ごきげんよう😄katoshiでございます。

壇ノ浦の戦い編の続きでございますが、壇ノ浦古戦場に↑この様な解説がありました。上手くアップ出来てるか心配です😅

この辺り、本当に地名として残ってるんですよね😐

昔は○○と言ったけど、現在は△△と言われてます………と、言うパターンも少なくないてすが、壇ノ浦町 と800年以上経っても残っております。

解説の近くにあるのが、
この銅像💦
向かって左が源義経殿、
右側が平知盛殿 になります。

義経側は、八艘飛びと言われる、船から船へと飛び回る様子、対して平知盛側ですが、彼は入水する時に重しとして、錨を担いで飛び込んだとの説がありますから、恐らくはその時の様子を元に作られたのでしょうね😐

特に知盛殿は個人的には、事実上の総大将と思っておりますし、仮にそこまでの人物でなくとも、何と言っても平清盛の実子、二位の尼の平時子様が生んだお子な上に、勇将として知られてたので、源氏側からすると、格好の獲物。捕らえては鎌倉で詮議→処刑したい存在です。

覚悟を決めてる知盛殿、将としての最後の意地、プライドもあったでしょうから、敵にこの身を任せるくらいなら、自らが引いてやるわ!と、錨を担ぎ、浮き上がらぬ様にして、入水したそうな😑


実際、源氏側は彼の身体を引き上げられませんでした。
重すぎた為なのか、見つけられぬ程深く沈み行く為かは分かりません。

別の説では、乳兄弟と手を取り合い沈んだ…とも言われてるようです。



が、その後、門司の方まで流れ着き、地元の民によって葬られた先が、門司港駅から徒歩14、5分の所にある、甲宗八幡神社と言う訳で……最も、神社の案内にも『伝』とあるので、間違いなくそうです!とは、言い切れない様ではありますが😔
 
でも、伝 でも、そうある以上はその方の
墓所として手を合わせ、何時もの如く、一人喋りかけまくってた人がここにおります😐

届いてたかまでは分からないのですけどね😌

 この銅像は、一般公募で選ぼれた作品を元に、制作されたそうですね。
なにせ、時代が時代、平安時代末期、肖像画は残されていても、写真なるものはある訳なく、デザインされた方の想像のみ。

えらく、凛々しく男前なお二人でしたよ😊

義経に関しては、出っ歯だとか散々な書かれようてすし、義経記や吾妻鏡等出どころによっても記載されてたり、されてなかったり、平家側の武将にしても、昔の武将は、若干太っ…いや、ふくよか?に描かれてて、似たりよったりに見えてしまうだけに、想像を掻き立てられます😅

鎌倉殿〜では、小泉孝太郎さん演ずる宗盛殿ばかりクローズアップされて、(本来、この方が総大将でございましたのでね。)知盛殿なんぞ、ちょこっとだけ、不満でした😬あ、一の谷の平敦盛殿と熊谷直実殿のシーンなんか、まるまるなかったなぁ😩

滝沢秀明さんの義経の時には、阿部寛さん演ずる知盛殿が、ガンガン出てはりましたのにね。
 でも、色んな人に光?があてられて、それも良し、ですかね🤔



義経殿
知盛殿

私はこの時代に生まれてたのかなんて分からないし、自分でチェックしようにも、そんな力はないけれど、もしそうであっても、記憶なんぞ残っとりゃしませんから、討ち取られるならば兎も角、自ら幕を引くと言う事が、よく分かりません。

かなり、往生際が悪い人間なもんで、敵に罵倒されようが、悔しい思いをしようが、とことん生き抜きたい!と、思ってしまうんですよ。生き抜けるだけ生きて、それでも腹を括らねばならないのであれば、それはその時……と、考えてしまうのです。

すんげぇ、生に執着のある奴ですね🤔今文字打ち込んでて感じました。
ひょっとしたら、彼らの様な人生を生きて来たから、志半ばで!な人生であったから、今世こそは!と、思ってるのかも知れませんね。
 

 私なんかよりも歴史に詳しくて、何でも尋ねた事に答えられる様な方からしたら、当時の背景とか、どんな時代か、何故この様な考え方をするのか分かってないよねと、思われるかなぁ…😥

けど、私はこんな考えの人なんですもの╮(╯_╰)╭それが私なんですもの…。

 今の私は当時の人々からすると、のほほんとか、のんびり過ごしてる人間、なんの苦労もしてない人間に思われるかも知れませんが😔生きてりゃ、それなりの苦労もしてるし、何!これっっっ😱😱😱何でこんな目に遭わねばならんのよっ!!
と、それなりに経験はしてるつもりなんだけどな😰誰もが、辛い事、苦労をされてて、経験してない人なんていないのではないかと、思います。
 
傍からみたら、あの人に比べたら俺の方が!私の方が!
と思っても、その人の苦しみ辛さなんて、その人にしか分からないでしょうし、人が勝手に断定出来ないよなぁ…と分かり始めて以来、安直に大丈夫!大丈夫!誰もがそんな苦しさを持ってるから、貴方だけではないのよ?   なんぞ、よう言えんようになりました😩


ところでガラリと話は変わりますが、下関と言えば、歴史好きな人にとって、奇兵隊!高杉晋作さん!久坂玄瑞さん!……等、幕末時代を思い浮かべる方も多いでしょうね😄

古戦場跡に、レプリカではありますが、高杉さん率いる奇兵隊が、外国の船に対して、大砲ぶっ放したとされる場所があり、当時使われたであろう大砲のレプリカが複数ございました……が、ファンの方には申し訳ないのですけど、幕末にも興味はあります、あるんですが、どうにもこうにも、比重が源平時代に傾きまくってますので、
『ふぅ〜ん😑そぉなんだ。無茶苦茶すんなぁ…ようやらはるわ😱💦』で、済んでしまいました😅ごめん、晋作さん😬

ちなみにスーパー余談ですけど、幕末時代では新選組の総長三南敬助さんのファンです😊…すみません、全く関係ないお話しでした😥

今年も訪れようと、思っております。

治承・寿永の乱、平家物語等、関連本が徐々に増えつつある中、なかなか読み進みません。なのに、吾妻鏡(勿論、初心者向口語訳の😘)にまで、手を出そうとは、私のおつむは暑さにやられてしまったかなぁ…いや、違うなぁ、元からヤバかったか🤣🤣🤣

最後までお付き合い下さり、有難うございます。次でホントの完結編、どちらかと言うと番外編になるのでしょうか。個人的に、勝手に浮かんで来て、イメージソング?にしてしまった曲をご紹介させて頂けると、有り難いです。

猛暑続きですが、どうぞお気を付けてお過ごし下さりませ。

いつも、訪れて下さり、感謝です😊❤️