いつも外交の時に通る県道南濃関ヶ原線の両脇に植えられている
深紅の花のカイコウズが今道行く人をなごませてくれている。
宝暦治水工事や関ヶ原合戦などで歴史的に縁がある鹿児島県とは
人々の交流が盛んで、友好も深まり姉妹県盟約が結ばれている。
この20周年の1991年に鹿児島県の県木カイコウズ260本を
この街道の沿線に植え、薩摩カイコウズ街道と名づけた。
この花が毎年8月になると紅い花が道端のあちこちに咲き乱れる。
この南国の花カイコウズを見ると、私はあの治水工事を成し遂げた
薩摩藩士の尊い偉業を思い出し、感謝の念で一杯になる。
ちなみに宝暦治水とは1753年幕府の命により、平田靭負(ゆきえ)総奉行以下
薩摩藩士(約1000人)が行った木曽三川の2年にわたる大治水工事のこと。
(工事中は罵声をあびせた幕府の役人も、終了した時は「日本中どこを探しても
この工事ほど素晴らしいものはないだろう」と誉めたたえたと伝えられている)
この工事により以後のこの地方の多くの人々の命や財産を守ってくれた。
そういえば4年前のNNKのTV番組「その時歴史は動いた」の第221回
民を救った義士たちの物語り ~宝暦の治水・薩摩藩士の苦闘~ を思い出した。
揖斐川上流で石を切り出し、舟に積んで川の中央に落として堰(堤)を造るのだが,
現場に近づくと船底の栓を抜き石と共に投げ出され、落とした後は自分は舟から
川岸まで泳ぎ着くという繰返しで工事をしたという。
中には寒さと激流で力尽きて岸までたどり着けなかった義士も・・・・・・・・・。
故郷では家族が無事の帰りを待ちわびていたろうに・・・・・・。
現在この地には義士を祀る神社や多くの寺があり、霊を追悼する行事が絶えません。
