復職後。うつと適応障害とともに奮戦中。

1.5年のハードワーク(特に対人関係)の後、半年の休職。病名は、「適応障害」。(別の病院では「アスペルガー障害」とも。)

とは言え、別部署に昨年9月より復職しました。

根っこは一緒、でも「カタチ」でないもの=企画モノを相手に、超ハイテンションな上司とともに、なんとかぼちぼち過ごしております。気が向いた時に書いていこうとは思いますが、同じような「メンタル系」の病気で戦っている方々に、こんな生き方もアリなんだよ、とささやかながら気休めになるよう、つれづれに書き記して行こうと思います。

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にせ 夏休み

実は、今週全部仕事休んでいる。

GM会議明けの諸々の疲れが、一気にどばっと出たようだ。


メンタル面で落ち込んだ時に癒してくれるもの。

①猫;こいつらはよくわかっていて、人間が落ちこんでいると、必ずそばに

寄ってきて、スリスリする。

②いい建築を見る;東京たてもの館にある前川國男邸を見学。

(もともとは目黒にあったものを移築)

切り妻作りの木造2階建てでありながら、中央に高天井の明るい窓(ほとんど木製カーテンウォールだ)を配し、両脇に寝室やユーティリティを配置。

プロポーションも、つくりこそ和風在来工法だけど、モダニズム的な割り。

よく、家は大きいほうがいいなんて風潮が一般的にまかり通っているけど、

この家を見れば、小さくても身の置き所、変化がこんなに豊富な家がつくれる

んだよ、という格好の例だった。


そんなこんなをまとめて、今週はのほのほと暮らすとします。

8月には、別途海外には行くのですが・・・ダメ社員ですね。

まあ、心身をよくするには、諒とすべし。

GM会議 どたばた最前線

全国からGM(総支配人)が集まってきてのMTGなのだが、これまた諸準備

がめんどくさい。。。


やたら格式にこだわる(席順とか)だけでなく、配布資料(ppt)を直前まで

変更しようとする部、でも会議終了時に、全プレゼン内容CD-R(500MB/1枚)を

約100枚つくらないといけない・・・とか、なんだかIT関係で見事に

どたばた振り回されました。


3日連続、ホテルからタクシーで帰宅。帰着25時。

薬服用者としては、これはつらい。


まあ、収穫としては、

このMTGの間は英語が公用語になるので

多少英語に慣れた、ぐらいかな。


さて、今日はもう体力的に限界なので、

ZZZZ

某業界の新人研修

http://news.ameba.jp/2007/05/4567.php


今の上司ももとR社。

そういえば、はじめ数年が強制的に「営業」を経験されているとは

聞いていたが、ここまでエグイ・・・とは。


確かに度胸はつくだろう。

が、一方で、「誇大妄想」に陥らないか、全く違う業界で

やってきた人間としては、一抹の不安を感じる。

スペイン Madrid Prelta de Madrid」

スペインマドリッドにある、5星クラスホテルの、

「Hotel Puelta de Madrid」。

http://www.hoteles-silken.com/hpam/index.php


ここのホテルの特徴は、

「各客室フロア」(2F~12F)までが、

全て「異なる世界各地の建築家・デザイナー」がデザインした客室群、ということです。


で、お得(面白い)のが、

2泊以上の場合には、毎日異なるデザイナーの部屋に泊まることができるプランが設定されていること。

(もちろん、部屋の荷物は、ベルボーイがきちんと移動してくれます)


おまけに、日本語が堪能なスタッフが、懇切丁寧に案内してくれます。


このプラン、事前にHPから予約する(原則2泊以上)ことが基本ですが、

当日に、他フロアに開きがあれば、変えてもらうこともできます。


ちなみに、デザイナーもそうそうたるメンバー。

ザハ・ハディド、ロン・アラッド、磯崎新、ジャン・ヌヴェル、ジョン・ポーソン、・・・などなど。

(ちなみに、ジャン・ヌヴェルは、外装+12Fのスイート担当。)



宿泊しない方でも、毎日14時(現在は16時に変更?)から、

宿泊者以外でも、館内見学ツアーを実施しています。(事前に要申し込み必要ですが)



マドリッドに行かれる予定のある方、特徴的なホテル(しかもこれだけのデザイナー陣がそろうことは

世界中探しても滅多にありません)は、きっと「印象的な」思い出になる、と思います。

また、1Fには、ダイニング&バーもあり、こちらは多少値は張りますが、

素材が丁寧に調理されているだけあって、こちらも満足のいくものでした。


部屋の機能自体、「保守的」なものを好まれる方でも、フィットするタイプの部屋は

ある感じでした。(その代わり、すごいレイアウトの部屋もありますが)


