京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門の金子新教授、王博研究員らの研究グループは、ゲノム編集により他家(同種)iPS細胞の複数の遺伝子を改変し、拒絶反応が起こりにくいユニバーサルなiPS細胞を作製し、それをT細胞に分化誘導することで、他家iPS細胞由来T細胞を用いたがん免疫療法に活用できることを明らかにした。これまで知られていた複数の遺伝子改変に加え、NK細胞の制御に関連するPVR遺伝子をノックアウトすることで、NK細胞の攻撃からより一層逃れやすいことを確認した。研究成果は、2021年5月18日、英Nature Biomedical Engineering誌オンライン版に掲載された。

 金子教授らはこれまで、iPS細胞から造血幹細胞、未熟T細胞、成熟T細胞という段階を踏んで、細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)を分化誘導する手法などの開発を手掛けてきた。近年は、他家iPS細胞に標的抗原を認識するT細胞受容体(TCR)遺伝子などを導入。開発した手法を活用し、標的抗原を認識するT細胞へ分化・誘導、拡大培養した他家iPS細胞由来T細胞療法の研究開発を進めている。

 その一環として今回は、ドナーのヒト白血球抗原(HLA)の遺伝子型に関わらず、広くレシピエントに移植(投与)できるよう、ゲノム編集により複数の遺伝子を改変したユニバーサルなiPS細胞を開発。そこからT細胞を分化・誘導した他家(ドナー由来)iPS細胞由来T細胞が、レシピエントのCD8陽性T細胞やCD4陽性T細胞、NK細胞といった免疫細胞の攻撃から回避できることを明らかにした。さらにin vivoで、同T細胞にキメラ抗原受容体(CAR)遺伝子を導入したキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法が腫瘍の増殖を抑えることを確認した。

 
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門の金子新教授

 今回の研究内容は次の通り。まず研究チームは、ゲノム編集技術(CRISPR-Cas9)を使って、(ドナー由来)iPS細胞のHLAクラス1分子を構成するB2M遺伝子と、HLAクラス2分子の発現制御に関わるCIITA遺伝子をノックアウトした。さらに自己性を喪失した異常細胞と認識されてNK細胞から攻撃されないよう、NK細胞の活性に関わるリガンドを可変。具体的には、iPS細胞に単鎖のHLA-Eを導入するとともに、PVR遺伝子をノックアウトし、ユニバーサルなiPS細胞を作製した。

 ユニバーサルなiPS細胞の作製について、B2M遺伝子とCIITA遺伝子をノックアウトしたり、HLA-Eを導入したりする研究成果は、これまでも報告があった。しかし、「HLA-Eを強制発現させると、NK細胞のうち、NKG2A受容体を発現するNK細胞の攻撃からは逃れられるものの、NKGA2受容体を発現していないNK細胞の攻撃からは逃れにくかった」(金子教授)。

 そこで研究チームは、iPS細胞から分化誘導し、活性化したT細胞で発現が上昇する遺伝子をスクリーニング。そのうち、NK細胞を活性化するリガンドを調べたところ、PVR遺伝子が、NK細胞の制御に関与していることを突き止めた。PVRは、NK細胞に発現しているNK活性化受容体である、DNAM1のリガンドであり、NK細胞の活性化に関わっている。

 実際、研究チームがCD8陽性T細胞による認識につながるB2M遺伝子のノックアウト、CD4陽性T細胞による認識につながるCIITA遺伝子のノックアウト、NK細胞による認識につながるHLA-Eの導入、PVR遺伝子のノックアウトと、(ドナー由来の)iPS細胞を順次改変した上でT細胞に分化誘導し、(レシピエント由来の)各種の免疫細胞と共培養した。すると、改変を加えるごとに、CD8陽性T細胞、CD4陽性T細胞、NK細胞の攻撃から逃れられやすくなることを確認した。

 金子教授は、「特に、NK細胞からの回避率が改善した。HLA-Eの導入に加え、PVR遺伝子のノックアウトすることにより、NKG2A受容体を介して反応するNK細胞だけでなく、DNAM1を介して反応するNK細胞からの攻撃も回避しやすくなったと考えている」と指摘する。

 次に研究チームは、全ての遺伝子改変(B2M遺伝子のノックアウト、CIITA遺伝子のノックアウト、HLA-Eの導入、PVR遺伝子のノックアウト)を施したiPS細胞をT細胞に分化誘導。ウイルスベクターでCD20を標的とするCAR遺伝子を導入し、マウスモデルでCAR-T療法を評価した。

 具体的には、健常なヒトから採取した免疫細胞(末梢血単核細胞)と、同じヒトの免疫細胞にEBウイルスを感染させた細胞を免疫不全マウスに移植し、体内にCD20陽性のBリンパ球増殖性腫瘍を形成したマウスモデルを作製した。その上で、同マウスモデルに、前述の通り、遺伝子改変を実施したiPS細胞由来のCAR遺伝子導入T細胞、または、遺伝子改変をしていないiPS細胞由来のCAR遺伝子導入T細胞(対照群)を、9日ごとに合計3回移植した。

 その結果、遺伝子改変をしていないiPS細胞由来のCAR遺伝子導入T細胞(対照群)を移植した場合に比べ、遺伝子改変を実施したiPS細胞由来のCAR遺伝子導入T細胞を移植したマウスモデルでは、移植直後からがん細胞の増加が抑制され、その状態が25日まで持続した。こうした結果から、遺伝子改変を実施したiPS細胞由来のCAR遺伝子導入T細胞は、健常なヒトの免疫細胞による攻撃から逃れて生き残り、移植直後からがん細胞を破壊して腫瘍を抑制したと考えられた。

 金子教授は、「今回のマウスモデルの実験では、複数回投与を行っているが、複数回投与しても遺伝子改変を実施したCAR遺伝子導入T細胞に対する(レシピエントの)免疫反応が起きるわけではなさそうだ、という手ごたえも得た。もちろん、単回投与も目指しているが、免疫原性が無く、製造コストも抑えられるのであれば、もう1つの方向性として複数回投与にも利用できると考えている」と説明する。

 なお、遺伝子改変がiPS細胞のT細胞への分化誘導効率や増殖効率、T細胞の機能に影響を及ぼすかどうかについて、金子教授は「影響が無いことを確認している。iPS細胞の段階でしっかり改変を加える分には、問題無いと考えている」とコメントした。

 では、今回開発したユニバーサルなiPS細胞、特にPVR遺伝子のノックアウトは、CAR-T療法を含む他家iPS細胞由来T細胞療法だけでなく、他の他家iPS細胞由来分化細胞を用いた再生医療にも有用なのだろうか──。それについて金子教授は、「PVR遺伝子は、神経系など比較的多くの細胞に発現しており、様々なiPS細胞由来分化細胞でも有用であろうと考えている。一方で、組織ごとにHLAの発現具合やNK細胞を活性化するリガンドの発現具合は異なるので、目的の分化細胞に応じて、iPS細胞のどの遺伝子を改変すべきか、方針を検討することが重要になるだろう」と話していた。