また1年経ちました
幸いにして私は被害を受けませんでしたが友人たちは被害を受けました
あの日のことは正直薄れつつありますが、あの不安な気持ちは一生忘れないと思います
あの日も雨が降っていたと思います
中学1年生でした
学校が早く終わったような気がしますが、混同しているだけかも知れません
学校の側の小さな川と用水路が溢れ出しそうな様子を見て友達と「水やばくね」とか言いながら橋を渡りました
その川も用水路も水暈が多いのはよくあることでした
夜になって、妹とテレビを見ていたら電話が鳴りました
母方の祖母から「水害は大丈夫か」と言った内容でした
いくらうちの辺りは海抜が0mだからって心配性だなと思いました
そんな電話が祖母から来たのは初めてでした
テレビを点けろと言われてとりあえずNHKにしました
そしたら洪水注意報だったかが出ていました
NHKは歌番組をやっていました
母を呼んで、とりあえず母は外に出ました
電話を切ったら、母が近所の人と車をデパートの屋上駐車場に避難させてくると言って出かけました
しばらくすると父方の祖母から電話がありました
うちから自転車で10分ほどの距離ですが、うちの辺りより海抜が低く、土手沿いなので小学校へ避難勧告が出たと言っていました
しかし祖父が避難しないと言い張って困り果てていると言っていました
私は外へ飛び出しました
雨は止んでいて、不気味なくらい静かでした
車庫はどこの家も空っぽでした
遠くから何かのサイレンと拡声器で何かを言っている声がしました
避難勧告のようでした
でもうちの町内は静かでした
その頃土手沿いに住む友達は土のうを積む手伝いをしていたと言います
低い橋が多いために橋が渡れず、川の向こうで働く父は何時間も土手を走ってやっと帰ってきました
その日はパソコンと犬を2階に上げて、1階で寝る両親は2階の私と妹の部屋に別れて寝ました
結論からいうと浸水した町内もありましたが地元は無事でした
堤防のコンクリートにヒビが入って水が出ていただとか、鼬の巣穴から水が出ていただとか話は聞きますが、決壊はしませんでした
翌々年だったかの7月13日の雨の方が深刻でした
やっぱり中学生でした
昼前に学校が終わって、冠水した通学路を歩きました
今度こそ7.13かと思いましたが、結局大したことはありませんでした
正直、次はうちだと思います
あの辺り堤防の補強とかあんまできないし
河川敷ないし
明らかに普段の水面より土地低いし
オランダに勝手な親近感を抱いたりした
むしろ海抜一部マイナスだし
つか地元の坂が坂じゃなかった
トイレットペーパーの芯で作った坂で転がす玩具が"坂"で転がらなかった
あの日遊んだ場所を示す言葉を、僕はまだ知らない
かなり脱線しましたが、やっぱり災害は嫌です
水害のことを思い出すたびに、あの黒い水のにおいと石灰のにおいが蘇ります
子供の頃の家は土地が低くて、2度床下浸水しました
そのたびに消毒に石灰が配られて道路や床下なんかに撒きましたが、べちゃべちゃになった地面に石灰を撒いたら石灰は固まってしまうわけで
何年経っても乾かずべちゃべちゃのままでした
その結果家は土台から朽ちました
今の家の売りは"床下浸水のしない家"でした
実際床下浸水していません
そもそも土地が高いので前の家の辺りが床下浸水しててもこっちは道路冠水止まりですが
高いと言っても多分海抜はそんなでもないと思います
幸いなことに私は今までの人生で大した被災もせずここまで来られました
このまま被災しないでいけたらいいのですが、どうでしょうね