Kennyさんのメルマガで

 

「今の現状」を作ることの「メリット」を考えてみる

 

というお話しの時があったのです

 

 

 

仕事がうまくいかなかったり

お金が貯まらなかったり、稼げなかったり

パートナーシップや人間関係が苦手だったり、まくないことがあったり

 

 

そういった状況を作ることで

どんなメリットがあるか?を考えてみる

 

 

あるいは

その状況を作ることで

親や周囲の人に

 

「言いたいこと」があるのかもしれない

 

 

・・・という話で

 

 

今まさにそんな状況の私

 

 

 

真顔

 

 

 

 

先般から書いているように

 

 

先月父が他界して

 

いろんな手続きに忙しく

 

 

 

 

 

また 納骨堂を購入することにしたので

 

 

お墓があって

そこに納骨するという場合よりも

 

 

ひとつやることがプラスされているわけで

 

 

 

まあまあ疲弊しているわけです

 

 

 

チーン



 

何より

 

 

 

私とは違う考え方の母と行動をともにするのは

思っていたよりハードで

 

違う考え方ってのは、いわゆる「世間体」や「常識」の中で生きてきた人(年代)なので、(もちろん私も常識はあるけれど)宇宙の真理とかは全く通じない人って意味ね

 

 

あ、リスペクトはしてますよ

 

↑リンクの記事のようにすごいなって思っているのも本当

 

 

 

 

 

だけど昔から

 

 

 

母とは一緒には住めないなあ

ってね

 

 

妹にはよく話してましたしね

 

その頃は、宇宙の真理とか?全くわからない時だったけど、きっと潜在的にはどこかで「違う」ということは感じていたのでしょうね

 

 

 

 

 

話し戻しましてw

 

 

 

 

この今の状況は

実際私には「苦しい」わけです

 

 

 

じゃあなぜ?

この状況なんだろう?

 

何かメリットってあるのかな?

 

 

 

 

 

あるいは

私 何か言いたいのかな

 

 

 

 

 

 

そう考えてみて

 

 

 

お風呂に入っている時にわかったひらめき電球

 

 

 

 

私 あなたの思う通りには生きたくはなかったんだよ

私はこうしたいの(母の思うやり方ではない方法という意味ね)

私はこういう風に思っているの

 

 

 

そんなことが言いたかったんだなーって

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい頃の私は

 

 

思っていることや

自分の意見が言えず

 

↑これを今の私しか知らない人に言うともんのすごく驚かれるw

そして「いつからそんな風になっちゃったのー?!と言ったのは義理の姉でした(笑)
 

 

両親にはむかうなんてできなかった(したくてもね)

 

 

 

 

両親が歳をとってきて

特に父がだんだん歩くのもきつくなってきた頃

 

2、3年前くらいからかな

 

 

実家に顔を出すことを定期的にするようになり

(それまでは近寄ることはあまりしてなかったのです)

 

 

 

 

その頃から

 

 

 

昔 言いたかったこと

昔 教育という名目でされたけど嫌だと感じていたこと

昔 私がこういう行動を起こしたのはあなたたちのこういう言動があったからだよ、ということとか

 

 

 

ぽろぽろ

 

言えるようにはなっていたのです

 

 

 

 

 

 

母は

 

夫である父のいない家で

 

これから寂しさを感じざるを得ない状況もくるでしょう

(私も同じだけど)

 

 

 

 

もっと優しくしたら?

とか

 

もっと寄り添ってあげなよ

とか

 

 

 

 

いう人もいるのかもしれない

 

 

 

けど

 

 

 

親子の間の感情や

親子だからこそのお互いの思い(違いも含めて)は

 

 

 

 

その親子にしかわからないこと

 

 

 

 

なので

 

その頃の自分の思いを今

 

 

 

 

結構・・・出してます(笑)

 

 

 

 

人が見たら

 

 

ただ あたってるだけ にしか見えないかもねー

 

 

 

思うけどこれは仕方ない

 

 

 

自分の内側のことだから

 

 

 

 

 

でもきっと

 

 

 

これは数十年前の私が言いたかったことを今

 

言っているだけだから

 

 

 

 

 

これができたら

 

 

 

また

 

 

 

「自分が自分に戻る」ということなんだよね

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の思いに蓋をしてしまうと

 

 

 

いつかどこかで

その蓋を開ける時(開けざると得ない時)がくる

 

 

 

 

感情が

 

ゆっくり蓋を開けてから

ゆっくり出てくるようであれば良いけれど

 

 

 

ゴーストバスターズで

掃除機みたいな中に集められたゴーストたちが

すんごい勢いでその中から出ていくときのように

※ゴーストバスターズをご存じない方はぜひ一番最初の映画を見てみてね

 

暴走することもあるので

 

 

 

 

 

自分と向き合うことはすごくすごく大事なのです

 

 

 

見ないようにしていたり

逃げたりしても

 

 

 

いつかは

対峙しないとならない時は来るのです

 

 

 

 

 

私は

すんごーく時間が経ってからの「向き合い」だったので

 

 

 

 

自分は当時苦しかったけど

親が歳をとった分(余裕ができて、かな)

 

 

 

私がその時にこう思ってた、ということを話したら

 

 

 

意外に「受け入れて」くれて

意外に「その時の自分たちがしたことを認めて」くれて

 

 

謝ってくれたりしたこともあった(内容によりますが)

 

 

 

↑ただ これに関しては

 

「今」のことではなくて

 

 

 

 

まだ父が生きている時

 

私も「冷静に」伝えることができた時

 

 

 

両親に対して感じていた思い

 

 

 

 

 

 

今現在の「ハードな状況」は

 

 

両親と、というよりは

 

「母と私の関係でのこと」だと感じています

 

 

 

 

 

いずれにしても

 

 

 

 

起こるべくして起こってるんだよね

 

 

 

 

父の死から

 

こういうことまでも「気づく」とは!

 

 

 

 

思ってもいなかったけど

 

これも自然な流れ、なんだろね

 

 

 

 

スッキリ

 

とかではないんだけれど

 

 

 

 

あーこれだったのかあ、

みたいな(うまく表現できないけど)

 

 

・・・感じです笑



※時間ちょっと過ぎてしまいましたm(_ _)m





ある日の吉とり✨at 江古田