ただ少しの言葉の足りなさで
気持ちはすれちがって
それがどんどんねじれて
つながらなくなってく

例えつながったとしてもねじれは元にはもどらない
折り紙のように折り線は元には戻らない

まっすぐになんか生きていける訳なかったんだ

ただ自分の都合に会わなければそれに合わせてエゴを出すだけ

それをまっすぐなんて言ってたんだ

毎日が退屈過ぎて何かに期待して待ってるだけで
何も行動しない

それを都合よくしてるだけで日々を、人生を生きてる気になってる

寂しさを隠して興味ないふりしても
結局残るのは自分の情けなさだけ

やればできるなんてもはや子供の言い訳にもなりゃしない

どうあがいても最後は自分で決めてやらなきゃ一生自分の人生なんか歩けない

気付いた時にはもう遅いんだ

今までの人生がリアルで本番な事を

だから明日の為に今日を捨てずやれる事を探そう

見映えなんか気にしなければ僕らは道を歩けるはず

もっとがむしゃらでもいいはずなんだ


昔話が増えたらピースサインよりも中指たてなきゃいけないんだよ









伝えたい事

届かないかもしれないけど
いつだって応援してるんだよ

バイトが決まって三ヶ月

まぁなぁなぁでだらだらやってますよ

それでもイラつく事は沢山あって、年下の態度やガラの悪い客などがあるね

仕方がない事はあるにせよやっぱり誰でも入れる学生バイトレベルだから同僚も客もその程度なのは薄々わかってた事なんだけどね。
ただ別にこの仕事を見下してるわけじゃなく向上心を持っているだけ

吐き溜池のような今を踏み台にして歩くしか道はないってわかってるから

今同世代から見れば自分は底辺の負け組だろう

だけど僕から言わせりゃ二十歳越えても実家に寄生して、車を買ったり、女と遊んだりで大人としてのアイコンがそれになっている。

仕事も地元のコネやつながりで自分で努力する意思がない
でもそれが今の世の中の賢い生き方でお金がかからない生活でもある

バイト生活の自分が人の事言える立場ではないとわかってるけど

みんな中学校や高校生の時に描いた自分になれてるのか…?と思う

安定のために公務員になる事はあの頃の自分に胸はって言えるのかな


まだ21だけどもう21歳

やっぱたまに実家に帰ると家の「子供」の気持になってしまう
だから僕みたいのは離れて何でも自分でやって本当の社会人としての大人を学ばなきゃならない

だから自分はまだ土俵に上がったばっかりだ

過去の栄光にすがってたら足が止まってしまうんだよ






また春が来るけど

今年は桜が見れるといいな




いくら手を伸ばしても届かないもの
欲しいものは沢山ある
でも本当に欲しいものは遠く彼方だ
生きてく中で重要なそれに目をそらして簡単に得る事が出来るものから揃えていく
でも時がたって気が付くんだ
気づいた時にはもう遅いって事に
もう色々なもので自分は埋まってしまっているのだから

この街は何でもある
でも全部自分のものじゃない
目に写るもの全てモノクロに見える
何でこんなに寂しいんだろうと考えても
答えは確かにあるはずなのに道がわからない
光も無ければ前にも進めない
環境に甘えてるのはきっと地元のやつと僕も同じで偉そうな事言っても身が伴ってないから只滑稽に見える
小さい事で悩んだり悔やんだり
それの繰り返しの毎日じゃ
ここにいる存在意義なんか感じられないよ

いつも心の中で自分にしか出来ない事、ここでしか出来ない事を探してきたけど
もうそんな事も甘えとなってしまうのかな

取り合えず…仕方なく…なんて曖昧な表現を使いながら嫌な事から逃げ続ける


あの頃想像した自分と今の僕が重ならないのは
もう何か大事なものを無くして来たのだろう

笑われても後ろ指さされても
自分の道を行けたらって毎日思うよ

父親を越えた時に初めて自立したって思えるときが来るんだ

だからまず踏み出す事が大事なんだ
最初の一歩は誰でも怖い
でもきっと一人ではないはずだから