
大変長らく、ご無沙汰致しました💦katoshiでございます。
続きを綴らせて頂きます。
のっけから、ででん!とお出まし遊ばしましたのは、平安時代の貴族でもあり、平敦盛殿のお父君でもある、平経盛殿でございます。
私が訪れた時、赤間神宮宝物館で推し武将知盛殿と正室明子殿との間に飾られていたお一人でございます。
前回、確か不思議な事が………と記させて頂きましたかと思いますが、このお方なんですよね。
私は、長門国の赤間を訪れる前に、神戸市の須磨寺の敦盛殿の首塚、一ノ谷、須磨浦公園辺りの胴塚にご挨拶をしておりました。
でもってですね、名前だけだとは分かっていても、一年以上経っていても、何故だが納められないでいる敦盛お守りを持参してた訳です………首塚で、胴塚で…時には共に赤間神宮でご祈祷を受けた仲間………とはちょっと違うかもだけど🤔💦それを、経盛殿の前でぶらつかせて訳です。
『御子息お連れしましたよ〜敦盛殿ですよ~。』とね。
………………いや、分かってます、傍から見ると、こいつおかしいんじゃね?医者に診てもらった方がよくね?と、思われる事をやってしまうんですもの………百も承知です。そして、本当に力のある方、スピリチュアル能力がバリバリある方からしても、意味がないと思われるかも知れないけれど………( ̄ヘ ̄;)でも、そんな力の皆無な人間からしたら、他に出来る事ないんですもの…💦だから、小バカにされても、自分で考えて動くしかないんです………😥
で、話を続けますと、お守りぶらつかせて語りかけた時に、経盛殿の目が見開いた?と言うのかしら………一瞬だけ……そんな感じを受けたと言うか、見えたと言うか………そんな瞬間がありました。
なんだ、それが不思議な事?余程の霊能力ある人なら分かるけど、実際ある訳ないじゃん!と、思われても仕方ありません。私、激鈍人間ですし、他の方が耳鳴りする!だの、手足に、ピリピリ来るの!と仰ってる時でも、一人………耳鳴りもピリピリ感も無しの人間で、落ち込む事も多々あった私ですのに、肖像画の目が………と、私でも思いますが、あの時の感覚はマジでした。え!?と、マジでと思ったもんなぁ………😬
若くして討ち死にされた敦盛殿を弔われたとも言い伝えられてますし、やはり、父親ですから息子を愛しく思ってらしたと思います、今の時代の愛しく思うとは異なる面もありましょうが………。なので、少しは反応されたのかなぁ………と思い込むことにしました。
お陰様でスピリチュアル能力を持ってられる方と知り合う機会も増えましたが、ある方が私が祈る事により、救われる魂が一つでもあるのかも知れないですよね………と、何とも狂喜乱舞しそうな位の有り難いお言葉を下さった方がおいででして、勿論、断定はされてません、〜かも知れないですね………なので、実際は私には分からないけれど、それならそれで、そう思い込んで、これからもせっせと祈り続けよう、お参り続けようと思った私でありました。
………………さて、また今年も長門国、豊前国を訪れる事が出来そうで、幸せな私ですが、も一つ有り難い事に、訪問前に高野山に行きます。と、言うのも、知盛殿の弟君、清盛殿の五男でいらっしゃる平重衡殿のお墓と伝えられているお寺さんに行くのですね。高野山は多くのお寺さんが観光地みたく、拝観料払えば自由に参拝と言う訳ではないので、電話で問い合わせました。南都の焼き討ちでも知られている重衡殿にお会い出来るとは夢みたいです。いや、実際は御輪塔なんですけど………💦
有名人あるあるで、彼のお墓、供養塔も各地にありますが、私は知盛殿のお墓かある甲宗八幡神社もそう、ここだ、と思ってお参りさせて頂きます。繋がれる程の力はなくても、思いは届くと思って…。
長々と乱筆乱文失礼致しました。最後までお付き合い下さり有難うございます。はじめましての方もお久しぶりですの方も有難うございます。
寒い中、お身体にはお気を付けて下さいませ。