20080220 | *加藤の巣窟

20080220

近いうちに、全てのものに鍵をかけるかもしれない。それほどに他人を、ともだちと読んでいるひとに、信頼を預けることを許せないでいる。まずは手帳に鍵をかけようと考えている。本当は携帯に、二つ折りの携帯に勝手に開くことができないように鍵をかけてしまおうと考えていたけれど、それは物理的に難しいし、ポッケにも入らなくなるだろうし、なにより開けるのに面倒になっていっそ携帯を捨ててしまうだろうからやめた。捨ててしまってもういいけど、それは少し寂しい。信頼ができないと涙していてもやはり、ぼくは、電話をかけてきてくれるかもしれないという期待を残しておきたいし、その淡い期待に信頼を寄せておきたいのだ。
だから、すべてのぼくの個人は、手帳に詰め込んで鍵をかけ、携帯という個人には、いつもの虚言だけを塗りたくってそれがぼくだよって嘯き、携帯を誰かに覗かれたら、まるでぼくに侵入してきたことに本当に怒ったような顔をするようになっている。どちらが本当のぼくなのかはさっぱりわからなくなっているけれど。ぼくは、ぼくだよ。

携帯に個人を詰め込んでいたときに、ぼくが目を離していたら、何も悪いことなんてしていないというような顔をして携帯を開けてメールを見てその内容を確かめるようなことをぼくに聞いてきた人がいた。付き合っている女の子が彼氏の携帯を、浮気チェック
と称して、当然の権利を行使しているように携帯を覗くのと同じように、これらはレイプと読んでも差し支えないのではないか。
使うものには、魂が宿るみたいなのは信じていないけれど、ぼくは、自分が愛でるものや、使用頻度が高いものは、自分の体と切り離して考えることができなくなるときがある。
ぼくが伝染し、ぼくの領域が広がる。神経が繋がるような感覚!!
愛でていなくとも、頻度が低くても、ぼくの言葉や文章があったり、ぼくが何を観たり聴いたりしたかがわかるものは、それを分析すれば少なくともぼくの一面をみることができる。ものに魂が宿るのかどうかは知らない。ただ、ぼくにの神経は、意識は、ものや文章に根を下ろし、自分の領域を広げていく。心の所在。こころが広がっていく。
神経の繋がったもの、意識が伝染したものを勝手に覗くのは、ぼくのこころを勝手に覗くことと変わりないのではないか。
人通りの少ない裏路地に誘い込み、セックスを無理矢理にして、ゴムをしている振りをして中だしをしたあとで、「ゴムはゴムでも輪ゴムをしていたんだけど・・・」と捨て吐いて走って逃げて行く。突撃RED隊を想起させる。ああ、そうだ、携帯を見ることはレイプだ。携帯レイプだ。レイプされても、何も言えないんだ、携帯は。仕返しが怖いんだきっと。だから一度レイプされた携帯を救わないといけないと思って、ぼくは二つ折りの携帯を真っ二つに折って、川に流してあげたんだっけ。

追記:間違えた、携帯は川に流さないで、唐揚げにして蟻の巣に突っ込んだんだった。