一九一四年米 キーストン社作品


チャップリンの衝突
The Fatal Mallet

説明 山城秀之
脚本・監督 マック・セネット
撮影 フランク・D・ウィリアムス
求婚者チャーリー チャールズ・チャップリン
メイベル メイベル・ノーマンド
ライバルの求婚者セネット
     マック・セネット
大男 マック・スウェイン
少年 ゴードン・グリフィス
(日本公開不明)

解説 イギリスのフレッド・カーノー劇団時代、二度目の旅公演でアメリカに来ていたチャップリンはマック・セネットにスカウトされてキーストン社と契約、映画界に入る。翌年から短編喜劇に出演するようになり、本作は彼にとって十五番目の作品となる。「運命の木槌」の別タイトルもある。
 脚本・監督そしてチャーリーの恋敵を演じるマック・セネットは、二十八歳のときに映画に初出演、その後自らメガホンを取るようになる。一九一二年キーストン・ピクチャーズ・スタジオを設立、警官隊が繰り広げるドタバタ喜劇「キーストン・コップス」で人気を博した。一九一七年マック・セネット・コメディーズを立ち上げ「セネット・ベイジング・ビューティーズ(海水着美人)」を売り出す。
 チャーリーはじめ三人の男に思いを寄せられるマドンナを演じるメイベル・ノーマンドは、自らが監督もつとめた主演作「メーベルの憂鬱」でチャップリンと初めて共演した。ロスコー・アーバックルとも多くの作品で共演したが、後半生は殺人事件に巻き込まれたり、俳優としてもヒット作に恵まれず、結核で若くして(三十七歳)亡くなった。
 メイベルをめぐる第三の男スウェインを演じるマック・スウェインは、キーストン時代にチャップリンと共演した。のちに長編「黄金狂時代」の前半で、チャーリーと仲良く靴を分け合うビッグ・ジム・マッケイを演じた。身長約二メートルという巨漢だが、キーストン時代は気の弱い小市民的な役が多かった。
略筋 若く美しいメイベルの愛を勝ち取るために、今日もチャーリーとセネットは鎬を削っていた。しかし、その三角関係に、もうひとりスウェインという男が割り込んでくる。
 チャーリーは策を巡らせてなんとかセネットとスウェインを小屋に閉じ込める。しかし抜け出して来たスウェインと争っているうちに、セネットも小屋を抜け出して来て……

The fatal Mallet gives us the Chaplin of the Keystone period when his comedy character of the baggy pants, derby hat, mustache, cane and turned out walk was taking on final form. It also gives us the famous slap-stick for which Chaplin, Sennett and Keystone were to become synonomous.

【前説】
本日は連日の厳しい暑さのなか、第792回無声映画鑑賞会にご来場誠にありがとうございます。これからご説明いたしますのは、1914年(大正3年)公開のアメリカ・キーストン社作品「チャップリンの衝突」です。メイベル・ノーマンドをめぐって三人の男たちが巻き起こすドタバタ騒ぎを描いた短編喜劇であります。主演はもちろんチャップリンですが、セネットは監督特権を使って最後の最後においしいところを掻っ攫っているようだ、というのが個人的な感想です。セネットは、現在「コメディ映画の巨匠」と呼ばれプロデューサー、監督としてよく知られていますが、1910年に監督としてデビューする前年1909年には本日仲入り後にご覧いただきます映画「雀」主演のメアリー・ピックフォードと多くの短編映画で共演しています。それでは最後までごゆっくりお楽しみください。

俗に恋は思案の外と申します。かつてギリシャの哲学者プラトンは、人間の男女は元々ひとつの球体であったが二つに分かれて離れ離れになってしまい、そのため人生をかけて分かれた半球を探し求める、それこそが愛の起源であるーーといったとかいわないとか。(レンガを投げるチャーリー)ことほどさように、ヒトは互いを求め求められ、受け入れたり拒絶をしたりーーそのような営為を日々繰り返しているのであります。

ここに揃った三人の男女。彼らはまさにそのような愚かしくも愛らしいやり取りの真っ最中。マック、メイベルそしてチャーリー、切ない三角関係、恋の鞘当てはキリもなし。マックとチャーリー、どちらもメイベルこそ我が分身であると思い込んでいるのか、互いに一歩も譲りません。ここで第三の男が登場。そしてメイベルはといえばーー
(第三の男髭のマックの元へ)

