り
関東管領・足利持氏公の屋敷。

照忠「おそれながら申し上げまする。五十嵐典膳の陣地にガマの妖術を使う曲者があらわれまして、狼藉を働きましたる由でございまする」
持氏「なにーー我が領地内でそのようなーーおのれ無礼な奴じゃ。すぐにひっ捕らえよ。照忠、満明、早速手配いたせ」
照忠「(伏せて)ははっ!これ皆の者!」

(両手で三宝を抱えて)そこへーー忽然とあらわれた児雷也。

児雷也「尾形周馬弘行、参上仕り候」
持氏「やーーあれにおる者は誰じゃ!」
満明「あれこそまさに件の曲者!」

(照忠、膝をつく)

持氏「むむ、おそれを知らぬ者めーーそれ、かかれ!」
家臣「おのれ曲者!(取り囲む)」
児雷也「待て待てーー拙者管領殿にご覧願いたき品を持参まかりこした。これなる品は、畏れ多くも先の管領足利晴氏様より拝領いたしたるありがたき品じゃ。ええい、下がれ下がれ!」

回りを取り囲む護衛の武者を一喝した児雷也ーーそしてついに管領足利持氏にあいまみえんとするのであります。(持氏の御前に座る児雷也)

児雷也「ご無礼の段、平にご容赦くだされたく」
持氏「ふむ。その方はいったい何者であるか」
児雷也「(三宝を渡す)我こそは、足利公より更科一国を賜った尾形左衛門尉弘澄が一子太郎周馬弘行にございます。ここなる鯨波照忠、諏訪満明の讒訴により父は無念の最期」
満明「怪しの術を使う者がいうことにござります。どうか、そのような心づもりで」
児雷也「かつて、足利晴氏公と多賀谷家重との一戦の功により拝領のこの品、ご覧賜りたく存じまする。自ら手を下した罪を父に着せし憎き鯨波照忠!」
照忠「んん、なにをいうか!」
児雷也「黙れ!判官様を騙し討ちし、その濡れ衣を我が父に着せたお主ーー(向き直って)ごめんーー(照忠に掴みかかる。額に傷)これなる刀傷はその時受けしものーーこれが何よりの証拠」
照忠「何をいうかーー気でも違ったかこの痴れ者め!ええい、離せ無礼者めーー管領殿、このような戯言聞くことはござらぬぞ!」
満明「そうでございまする」
児雷也「まだシラを切るかーー管領殿、更科家若君満王丸、明科姫に仇をうたせたまえ」
照忠「黙って聞いておればーー(立ち上がる)」
持氏「待て待て!この件は儂が預かる。照忠、その方にはしばらくの間蟄居を命じる」

(連れられて行く照忠)(暗転)
ここに巻き起こる
T怪傑の争い
老獪醜悪なる梟雄鯨波照忠は、配下の者を使って児雷也を襲わせたのであります。(家来と児雷也の戦い)(ガマになったり、消えたり)大ガマに変化する児雷也ーー

家来「こ、これはーーいかん!」
家来「うわーっ!」

(次々ガマに飲み込まれて行く照忠家臣ふたり)

家来「飲み込まれた!ええい、かかれ!(斬りかかるが、ガマ消える)む、どこへいった?どこじゃどこじゃ?(しばらくキョロキョロ)ーー出たっ!」

(ガマの口から吐き出されてくる家来たち)

家来たち「うーん、これはたまらん」
家来「お、また消えた!?」

まさに神出鬼没。(手前にあらわれる児雷也)かくして手もなく照忠家臣たちを蹴散らした児雷也の前にあらわれた信濃の剣ヶ峰にすまいなす大蛇丸。

大蛇丸「われこそは越後の国青柳ケ池の主の血を引く大蛇丸じゃ」
児雷也「むむーー体が思うように動かぬ!」

児雷也の脳裏に師センソ道人の言葉が甦るーー「この術を行うときは大蛇または小蛇たりともその血潮を飲むときはたちどころに破れをとるーー血潮飲まぬまでも大蛇の妖術会得せし者との争いはくれぐれも用心してかかるようにせよ」ーー今まさに、その大蛇の術を会得せし大蛇丸との一騎打ち!

児雷也はガマに、大蛇丸は大蛇にーーお互いその身を変化させ、互いの間合いを図るふたり。そこへ通り合わせたのは、越中立山のカツユ道人のもとで修行を重ねた綱手姫。密かに想いを寄せる尾形太郎こと児雷也の危急にーー

綱手姫「児雷也さま!(消える)」
男「よし、拙者も助太刀つかまつりまするぞ!」

(家臣たちと立ち回り)抱朴子にいわく、蛇は蛙をひと飲みにし、蛙は蛞蝓を喰らう。その蛞蝓の毒で蛇は溶けるーー俗にガマ、大蛇、ナメクジの三すくみ。(三人、人間の姿に戻って立ち回り)しかし綱手姫の助力で、大蛇に変化かなわぬ大蛇丸ーー

大蛇丸「むむーー小癪な!かくなる上はーー」

そして斬り結ぶこと数合ーー

大蛇丸「むっ!無念っ!(斃れる)」

綱手姫の力を借りて、ついに宿敵大蛇丸を倒した児雷也、残るはただひとり、鯨波将監照忠。

T禅秀入道の滅亡
(門の前までやってくる鯨波照忠)父の敵鯨波照忠の前に身を踊らせた児雷也。

児雷也「おのれ憎き鯨波将監照忠、汝のために一族郎党城を枕に討ち死にした天文八年のあの秋を忘れるものか。尾形左衛門尉弘澄一子周馬弘行はじめ、宮原兵衛、満王丸、明科姫と待ち受けておったぞ。もはや天命、潔く討たれてしまえ」
照忠「ええい、しつこい奴輩じゃ!」

そこへやってまいりましたのは、大蛇丸との三すくみの戦いより児雷也と行動をともにする綱手姫。(薙刀を構える)照忠憎々しげに二人を睨め付けるとーー

照忠「ちょこざいな!お主らごとき何人揃おうと、この儂が怖るるものかは!いざ返り討ちにいたしてくれよう!(刀に手をかけるが)それ者どもかかれい!」

敵味方入り乱れて大乱戦ーー隙を見て卑怯にも逃げようとする照忠老人ーーしかし、そこを待ち受けるは勇美之助。

勇美之助「やあやあ逃げるとは卑怯なり鯨波照忠!」
照忠「むむ、い、いかん!(戻る)」

かくて児雷也と将監の一騎打ち。

児雷也「照忠、覚悟をいたせ!」

(門が開く)そしてついにーーみごと本懐を遂げるのであります。(足利公、出てくる)そこへあらわれし管領足利公。

持氏「児雷也、いや尾形周馬弘行。あっぱれ敵討ちの段ーーしかと見届けた。まことに見事であったぞ」
児雷也「ははーっ!」

管領足利公より天晴なりとおほめをいただき、再び越後更科信濃の地に平和が訪れるという、豪傑児雷也のお話、大正十年尾上松之助主演、映画「豪傑児雷也」これにて全巻の終わりであります。