最初に、アメブロを始めてから今日で丸一年となりました!
更新頻度も低く、テーマの統一性の無いごちゃごちゃなブログにも関わらず、
ご覧いただき、さらに、いつも暖かいコメントやメッセージをいただき本当に
ありがとうございますm(_ _ )m
ここへ来ていただいている皆さまのコメントやメッセージがとても励みになっ
ています!
こんな僕ですが、これからも、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _ )m
では、この間の続きです。
すずらん観賞ができなかったため、昭和61年に廃止された国鉄富内線の駅跡
めぐりに変更しました。
富内線は親戚が沿線に住んでいたこともあり、何度も利用したことのある
思い出の多い路線です。
小学生の頃に初めてひとり旅をしたのもこの路線でしたo(^▽^)o
その当時から気動車1両でゆっくり走っていたローカル線です。
平取町の市街地から国道を20分ほど北上し、振内駅を訪ねました。

廃止後に駅舎は鉄道記念館に改装されましたが、利用が少なかったためか
閉館されていました(ノ_・。)



駅構内にはSLのD51と旧型客車が保存されています。
旧型客車はライダーハウスとして活用されているようです。
しかし、長い月日放置されているので、塗装も剥がれて錆が浮いて
いる状態・・・
維持管理にも多大な費用がかかるため、少ない町の財政では、致し方
ないのですが、とても悲しくなりました。
鉄道ファンとしては、維持管理費用のために少しでも寄付をしたいです。
来た道を少し引き返し、分岐する道道を西に向かい、「富内駅」を
訪ねました。


こちらの駅は維持管理がされており、きれいな状態を保って
いました。




駅舎内もきれいに保たれています。
乗車券箱や転轍器が懐かしいです。
この駅の備品を高倉健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」のセット
として貸し出していたそうです。


廃止直前の時刻表や運賃表がそのまま残されています。


駅構内には旧型客車が残されており、振内駅と同様にライダーハウス
として活用しているようです。

空に向かっている線路は、10年ほど前に銀河鉄道をイメージして
敷設されたモニュメントです。
振内駅を見たときには、現役で活躍していた頃を知っているだけに、
懐かしさとともに、淋しい気持ちになっていましたが、富内駅が
きれいにされていたことが、とても嬉しかったです。
このような遺産を後世まで残すには、地元だけではなく、ファンで
ある私たちも何かしらの支援をする必要があると痛感しました。
更新頻度も低く、テーマの統一性の無いごちゃごちゃなブログにも関わらず、
ご覧いただき、さらに、いつも暖かいコメントやメッセージをいただき本当に
ありがとうございますm(_ _ )m
ここへ来ていただいている皆さまのコメントやメッセージがとても励みになっ
ています!
こんな僕ですが、これからも、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _ )m
では、この間の続きです。
すずらん観賞ができなかったため、昭和61年に廃止された国鉄富内線の駅跡
めぐりに変更しました。
富内線は親戚が沿線に住んでいたこともあり、何度も利用したことのある
思い出の多い路線です。
小学生の頃に初めてひとり旅をしたのもこの路線でしたo(^▽^)o
その当時から気動車1両でゆっくり走っていたローカル線です。
平取町の市街地から国道を20分ほど北上し、振内駅を訪ねました。

廃止後に駅舎は鉄道記念館に改装されましたが、利用が少なかったためか
閉館されていました(ノ_・。)



駅構内にはSLのD51と旧型客車が保存されています。
旧型客車はライダーハウスとして活用されているようです。
しかし、長い月日放置されているので、塗装も剥がれて錆が浮いて
いる状態・・・
維持管理にも多大な費用がかかるため、少ない町の財政では、致し方
ないのですが、とても悲しくなりました。
鉄道ファンとしては、維持管理費用のために少しでも寄付をしたいです。
来た道を少し引き返し、分岐する道道を西に向かい、「富内駅」を
訪ねました。


こちらの駅は維持管理がされており、きれいな状態を保って
いました。




駅舎内もきれいに保たれています。
乗車券箱や転轍器が懐かしいです。
この駅の備品を高倉健さん主演の映画「鉄道員(ぽっぽや)」のセット
として貸し出していたそうです。


廃止直前の時刻表や運賃表がそのまま残されています。


駅構内には旧型客車が残されており、振内駅と同様にライダーハウス
として活用しているようです。

空に向かっている線路は、10年ほど前に銀河鉄道をイメージして
敷設されたモニュメントです。
振内駅を見たときには、現役で活躍していた頃を知っているだけに、
懐かしさとともに、淋しい気持ちになっていましたが、富内駅が
きれいにされていたことが、とても嬉しかったです。
このような遺産を後世まで残すには、地元だけではなく、ファンで
ある私たちも何かしらの支援をする必要があると痛感しました。