第1回  異常な家族との遺産相続裁判が始まる

     

 

 

話が通じない理由、遺産相続に以前から動き出していた兄

 

相続の話が具体的に動き始めてから、

私は何度も同じ感覚を覚えるようになりました。

 

「話が通じない」

 

言葉は交わしている。

返事も返ってくる。

それなのに、何かが決定的に噛み合っていない。

 

その違和感は、突然生まれたものではありませんでした。

 

兄とは、昔から物事の捉え方が違っていました。

高校を卒業後、兄は一度就職しましたが、

その仕事は長くは続きませんでした。

その後の生活について、定職に就かず遊んでいる兄を父母の経営する工場で引き取ることになる。

 

また若くして結婚した兄は飲酒により家族間で問題を起こすことが多く、これが長年父母を苦しめることになる。

 

ただ、当時から印象に残っている言葉があります。

 

「捕まらなければ犯罪にならない」

「盗まれる方にも責任がある」

 

冗談のように聞こえることもありましたが、

私には、その言葉が冗談として受け取れませんでした。

 

善悪の基準が、

「正しいかどうか」ではなく、

「表に出るかどうか」に置かれているように感じたからです。

日々の生活費はどこから捻出してくるのか?

 

 

私は、その前提自体を知らなかった。

確認できる資料も、具体的な説明もなかった。

 

それでも話は進んでいきました。

 

家の中には、

私の記憶にはない物が置かれていることもありました。

それがどこから来たものなのか、

説明されることはありませんでした。

 

一つ一つは小さな違和感です。

けれど、それが重なっていくと、

「私がおかしいのではないか」

そんな気持ちにさえなっていきました。

 

相続の話し合いが始まったとき、

その感覚が再びよみがえりました。

 

説明を求めても、

「前からそういう話だった」

「父母がそう言っていた」

という言葉が返ってくる。

 

 

 

相続は、

家族の価値観の違いを浮き彫りにします。

 

同じ出来事を見ていても、

前提が違えば、結論はまったく別のものになる。

 

この頃から私は、

「話し合えば分かり合える」という前提を、

少しずつ手放していくことになりました。

 

それが、この先の展開を

大きく変えていくことになります。

 

兄夫婦は、私が日本に帰国して親と同居し始めると分かったとき

父母に後見人の申し出を行いました。

私に財産を自由に扱われることを恐れてのことでした。

以前から父母名義の不動産を兄名義へ書き換えを催促していたのであった。