白い球体になりたい

白い球体になりたい

音楽は好きエンジニア。世界が終わらないことも知ってる。あとゲイ。

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あの不真面目なやくしまるえつこが帰ってきた。

音楽批評その一で指摘した「不真面目に歌うやくしまるえつこ」が帰ってきたと。
相対性理論の「TOWN AGE」と、やくしまるえつこ名義の「X次元へようこそ」を聴いてそう確信したのだった。
http://www.youtube.com/watch?v=jeLPsGpwf9o
不真面目に歌うやくしまるえつこのこれでもかという声のかわいさで悶々とすればいいんです。
あっそこで音があっ外れてあっみたいな。

しかし、歌詞の点で言えば真部さんと比べるとやっぱり「かわいさ」の方向性が違いますよね。
男が考える女のかわいさと、女が考える「こういうかわいさが男に受けるだろう」っていうかわいさ、このすれ違いが真部氏の歌詞とやくしまるえつこさんの歌詞で出てきていると思います。
要は、
「いじめないで」「年下じゃいけないの?」と
「にゃんにゃんにゃん…」の違いです。
真部さんの、ギリギリ性を感じさせる歌詞が本当ド変態だなと。初期相対性理論が人気になったのは間違いなくこの部分だったと思います。「キャッチーなサウンド」ももちろんでしたが、「キャッチーなフレーズ(歌詞)」があったから。ギリギリエロスを感じさせる歌詞が病的に真部さんは上手なので、その違いがありますよね。
だけど「にゃんにゃん~」っていうのはあざとすぎでしらけちゃう人もいるだろうし、「たまたま~」まで行くとちょっと違うんですよ。そういうことじゃないって思う。ゲイだからわかりますけど女子の方が考えてる下ネタがえぐいのは間違いないので、まあそこがポロリしたのかなーなんて思いましたけど。
その擦り合わせ途中なのかな。いずれにせよ、相対性理論、やくしまるえつこ、まだまだ見逃せないです。
いきものがかり、というバンドをご存知だろうか、というか、知っていない人のほうが少ないですよね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%8D%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%8C%E3%81%8B%E3%82%8A

私はこのバンドは「JPOPの終着駅」だと思っている。しかしこれは決していい意味の言葉ではない。

具体的な話になる前に、「アーティスト」と「ミュージシャン」のくくりについて述べたい。

アーティスト:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%AE%B6
ミュージシャン:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%AE%B6
ウィキペディアの言葉を借りれば、まぁ私達が普段アーティストとよんでいるものは「アーティスト・ミュージシャン」にくくられるのであろう。
しかし本来アーティストとは芸術家という意味合いを含んでいた。
よい芸術を作って売り、お金をいただこうという一般的な価値の交換方法である。

私は、いきものがかりのことを「ミュージシャン」だと思っている。
彼らはよき「音楽」を作ることはできても、よき「芸術」を作ることはできていないと感じている。
それはなぜなら、なにより彼らの楽曲に対する姿勢だ。
彼らは、楽曲から個性を排除している。しかも厄介なのが、これが意図的に行われているということである。典型的JPOPから外れない、いい意味でも悪い意味でも「無難」な進行、構成、歌詞、歌…すべてが無難なのである。そして、「ここらへん、いきものがかりらしいよね」といった作曲のクセがまるで見られない。これは意図的にクセを排除していることにほかならないと思われる(だれも気づかないような本当に細かいところにはあるけれど)。
ようするに作り手の意図や、思い、作り手の表情が楽曲からまるで見えてこない。これはどうやら本人がそのような楽曲を作りたいと思ってそうしている(のだろう)、けれども、そんな彼らは「アーティスト」という括りでくくれるだろうか?
そもそもアーティストは自分の考えたこと、感じたことなどを芸術におもいっきりぶつけて、言い換えれば自分を「さらけ出して」芸術を作っていくという仕事なのではないか、と私は考えるのである。
よって、自分を一切さらけ出す気のない(それを美学だと思っている)コンポーザーは「アーティスト」ではない。「ミュージシャン」である。

