本書より】
国際政治の勢力的均衡(パワーオブバランス)原則に関する解説
伊藤 貫
十六世紀前半のハプスブルク帝国とフランス帝国の対立から1989年の「ベルリンの壁」崩壊までの期間、バランス・オブ・パワー外交は基本的に機能していたと言えます。この間の国際政治には常に複数の大国が存在し、他の大国の勢力圏拡大の試み(ルイ十四世、ナポレオン、ヴィルヘルム二世、ヒトラー)を抑制する力が働いたからです。
1991年末にソ連帝国が崩壊すると、米政府は「世界を一極化しよう。アメリカだけが世界覇権を握ろう」という権力欲に憑りつかれました。
1992年2月、米政府は「ディフェンス・プランニング・ガイダンス」という機密の戦略文書を作成しました。この機密の最重要項目は、「今後はアメリカが独占的に世界覇権を握る。今後は、アメリカに対抗できる能力を持つ国の出現を許さない」というものです。
この機密文書には~特に日本とドイツに関して、「アメリカへの依存体制を維持させる。日本やドイツがアメリカから独立して、自主的な国防政策を実行するのを許さない」と記述されていました。
この機密の戦略プランで分かるように、冷戦終了後の米政府は伝統的なバランス・オブ・パワー体制の構築ではなく、「アメリカによる世界一極化」という強引な覇権主義を目指したのです。
本書より】
国際政治の勢力的均衡(パワーオブバランス)原則に関する解説
伊藤 貫
「日米・日中・米中のビジネス関係が良好に発展していけば~相互依存にあるこれら諸国が、戦争することはなくなるだろう」~これは誤った考えです。過去五世紀間の世界史はそのように動いていません。
過去五世紀の国際政治を動かしてきた最大の要因はバランス・オブ・パワー(勢力均衡)の原理であり、経済的な相互依存関係ではなかったのです。
「国際連盟において諸国が議論して、投票を行えば、国際紛争はなくなるだろう」という「理想主義的なウィルソニアン外交」は完全な失敗でした。国際連盟で諸国がせっせと立派な議論をして、評決行為を繰り返しても、それは国際政治のバランス・オブ・パワーの維持にはつながらないからです。
国際連盟を提唱したアメリカ自身が、国際連盟への参加を拒否しました。アメリカ外交には「自分たちだけは特別だ」と思い込む「アメリカン・エクセプショナリズム」(米国例外主義)という特徴があります。
アメリカ人は、国際連盟の多数派の決議に拘束されたくなかったのです(現在の国連安保理において最も頻繁に拒否権を行使しているのは、アメリカです)。
記事より】
斎藤一人さんは、明るい波動を出すことができる人は、
「あかるい」は「あ、軽い」だから。
何でも重く、重く、考える人は、
重く考える人は、考え方が暗くて、考え込んでしまう。
軽く考えることができる人は、何か大変なことが起きても、「
そして、考え込まず、行動で解決する。