一見、宿泊の価値あり。

ちょっとした人生の思い出の1つとして、

ぜひ、オススメします。

共有型 仕事の進め方 メリット/デメリット 苦戦中

私の部であh、独特の仕事を進める文化を持っている。

それは、「全ての情報を公開して(毎日)、お互いのSKDL・進捗を毎日開示して、ナレッジを共有する」という

やり方。


毎朝のBRFGで、「今日の自分の仕事予定/SKDL/進捗状況報告/退社予定時刻」をメンバーに告知。



メリットは、「今自分の仕事の状況を伝えられる/ほかメンバーとの仕事進捗・SKDLを調整できる」こと。

デメリットは、「他部署からのとびこみ仕事の優先順位があがった場合、本来のSKDLがくずれるので

帳尻あわせが大変。/毎日の自分の仕事の進捗報告をすることで、「できなかったこと」=結果といてNG、を

つど報告するので、精神的ストレスが毎日慢性的にかかる」。


おかげで、朝定時の30分前には出社して、今日の仕事予定(ToDo&会議体のCHK+全体会議に向けた

諸準備の確認・手配)を整理することが、事実上のルーティンタスクになっています。


で、本来、医師からは「要求の8割できれば上々、せいぜい6割程度で十分OK」

とは言われておりますが、事実部に要求される仕事の量/質ともに、

結果として高い精度が求められるので、ぶっちゃけ薬を頼りに

すすめざるを得ない状況です。


上司(元R社・超ポジティブThinking)からすれば、

「それでもまだまだ足りない」という意識が、態度からも見え見えなので

余計なプレッシャーを無意識的に感じてしまうのが、当面の個人的課題です。


結果、毎日「ビジネスタイム内に集中」して仕事」→夕方以降は効率が非常に低下→家帰るとぐったり→とりあえず眠る、

以下繰り返し状況です。


当面、7月のおおイベントを前に、合間をぬって「ブランド論整理」の下準備もすすめるよう

指示もあるので、精神的に休まることは、残念ながら当面なさそうです。

(準備として、資料収集+参考図書4~5冊読破+年間PRJSKDLの策定、と目白押し)

しかも、土日(休日)の仕事は禁止、ビジネスタイム内に仕事をUPさせるという

物理的に厳しい制約と戦ってます(笑)


仕事終わった後は、もうぐったり。(これは、正直病状由来が大きいとのこと)


眠ることだけが、今唯一の幸せです。

さ、寝ます。zzz

猫生活

今日は、体調不良のため、家でお休み。

GWも休んだので、いい加減連休三昧ではあるが。


昼間の猫。

わが家には2匹いるが、


どっちもずっと寝っ転がっている。


1匹はクッションの上、

もう1匹は窓際。


お互い、我関せずといった状況。



ずうっと、かれこれこの状態が2時間。

こいつら、人間が帰ってくる時間帯(通常夜だ)まで、

ずうっと、こんな暮らししてるのか。


ずうっと、駄な感じ。

ラ・フォル・ジュルネ

GW中の東京国際フォーラムで開催される、音楽の祭典「熱狂の日」(ラ・フォル・ジュルネ)。

ほぼ90分おきに、各所でさまざまなオーケストラの演奏が聞きまくれる、というイベント。

(ちなみに、今年はすでにフランス・ナント、スペイン・ビルバオにて開催済み)

日本人演奏家だけでなく、諸外国の交響楽団も来訪して、さながら、「気軽な音楽祭り」。



行ってきました、ビルバオ交響楽団の「ボレロ」。

国際フォーラムAホール(約5000人収容)。

ほとんど満席。


久しぶりに生音を聞きたかった、またビルバオくんだりから、はるばる日本にきて

演奏をしてくれる、というその心意気を買って。



演奏は・・・まあ、値段なり、ということで。

個人的なツボ、としては、ボレロ(大体演奏時間15分)の中で、

打楽器(大太鼓・シンバル・ドラ)のお3方は、曲の最期1分弱に登場して、数回音を鳴らすだけ。

(もちろん、その一瞬に全てをかけている)

一方、同じ打楽器奏者の「スネアドラム」は、曲の冒頭~終わりまで、ずっと同じリズムを刻み続ける。

が、この世界ではギャラは同じだそうで(笑)


ちなみに、同じビルバオ交響楽団の「ダフニスとクロエ」(5/6)にも

行く予定です。この曲自体が、全曲演奏されることは非常にまれなので・・・。


ビルバオ、人生で2回行ったことありますが、

1997年の「グッゲンハイム美術館」が当地にできてから、

観光都市・文化都市として、一躍華開いた感じです。



建築のみならず、芸術がもたらす「力」に国境なし。

真夜中幻想第八夜・人情

今日は旦那が出張。ひとりでさびしく晩飯を食べるのもなんのなので、近くのいきつけの焼鳥屋に行く。


80歳すぎとは思えないおじいちゃんとの語らい。山(北アルプス、剣岳とか)とか、人生観とか、男性とはなんぞやとか。


おじいちゃんも酩酊して帰った後には、横にいらっしゃった関西人の方(女性2名)との語らい。最後はクローズまで居座ってマスターもまきこんで


話題の中で、共通していたのは「人情」。関東と関西では違う、と。正確には、それを行動に出すか出さないか、の違いのようにも思えた。


例えば、電車待ちをしている列で、ある女性がハードコンタクトレンズを落としてしまったらしく、オロオロしていると、別の女性が声をかける。「どうしたんですか?」すると「コンタクトをおとしてしまったようなんです・・・」