更に厄介なのは、彼らの作品の中ににJPOPの進化を垣間見るような渾身の「ミュージック」が見えないのだ。
すでにどこかで誰かが(aikoとかが)作って歌っているんじゃないか、というような、既存のJPOPの焼き増し(それを美学だと思っているのかは不明だが)を、つらつらと並べて「作品」としました、そんな印象を受けてしまうのである。
芸術作品をつくるぞ!とか、新しいものを作ろう!という姿勢で曲を作っているわけではないと思う(もしそうだったらもう少し頑張って欲しい)。そういう意味で、彼らは「JPOPの終着駅」なのである。
こういう曲が売れるぞ!と考えて曲を書いているのがミエミエ。もう少しバレないようにして!と思ってしまう。


それにしても疑問である。
彼らは果たして、「今までにない、新しい曲を書こう」と考えて曲を書いたことがあるのだろうか?
終着駅の向こうの線路は途切れており、非常に危険である。


まぁそんなわけでいきものがかりをテレビとかで見ていると
マルセル・デュシャンの「泉」を眺めているような気持ちになるのである。
おや、そう考えると、既存のJPOPへの批判活動ともとれる。
もしそうならば、いきものがかり、全力で応援したいと思う。
モーモールルギャバンというバンドをご存知だろうか。
Dr/Vo,Key/Vo,Baという真新しいタイプのスリーピースバンドである。ジャンルは自称「JPOP」。
「野口、久津川で爆死」で実質的なデビュー。後にメジャー入りしている、わりと上昇志向なバンドだ。

私はこのバンドのサウンドがとても好きだ。気持ちのいいウーリッツァーの音をエフェクターで歪ませたりディレイさせたりすることはとても好きだ。そしてキーボードのユコ氏が奏でるコードの歌い方がとても好きだ。コードを鳴らすときは必ず一つ強調する音を作るもの(らしいとジャズ研の先輩に教えてもらった)なのだが、この音の選び方がとても好きだ。そこに乱暴とも言えるベースの弾き倒すという表現がしっくり来るほど動きまわるフレーズ、歌うような叫ぶようなドラムが好き。

そして曲が好きだ。耳ざわりのいい、どこか懐かしさを感じさせるようなメロディを、バンドのサウンドが上手に味付けしている。なのに、歌詞にはゲス野郎しか出てこないのだ。このギャップはとてもとてもあざとくて少し嫌いだ。だけど好きだ。

ナンバーガールが登場してから、バンドはどんどんアングラな方向へ走って行って、スピッツとかミスチルとかそういうポップバンドはどんどん淘汰されて「ナンバーガールの二番煎じ三番煎じみたいなバンド」ばっかりがどんどん増えていってしまったような印象があったのだが、モーモールルギャバンの登場みて安心しました。
ちゃんとしたセンスのある人が、流行に流されたりせずに、やりたいことやって結果だしてるもん。


何曲か紹介しようと思う。

俺、風呂入るトゥナイト
http://www.youtube.com/watch?v=XAOcjRA8iGc
まず、タイトルからは考えられないようなテーマ・曲調にあっぱれ。そして見せ場の2:05「俺風呂入るトゥナイト~」のサビ入り。こんな進行されたらグッとくるに決まってる。しかも、このサビはもうこの後に繰り返しで出てこないのだ。ズルイ!

コンタクト
http://www.youtube.com/watch?v=7YdQTDjwg_A
モーモールルギャバンはイントロが本当に上手い!この曲もいい例で、このイントロでしれっと曲が始まってしまう。そして注目したいのはドラム。ずうっと16の刻みで忙しそうなドラムとボーカルの追っかけも聴き所。ベースも二番Aメロと二番サビでとってもいい仕事してます。そこでルート一発でくるかぁ~~~という。3:05前後のサビ入りも、もう「これしかない!」ってフィルインですっごくいいです。