「いい加減彼女のことは諦めたらどうだ?」
「何を?お前こそ俺と彼女の前から消え失せろ!」
「やるか?やるのか?ーーんん?」

(いちゃつくメイベルと髭のマック)突如現れた共通の敵を前に、ひとまず共同戦線を張るチャーリーとマック。(レンガで髭のマックを殴るが、効果なし)しかしこの髭男、なかなか頑丈に生まれついておりましてーー

「ん?なんだ?ーーお前らよくもやりやがったな!」

(逃げるふたり)
かくしてここに、メイベルをめぐる第二次恋愛戦争の火蓋は切られたのであります。(小屋に隠れる)

「いったいどこに行きやがった?」
「(レンガを投げる)えい!」
「ーーあっ!」
「どこに行ったのかしら?」
「(レンガを投げる)くらえっ!」
「まあっ!」
「ーーしまった!違うんだメイベルっ!」

チャーリーとマック、にわか仕立ての連合軍は、緒戦で大きな戦績を残しました。

「いや、これにはわけがあってーー」

(レンガを投げる)連合軍ここで追撃。(追う髭男)(建物の陰からレンガを投げるふたり)しかしーーもともとが恋敵であるふたり、その連携はもろくも崩れーー(小屋に逃げるふたり)ついに反撃の狼煙をあげる髭男。彼の針の穴を通すような絶妙なコントロールをご覧あれ。(レンガが頭を直撃)(呆れるメイベル)(ドアから顔を出す大男マック)

「おい、外をのぞいてみろ」
「どれどれ(顔を出す)」

にわか仕立ての共同戦線はかくも脆いものか。小屋のなかで、新たな小競り合いが勃発。

「ふん、これであいつらも懲りたろう」
「男ってどうしてあんなに野蛮なのかしら(藁の山に座る)」

突如天啓に打たれたチャーリー。
(手にした木槌でマックの頭をこつん)
ロールプレイングゲーム風にいうならばーー勇者チャーリーは木槌を手に入れた!

とはいっても、軽々に外に出ることはできずーーやむをえず共通の敵に対して再び手を組むチャーリーとマック。(ふたり、小屋を出る)

「メイベルーー本当にすまなかった。もう大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なの?」

目指す敵はただひとりーー(再びイチャイチャするふたり)深く潜航して背後に忍び寄るふたり。(木槌で殴る)会心の一撃。

「やあーーこいつはいけない。静かな場所で安静にしていないと(ふたりで髭男を運ぶ)」
「あの人、大丈夫かしら……?」
「よいしょーーうん、しばらく大人しくしてるだろう」

ついにメイベルを囲む三角形の一角は消え失せたのであります。
そしてここにメイベルに引き寄せられた若いツバメ。
次なる邪魔者はーー

「(木槌で殴る)じゃあな。(外に出て鍵をかける)ゆっくりおやすみ」

しかしーー

「……うーん、あいつら……ただじゃすまさないぞ。ぶっ殺してやるーーおっ、お前!よくもやりやがったな、おい!」
「あいつのせいだよ。あいつが全部悪いんだ」

メイベルに、新たな恋の予感。(考えているチャーリー)一方マックはーー小屋の中に閉じ込められてしまったことに気づきました。

一方のチャーリー。獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。メイベルにまとわりついて離れようとしない少年に、大人の余裕を一切見せることなく力でねじ伏せる。(藁の山に座るふたり)

そして閉じ込められたマックと髭男は、ここで新たな共同戦線を張るのでありました。

「よし、行くぞ」
「野蛮な人ね!」
「おい、あそこだ!」
「まあそういわないで……」
「俺が行ってくる」

メイベルをめぐる三角形は復活ーーそして戦いは最終局面へ。漁夫の利を狙ったマックはーー

「どうも、野蛮人はこれだからいやだね。(チャーリーと握手)おめでとう(蹴る)」

せっかくの一張羅がずぶ濡れになったチャーリーと髭男を尻目に、ついに命の片割れを手中にして意気揚々とエスコートするマックであります。「チャップリンの衝突」全巻の終わり。