会社に行けなくなった当初は、仕事を途中で放棄してしまったことに『罪悪感』がいっぱいだった。

でもそれが段々『怒り』に変わってきた。


大きな仕事を一人でいくつも抱えていて、それをほぼ完成させていて、本当にあとちょっとのところだった。自分のミスというよりはトラブルに巻き込まれたに近くて、同僚にも手助けをお願いしていたのに、結局上司から一方的に非難されて、誰も味方がいなくて。


私だって最後まで自分の手できちんと業務を完成させたかったのに、それが出来ない状態に陥って(陥らされて)、結局、仕事もキャリアも奪われてしまった。


客観的にみてちょっと誇大な被害妄想とは自覚してても、やっぱり『怒り』は収まらない。


会社を取り巻くすべてが私にとっては有害になってしまって、会社からの連絡(主にメールや郵便物)がくると感情が不安定になり、制御できなくなる。


休職中は、「傷病手当金」というのを受け取るとこが出来る。働けない期間の生活を保障してくれる制度で、毎月、申請書に医師の所見と働けない事由を記入してもらって提出すれば、本来もらえるであろう給与の3分の2程度の金額が保険組合等から支払わられる。

(Wikipedia 『傷病手当金』


この手当金のおかげで毎月の家賃、光熱費、食費、定期的な通院の医療費や薬代を支払うことが出来る。


でも、この申請書、提出する為にはあいだに会社を通さなくちゃいけなくて、それが苦痛でしかたなかった。だって申請書には医師の所見が細かく書かれていて、それが会社の人の目に触れるなんて絶対に嫌だったから。病名を知られるのだって嫌なのに、病状まで知られるなんて。。。 大きな会社だったらそうゆう部類の書類を処理する専門の部署があるんだろうけど、うちの会社にはなかったから誰が目にするか分からない。


それに、会社から私の元に送られてくる書類は、紙の折り方が雑だったりして、適当に扱われているような印象があって。まるで「アンタがいないせいでクソ忙しいのに、こんな書類の手配までさせて」って言われているような気がして。


前の記事(コチラ )にも書いたけど、Ⅱ型って洞察力が鋭いんだけど、調子が悪いときは妄想的になる。もっと鈍感で自己チューで図太い神経だったらいいのに、って思うんだけど、一度「気付いてしまった事」は頭の中からは消えてくれなくて、そこからどんどん色んな考えが浮かんで、さらに過去の色んな出来事とリンクして発展して、私の精神を蝕んでいく。


最終的には聖書を読み始めた。w 

科学を崇拝しているのでクリスチャンではないんだけど、キリスト教的思考はけっこう為になることがある。

「お金は価値のある代償に支払われるもので、自分のような無価値の存在が要求するものではない。」「お金は失っても、また運が向いて来れば得られる。自分の精神を犠牲にしてまで得るものじゃない。」とか考えるようになって。


結局、2回目の申請を最後に以後は辞退することにした。会社には退職願を提出した。



後日談。


傷病手当金は、保険組合等に1年以上の加入期間があれば、退職後も手当金の給付を受けることができる。それも会社を通すことなく保険組合等との直接のやり取りで。

そのおかげで今はお金の心配をせずに、療養生活を送ることができています(´∀`)