自分への戒め | ☗息子と将棋☖

☗息子と将棋☖

将棋に取り組んだ息子たちの約2年間の記録です。

SNSやネットで調べものをしてる時に、将棋をやっている子どもの情報なんかも目に入ることがあるのですが、「半年で2級になりました!」とか「幼稚園だけど初段に!」とかド派手に成長しているスーパーキッズの情報がたくさん入ってきてビビります。

その状況を鑑みるに、今の子たちは、ものすごく過酷な状況にさらされていることが心配にもなります。

ちょっと検索するだけで、上には「超絶すごい上」がいることを思い知る。

もっと言うと、ネット上に公開されている記事は成功例が多いので、比べると自分の成績がものすごく稚拙に感じてしまう。
それらを知ってしまうと「自分なんて全然ダメだ」と、すぐに挫折してしまうのではないか?という心配です。

私が子どもの頃は、ネットなんてなかったから、今よりも情報が遮断された狭い世界で生きていました。
だから、せいぜい学校が目に見えてる世界のすべてで、クラスで上位だったら自信を持てたし、学年で一番なんて、もうヒーロー扱い。
上には上がいることは、自分が更に上のステージに行ってから初めて知る、くらいの感覚だったと思います。

 

つまり昔は、ある程度の成長を果たした先に、やがて、いつか、緩やかに身の程を知る、という過程を踏んだのですが、最近は、何かを齧った途端に間髪入れず身の程を知る、という残酷な形になりかねないのかな、と。

 

なんでそれが残酷なのかと言うと、子どもにとって、将棋に限らず何かに熱中して打ち込んだ時、結果から得られるものも大事かもしれないけど、その過程から得られるものも子の成長の糧としてはとっても尊いものなので、その機会が失われるのだとしたら、それはとても可哀そうなことだと思うのです。

ウチの息子たちは、まだスーパーキッズたちの情報を得る術は殆どないので、無邪気に「プロになりたい」とか「奨励会に入りたい」なんて言っててかわいらしいものですが、もう少し大きくなって「すごい子」しかいないネットに触れたらどんな気持ちになってしまうんだろう💦



ややもすると、親の姿勢にも危険を及ぼしている気がします。


ネット上の子たちと比べて、我が子はなんでできないんだ、と。

勝手に期待して勝手に見限る親がいたとしたら、その子が不憫でならない。

これは自分への戒めですが、

 

ネット上の、ものすごく強い子と我が子を比べていないか。

気づかないうちに子どもを自分の所有物のように、他所の子との段級位の勝ち負け競走の道具のように扱っていないか。

子どもの段級位だけでなく、将棋を通して子どもが何を得ているか、子どもの心身の成長にしっかり目を向けられているか。



これらを常に意識していないと、ダークサイドに落ちてダメな親まっしぐらになりかねないので、ホント気を付けないといけないと思っています。