すると、(ほぼ)一斉に、その列にならんでいた人々(もちろん男性も含む)が、床に座り込んで、コンタクトレンズはどこだー と探し出す。

他の電車待ちの列はみな立ったまま、電車を待っているのに、ある1列だけが全員(笑)座り込んで何かを探している。

東京なら(いや東京でなくとも)、客観的にみれば、とってもシュールな光景だ。


でも、関西人の心情としては当たり前なんだよね。ちょっと人が困ってる。自分では完全に助けにならなくても、力になれる範囲で手伝う。この心境+行動は、首都圏では「おせっかい」と見られることも多々、ある。


今まで、主にヨーロッパをメインに旅行してきた時、そういえばどの国の人々でも、言葉は通じずともなにかしら助力してくれた人々がほとんどだった。そう考えると、関西人の心境・行動こそ、ある意味「グローバルスタンダード」「フレンドりー」につながるのではないか、と考えさせられた。


資本主義、格差社会、勝ち組、負け組、とかいっていても、「人情」だけは、人間の尊厳として最後まで持ち続けたい、そしてそれを生業にする以上は身を持って実践していきたい。

後、今の自分の必要なのは、それを実践する場所だけ、だ。


真夜中幻想第七夜・止まること

今までの人生を振り返ると、大部分を疾走してきたような気がする。

人よりも早く物事を覚え、早く成果を出し、世にいう名声を無意識に求めてきた・・・のだろう。


その30年ごしのツケを今年前半は完全に払わされることになった。

仕事は欠勤・休職状態になり、うつ・統合失調症で精神の狂気の底をのぞき、生きることの意義を

感じなくなってニヒリズムに陥っていた。私は「疾走をやめることの恐怖」に自縛され、もがいていた。


しかし、自縛が続き、ようやく精神が「止まること」を受け入れた時に、ア・プリオリと思えていた物事・現象は一変した。所詮は「主体」と「客体」の相対速度の問題だったのだと、改めて気づいた。


我欲を捨て、まわりをみわたすと、自ら以外の全てが様々な速度・方向・属性で動いているが、むしろ

自らが疾走している時よりも、より多くのものが把握できるようになった(気がする)。


人の数だけ世界があるどころか、ひとりの人間の中にも無数の世界が現れる。となれば、この世に世界は

銀河のごとく無数に美しく、一見無秩序の中に秩序だって存在しているのであろうと思いを馳せると、こんなに生きづらい世界でも、その美しさに惹かれ、捨てかけた人生と運命・宿命に対する希望が再び沸き上がってくる。


世の災厄が全てこめられたパンドラの箱の底に最後に残っていたのが希望である、とは、古代より現世に

至るまで人間の世の本質は未だ、いや普遍的に変わらないことを示しているのであろう。


人間は進化し続けているとは言うが、実は止まり続けているのではないだろうか。ただ、興味のある客体だけへのまなざしが変化しているだけで。

真夜中幻想第六夜・折揚柳(せつようりゅう)

中学の時に、こんな漢詩(七言絶句)を習った。ふと思い出したので書いてみる。

確かタイトルは「送元二使安西(元二が安西に使いするを送る)」。作者は王維だった・・・はず。


渭城朝雨潤軽塵
客舎青青柳色新
勧君更盡一杯酒
西出陽関無故人


内容は、友人(元二)が安西(今のウイグル自治区)に使者として遣わされる日の朝、出立にはふさわしいさわやかな朝だが、今もう1杯の酒をどうぞ飲んでくれ。西の陽関より向こうには、ともに酒を酌み交わしてくれる友人もいないであろうから・・・という王維の心情を詠った詩です。


これ、内容もさることながら、日本語ではピンときませんが、詩中にでてくる「柳」こそがポイント。

「柳」=「やなぎ/リュウ」は、実は「留」=「とどまる/リュウ(但し中国語のピンインは違います)」との

ひっかけで、即ち「(本当は)往ってほしくない、ここにいてほしい」という惜別の意を表したものなのです。


つらつらと書かれた詩の音も(中国語で読むと)韻が踏まれて実に美しいものなのですが、

この詩の真意がたった1つの文字に集約されているところもまた美しいと思います。


ちなみに、この詩以前より、折揚柳(せつようりゅう)といって、柳の枝をおって編んでリース(輪っか)にしたものを出立者に差し上げるという習慣はあったとのこと。同じく、惜別の意の表現です。


また、この王維の詩以降、送別の際にはこの詩を3度繰り返し詠うことがならわしともなったとのこと。

中国的美談の紹介でした。