2011年5月6日にカミサンが突然逝ってしまってから丸3年が経ってしまいました。

3回忌は4月の内に済ませてしまい、命日にあたる5月の連休は都合のついた娘を乗せて  

分骨してあるカミサンの実家の墓参りに行って来ました。

高卒で家業の手伝いを始めたカトキンにとって25歳にして初めて出来た彼女がカミサンで、

カミサンもそれまで彼氏と付き合った事が無く、茨城から高卒で1部上場企業の独身寮に入り

仕事場との往復に明け暮れていた生活をしていたそうです。

お互い直ぐに意気投合、真剣な付き合いに発展して3か月でカトキンは両親に紹介して以後は泊まりに来るようにもなりました。

カミサンは既に両親は亡くしていて 仲の良い姉一人、兄3人の5人兄妹の末っ子でした。

その年の連休に カミサンを乗せて茨城の実家に行き、兄弟面々揃ったところで「結婚したい」気持ちを伝え、了承して貰い、長男のカトキンに念願の義兄姉が出来たのでした。

丁度、その頃自営の仕事は構造的に転換期を迎えていて 仕事を閉める事になり 9月一杯で仕事を手仕舞いして、翌日から知り合いの建材・資材メーカーに勤め始めました。

翌年3月 地元「深川八幡宮」 で結婚式を挙げて結婚生活をスタートさせたのでした。

最初の子供を授かり産む事になった30歳前、2年後には2人目が生まれ全てが順風満帆にスタートしたのでした。続く・・・


去年のゴールデンウィークも 例年のごとくカミサンと2人で茨城の実家に遊びに行っていました。

カミサンの兄姉が集まり和気合い合いと 地元の旬の美味しい物などを食べて連休は過ぎてゆきました。

5人兄姉の末っ子のカミさんは5月5日が誕生日なので 毎年兄姉が集まる茨城で祝って貰う事になってました。

昨年は6日から仕事だったので 5日の夜に東京に帰ってきました。

6日、カトキンは横浜に仕事に出かけ カミサンは家で連休のかたずけをしながら カトキンの母親と食事していて 突然崩れるように倒れたそうです。 

母親が直ぐに呼びかけたり 119番に電話して心臓マッサージを指示され行いましたが 反応はなかったそうです。

私は横浜で母親からの電話を受け カミサンが倒れたのを知りました。

直ぐに仕事を替わりの人に頼み 車で自宅に向いました。 

高速を車で走り出すと 途中で救急車でカミサンのの搬送が始まり 自宅でなく墨東病院の救急救命室に来るように連絡があり カミサンが倒れてから1時間半後には 墨東病院に着きましたが 医者から言われたのは「心肺停止の確認をお願いします」でした。


後は喪主としての忙しい日々が始まるのでした、

今年の5月6日で カトキンのカミサンが突然死んでしまってから1年が経ちます。


死因は「脳出血」司法解剖しなかったのでそれ以上の仔細は不明なままです。


昼食時に突然倒れてそのまま逝ってしまいました。


結婚して満28年目に突入したところでの出来事でした。


余りに唐突な出来事に「取り残された・・・・思い」 が今も頭をよぎります。